08.相談ごとですか
あたしとキャリルは二十分ほどパトロールをしてから、見回っていた講義棟から出た。
「そうそう揉め事なんて起こらないわよ」
「普通はそうですが、今日は特別講義もありました。気持ちが高ぶって面倒ごとを起こす方もいらっしゃるかもしれませんわ」
「確かにね。――どうするキャリル? まだパトロールをするかしら?」
「いえ、特別講義が終わってからもう二時間弱になりますわ。この段階で練習を続けている生徒は、揉め事を起こすような生徒では無いと思いますの」
「そうね。むしろ練習に集中して他の生徒とかどうでもいい人だけでしょうね」
あたしとキャリルはそこまで話してから、食堂で一息入れることにした。
あたしがおやつを希望したとも言うのだけれども。
食堂では配膳口でリンゴケーキとお茶を確保して、適当な席を探していると微かに知り合いの気配がした。
そちらに視線を向けると、以前この食堂でフードファイトを戦ったレベッカの姿がある。
キャリルと共に彼女の所に向かい声を掛けた。
「こんにちはレベッカさん。今日は学院に用事ですか?」
「ああウィン、こんにちは。そうだね、ウェスリーから面白い特別講義があるから絶対に参加しろって勧められたのさ。『使い魔』だったか、実際面白かったね」
なるほど、ウェスリーに誘われて学院に来ていたのか。
なんだかんだでレベッカとウェスリーは仲がいいんだろうか。
「立ってないでそこに座んなよ。――そちらのお嬢さんはウィンの友達かい?」
促されてあたし達はレベッカの向かいに並んで座る。
「あ、はい。この子はあたしのマブダチでキャリルといいます」
「こんにちはレベッカさん。こうして話すのは初めましてですわね。わたくしはキャリル・スウェイル・カドガンと申します。以後お見知りおきを」
レベッカはキャリルの自己紹介に笑顔を浮かべる。
「ああ、アンタが。……ここは学院だし、お貴族さま相手に申し訳ないが、アタシが年上として接していいだろうか、鍾馗水仙?」
レベッカの言葉に満足げな笑顔を浮かべつつ、キャリルが応える。
「レベッカさん、学院ではキャリルとお呼びくださいまし。年下の学生として扱って頂ければ結構です」
「分かった。改めて、アタシはレベッカ・ハントだ。ブライアーズ学園の『斥候部』で部長をやっている。よろしくな」
互いに満足そうな表情を浮かべ、キャリルとレベッカはテーブル越しに握手をした。
「それで、使い魔の特別講義を聞きに来たんですね?」
「そうさ。その帰りに学院の食堂でおやつを味わってみようかと思ってね。――そろそろ帰ろうかと思っていたら二人が来たってとこだよ」
「なるほど。引き留めて済みませんでした」
帰るタイミングで声を掛けたのはちょっと申し訳なかっただろうか。
「いいさ! じつはそのリンゴケーキにするか、パンケーキにするかで悩んでたんだ。パンケーキはもう食べちまったし、リンゴケーキを買ってくるよ。――ちょっと待っててくれないか?」
「あ、はい。大丈夫ですよ」
「行ってらっしゃいまし」
あたし達が応えると自然な所作でスッと立ち上がり、食堂内を素早く移動してリンゴケーキとお茶を調達して帰ってきた。
「ごめんよ、待たせたね。食べながらちょっと話に付き合ってくれないか? ウィンに相談したいことがあったけれど、キャリルからも意見がもらえるならありがたい」
あたしたちは頷くとレベッカは無詠唱で風魔法を使い、あたし達の周囲を防音にした。
カットされたリンゴケーキをフォークで切り分け、あたしは口に入れて幸せになる。
だがレベッカが相談ごとがあるみたいだし、話を聞かないとな。
「それで相談したいことって何ですか?」
「ああ。ウィン達は魔法は得意かい?」
藪から棒に何だろう。
苦手では無いけれど、得意って言いきるほどの腕前では無いんだよな。
「ほどほどです」
「ウィンは特級魔法を覚えていますわよね?」
いきなりキャリルがバラした。
その情報にレベッカの表情が明るくなる。
「それは頼もしいな! アタシの知り合いだと、どうしても武術の方が得意な奴が多くてね」
「特級魔法の【粒圏】は『主動機法』で覚えただけで、まだ覚えたての【土操作】と同じ事しかできませんよ?」
「ん? どういうことだい?」
あたしはレベッカに『知人の伝手でフィル先生から【粒圏】を教わった』と説明する。
【振動圏】の方は『諸人の剣』の話が絡むので、レベッカには伏せることにした。
「そうだったんだね。フィル先生か。魔法の達人っていう噂は知っていたけど、共和国由来の指導方法か……」
「それで、話が逸れましたけれど、魔法のことで相談ごとですか?」
「うーん……。ちょっと面倒なラブレターを貰っちまってね」
「「ラブレター (ですの)?!」」
そう告げたレベッカの表情には浮ついた感じが無いので、ただの皮肉だということがあたし達にもすぐに伝わった。
彼女は無詠唱で【収納】から封書を一つ取り出して、あたし達に示した。
彼女が受け取った封書は、いつの間にかクラスの自分の机に入っていたという。
「ちょっと目を通してくれるかい?」
「分かりました……」
あたしが受け取り、封書の中のカードを取り出す。
そのカードをキャリルと共に確認したけれど、何やら妙なことが書いてあった。
『君が気付いた視線は呪いを使った技術だ。斥候の役に立つだろう。興味があれば教える。その意志がある時は、髪に赤い花を飾り、学内を歩き給え』
そういう内容だ。
差出人の名前などは一切書かれていない。
「「…………」」
あたし達が首を傾げていると、レベッカは問う。
「どう思う?」
正直、書かれている内容だけでは判断できないだろうか。
そう考えていると、キャリルが告げる。
「筆跡や言い回しに心当たりがないのでしたら、まずは高位鑑定すべきではありませんか?」
「確かにそれはいい手だね。まだそこまで調べて無いんだ」
「あとは、普通に考えて、信頼できる先生に相談してみるべきじゃあないですか?」
あたしがそう告げるとレベッカは苦笑いを浮かべる。
何か問題でもあるんだろうか。
「信頼かあ……。うちの学園の魔法科の先生たちは、基本的に変人なんだよ」
ああ、それはダメですね――
がっかりした表情のレベッカに、あたしは思わず口を滑らせそうになった。
その後もあたしとキャリルはレベッカに付き合い話し込んだ。
結局彼女は、あたしから勧められたということで、フィル先生に相談することにしたようだ。
「それはそれとして、アタシとしては『斥候の役に立つ』と言っているのが気になっていてね」
そう告げたレベッカにキャリルが何か思いついた表情を浮かべる。
「もしやレベッカさんは、潜入捜査でも考えておられますの?」
いや、ちょっと待とうかキャリル。
「それは大丈夫なのかしら?!」
「「え?」」
あたしの言葉にキャリルとレベッカが固まる。
なにを考えていたんだこの二人は。
あたしは思わず息を吐く。
「あたしとしては呪いはリスクがあるんじゃないかと思うんです。知人が前にヒドイ目に遭っていますし、あまりいいイメージが無いんですよ」
「ヒドイ目か……」
「ええ。ですので、そうですね……。呪いに詳しいって言ってた人は知ってるんですが……」
ナタリーのことを想起したんだけれど、正直あたし的にはビミョーなんだよな。
「そんな人が?! その人に話を聞くわけにはいかないだろうか? 紹介してくれないかいウィン?」
あたしとしてはあまりお勧めしたくなかったのだけれど、レベッカが食いついてしまったので結局紹介することになった。
口を滑らせたのは迂闊だったかなあ。
ちなみにキャリルは、ナタリーに相談することで彼女がいま危険かどうかの判断も出来るのではと言って、好奇心に満ちた目をしていた。
そうしてあたし達はリンゴケーキとお茶を平らげてから、裁縫部の部室に向かうことになった。
レベッカ イメージ画 (aipictors使用)
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