07.ムダにはならないの
大講堂でマーヴィン先生たちの特別講義を受けた生徒たちは、それぞれ足早に学院内に散らばった。
マーヴィン先生が言っていたけれど、講義棟の廊下に書棚を設置するという話だった。
それを信じて人が少ない場所を目指す生徒たちもいれば、まずは確実に本がある図書館を目指す生徒たちもいた。
「わたくし達はどうしますの?」
「たぶんやけど、図書館に行ったら人が多すぎやと思うわ」
「そうですね、部活棟ですと厳密には講義棟では無いですし、書棚が無いかも知れません」
「いちばん無難なのは、妾たちのクラスの廊下と思うのじゃ」
ニナが言うとおりだけれども、ここでクラスのみんなと練習が被れば、同じ量を練習しなければおかしいという話になるんじゃないだろうか。
あたしがそれを指摘すると、みんなは一応納得した表情を浮かべた。
「そういうことで、あたし達は実習棟に行ってみない?」
「実習棟は講義棟なん?」
「そのはずと思うのじゃ。今回の学院の計画としては、授業を行う教室がある建物を『講義棟』とひとまとめに扱う話だったと思うのじゃ」
ニナが教えてくれたので、そういうことならばとあたし達は実習棟に移動した。
入り口を過ぎ廊下に入ると、普段見慣れない書棚が廊下に並んでいる。
「これを用意したんですか?!」
「すごい書棚の数ですのね……」
「普段どんだけ本が仕舞われとるん、この学院……」
「さっそく練習してる人も居るわね」
「妾たちも適当な場所を探すのじゃ」
そうして実習棟を移動すると、魔法の実習室のあたりにはレノックス様やコウやカリオなど、うちのクラスの男子数名が練習をしていた。
誘い合ってきたわけじゃあ無さそうだけれど、他の学年の生徒も混ざってるな。
「みんなも実習棟に来たのかい?」
「そうね。できるだけ空いている場所を探してきたのよ」
コウが声を掛けてくるので、あたしが応じる。
「別にオレ達は一緒に練習するのは構わんぞ」
「まだこのくらいの人数なら、混みあっているって程でもないだろ」
レノックス様とカリオがそう言ってくれるけれど、あたし達は相談して別の実習室の前に移動することにした。
魔法の実習室はみんな思い浮かぶから、これから混みあうかも知れないと思ったのだ。
男子たちに手を振ってあたし達は別の階に移動し、農学や植物学関連の実習室がある辺りまで来た。
「ここまで来たら大丈夫そうですね」
「ウチここ来るの初めてやわ」
「普通はそうですわね。ウィンの場合は薬草薬品研究会の活動で来ているかも知れませんが」
「あたしも部室で用が足りるし、ここに来たことは無いわね」
『ふーん』
そんな会話をしてから、あたし達は廊下に設置された書棚に【鑑定】を使い始めた。
意外というか何というか、実習棟でも外れの方なので他の生徒が来ない。
あたし達はユルめに鑑定の魔法の練習を重ねながらおしゃべりをしていたけれど、ニナにアイリスやジェイクが練習したときの話を聞いてみた。
「そういえばニナ、研究ってことでアイリス先輩とジェイク先輩をまき込んでいたけれど、結局使い魔を呼べるようになるまで、先輩たちはどのくらい練習したの?」
「そうじゃな。集中力の問題があったのやも知れぬが、五十回では効かない回数で鑑定の魔法を使ったと思うのじゃ」
それじゃあ五十回というのはウソってことなんだろうか。
「別に五十回というのは目安で、ウソでは無いと思うのじゃ。ただ、マーヴィン先生が挑んでそのくらいで、ウィラー先生が挑んで五十回強だったらしいのじゃ」
「それって、魔法の制御とか鑑定の魔法の習熟度で、必要な回数が増えてくるということでしょうか?」
ジューンが確認するとニナが頷く。
「そうだと思うのじゃ」
ちなみにアイリスとジェイクは一時間に七回ほど鑑定の魔法を使い、それを休憩を別に挟みつつ一日二時間行った。
最終的に五日程度かかったそうなので、約七十回同じ条件で鑑定の魔法を使いまくって覚えたらしい。
「本人たちは大喜びだったのじゃ」
のんびりとそう告げるニナの表情は、少し得意げだった。
『ふーん』
あたし達はもう『夢の世界』で『魔法司書』を覚えているから使い魔を呼び出せる。
【鑑定】を使っているから魔法そのものの練習にはなるし、ムダにはならないのだけれども。
それでも一時間ほど続けてから、誰ともなく「今日はこの辺で」と言いだして練習を切り上げた。
今後も同じように練習するかは未定だ。
あたし達が実習棟を出て、部活棟へと構内を移動していると、魔法でニッキーから連絡があった。
「キャリルちゃん、ウィンちゃん、ちょっといいかしら? 連絡があるの」
あたしとキャリルが返事をすると、使い魔の件で鑑定の魔法を使う練習に関連してトラブルが起こったらしい。
「非公認サークルで微妙に活動内容が被る部活があったのだけれど、たまたま練習場所が近くになって言い合いを始めて騒動になったの――」
ニッキーの話ではその場にいた無関係の生徒たちが割って入って時間を稼ぎ、カールや高等部の先生たちが現場に急行して場を収めたらしい。
「活動内容が被るって、どんな非公認サークルだったんですか?」
あたしは何気なく訊いてしまった。
「ええと確か『封じられた右目を開放する会』と、『肉体に秘された封印が輝くのを目指す会』だったかしら。少なくともそんな感じの名前だったハズね」
あたしはその名前を聞いて脱力した。
活動内容が被るってどう被るんだよ――
小一時間問い詰めたいような、聞かなかったことにしてシラを切りたいような不思議な気分です。
「サークル名を聞く限り、英雄譚などに触発された特殊スキル開発系サークルのようですが、なぜ揉めてしまったのでしょうか?」
キャリルが冷静にニッキーに問うけれど、こういうのは呆れる前に淡々と事実を把握しなきゃダメだよね。
そう思ってあたしは少し反省する。
「詳しい話は聞き取り中みたいだけれど、相手の使い魔を勝手に想像して言い合いをした子供じみた話らしいわ」
「「…………」」
果たして反省する必要はあるのだろうか。
呆れていたあたしの意識の方が、実は妥当だったんじゃないだろうか。
「その件は一応片付いているけれど、念のためいま風紀委員のみんなにはパトロールをお願いしているの。リー先生も筋肉競争部に協力をしてもらって、講義棟内を巡回させるみたい」
後半部分はあまり訊きたくなかった情報なのは、気のせいだろうか。
リー先生の前では言えないけれども。
「ええと、色々と不穏な情報はありますが話は分かりました。キャリルとあたしは周辺をパトロールすればいいですね?」
「それで構わないわ。目に付くところだけでいいから、いまから二十分ぐらいお願いします」
ニッキーの言葉にあたしとキャリルは了解の旨を伝え、連絡を終えた。
実習班のみんなには概要を話したけれど、揉め事の内容に呆れていた。
その後あたしとキャリルは最寄りの講義棟にパトロールに向かった。
時々周囲の気配を探ったりしながら講義棟の中をキャリルと進むけれど、特に異常は無さそうだ。
教養科初等部の講義棟の中だけれど、ここにも廊下に書棚が置かれている。
鑑定の魔法を使っている生徒たちもそれなりの数が居るし、使い魔のためのトレーニングに設置されているのだろう。
「特に揉め事は起きていないみたいね」
「不謹慎なのは分かっておりますが、つまらないですの」
「不謹慎なのは分かっているのね……」
あたしは苦笑しながらキャリルと共に歩く。
ふだん魔法科の講義棟では見かけない生徒もトレーニングを行っている。
「教養科の生徒も使い魔を呼び出そうとしているのね
「調べ物にも有効ですし、良いことだと思いますわ」
確かにその通りだし、ことは学院内に収まる話ではない気がする。
調べ物をするような仕事に縁がある人は、使い魔のトレーニングをするだろうか。
「あれ……?」
「どうしたんですのウィン?」
仕事で使う以外で、趣味で覚える人が居るだろうかと考え、魔法とかスキルのマニアが該当すると先ず想像した。
そこまでは良かったのだけれど、あたしはふと笑顔の教皇さまの顔が頭に過ぎった。
王都のモフラーたちはどんな反応を示すだろうか――
「ううん、何でもないわ」
あたしは教皇さまと会う予定があるけれど、使い魔の件が話に出たら、まるっとマーヴィン先生に投げることにしようとこのとき誓った。
ジューン イメージ画 (aipictors使用)
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