02.物差しのひとつになるかも
ソフィエンタに教皇さまの件で相談しようと思ったら神域に呼ばれ、ティーマパニア様からあたしに相談があると言われた。
人間と神さまの違いはあるけれども、友達になった以上は相談には乗りたいと思う。
「あたしで大丈夫な相談ごとですか、ティーマパニア様?」
「……ウィンなら、こたえを持っているのではないかとかんがえたのです……」
相変わらずの表情の変化が薄いティーマパニア様だったけれど、実際に目の前で話しているのを見る限りでは、何かに迷っているように感じた。
いや、気のせいかもしれないけれど。
「……そのそうぞうは、鋭いとおもいます……ウィン、友としておしえてください……」
「はい」
そしてどうやら思考を読まれたようだ。
友達としての相談か、どういう話かを聞いてからだよね。
「……ワタシはどんなひとを、巫女や、覡に選んだらいいのでしょう……」
「ええと、それが相談ごとですか?」
「……そうです、そうだんしたいのです……」
そんなことを言われても、どう応えたらいいんだ。
たぶん神さまの巫女とかって、決まったら大ごとになるんじゃないだろうか。
というか、今まさにあたしが自分のことで『いかに大ごとにしないで済ませるか』で悩んでいる問題な気がするんです、うん。
「ええと、そうですね。ソフィエンタには相談しましたか?」
でもソフィエンタの言いそうなことは分かるんだよな。
「……もちろんです、すきなこを選べばいいのだと、おしえてくれました……」
そりゃそうだろう、ソフィエンタの性格ならそう応えるよね。
あたしは思わずソフィエンタの顔をうかがって息を吐く。
すると我が本体は何も言葉にせずに右拳を握りしめて笑顔を作り、口の形だけで「ガンバレ」とか言いやがった。
「…………」
「……すきなこを選ぶことを、かんがえるものさしがほしいのです……」
「ええと……、ティーマパニア様は今までに巫女や覡を選んだことは無かったんですか?」
先例を踏襲するというのは、ひとつの無難な選択肢だろう。
過去に選んでいるというなら、参考になると思うんですが。
「……いつも思いたって、そこですませていたのです……」
「いつも、ですか。どれくらい前から、考えていたお話なんですか?」
「……ひとつの宇宙の寿命よりは、ふるいはなしだとおもいます……」
「…………」
いや、それだけ長いあいだ悩んで来たなら、神々の仲間が相談に乗ってあげるべきだったんじゃ無いんだろうか。
あたしが思わず眉をひそめてソフィエンタを見ると、『不本意だ』とでもいうような表情を浮かべて肩をすくめてみせた。
本体よ、ティーマパニア様は友達とか仲間じゃあ無かったのか。
それでも詳しく相談できない場合とかあるのだろうか。
神々がノータッチだったことの、すぐ思いつく理由。
例えばそれは神域でのパワーバランスとかが関係する話だったのかも知れない。
今回、あたしはソフィエンタの巫女ではあるけれど、神々の利害関係という意味では特に何もない。
こちとらただの人間ですし、神さまたちがあたしの行動を見なかったり聞かなかったことにしても、たぶん誰も困らないと思うんですよ。
「ウィン、その方向性で正しいわ。すこしティーマパニアに付き合ってあげて」
あたしの思考を読んだらしいソフィエンタが、苦笑いしながらそう告げた。
神々と言えど、結構面倒なことがあるのかも知れないな。
そういえば以前あたしが秘神セミヴォールの気配を斬ったときに、何か聞いた記憶がある。
『神々のケンカとかフツーに神話である』、と言ったのはソフィエンタだった。
「分かったわ」
どこまで力になれるかは分からないけれど、あたしは少しだけ気持ちを引き締めた。
まずは人間性とかの部分で選ぶのを提案してみようか。
そう考えてあたしは加護の存在に気が付く。
「さっき好きな子を選ぶのでも、考える物差しが欲しいって言ったじゃないですか」
「……そうですね……そういいました……」
「ティーマパニア様はあたし達に『時神の加護』を下さってますけど、これは誰にでも下さってるんですか? そうじゃなくて選んでいるなら、それが基準にはなりませんか?」
「……それは、いい視点だとおもいます……ウィンは、時のほんしつのはなしをおぼえていますか……」
ティーマパニア様はそう告げてあたしをじっと見る。
正直な実感としては、数学はともかく物理とかは苦手なんです。
でも不思議とあの時の話は頭に残っている。
「たしか『エントロピーとネゲントロピーの均衡』って言いましたね。宇宙には乱雑さがあって、それが変化を生むけど、ときどき妙な動きをするから調節する、ですよね?」
「……そうです、さすがウィンです……」
いまなら少しだけイメージは出来る。
紅茶に垂らしたミルクは、かき混ぜなくてもだんだんと広がっていく。
でも宇宙のサイズになると、そのミルクはところどころで集まったりして均一にならないときがある。
その不自然に集まっているのを調節するのが、時の神さまたちの仕事だったはず。
「……ワタシがかごをあたえている子は……めのまえのふしぜんを見過ごせないひとです……」
「不自然を見過ごせない、ですか」
例えばそれはボケかツッコミでいえば、ツッコミ体質ということだろうか。
あれ、でも『時神の加護』は、『光神の加護』と『闇神の加護』と重なって選べないんだよな。
『時神の加護』がツッコミなら、ボケはどの加護なんだろう。
「ウィン、真剣に悩んでいるのは分かるけれど、方向性がズレ始めてる気がするのは気のせいかしら?」
またあたしの思考を読んだのか、ソフィエンタが困ったような表情を浮かべた。
「でもソフィエンタ、『時』ってボケかツッコミでいえばツッコミなのよね? 不自然なのを見過ごさないって、そういうことじゃないかなって思うんだけど」
「否定はしないけれど、もうちょっと言い方を考えなさいよ」
「えーでも、たぶん『時神の加護』を貰う人って、ツッコミ体質なんじゃないかって思うわよ」
あたしとかはたぶん、そういう性格だと思うし。
「それだと『光神の加護』か『闇神の加護』を持つ子がボケ担当ってことになるわよ? アシマーヴィアが聞いたらがっかりするんじゃないかしら?」
「別にがっかりはしないわね~」
あたしの後ろから声がしたので振り返ると、そこにはアシマーヴィア様がいた。
「面白そうな話をしてるじゃない~」
「アシマーヴィア様……」
「ボケはワタクシを信じる子たちが好む行動かも知れないもの。ボケは愛とか深い精神の働きを理解していないとできないわ。天然の子はまた別だけど~」
そう言いながらアシマーヴィア様は自分で用意したのか、椅子を出してテーブルにつく。
「もしかして、アシマーヴィア様がいう『ボケ』って、他者への配慮ってことですか?」
「そうね。それが近いと思うわ~。闇の本質って、全てを飲み込んでみせる包容力よ」
以前アシマーヴィア様から、ビジネスフレームワークを絡めて難しい話を聞いた気がする。
あの時にこの説明をひとこと言ってくれていれば、もう少し早くに理解が進んだ気がする。
確かあのときは“曖昧さや流動性、変容といった『つねに変化していくもの』を受け止めて、全体として統合していくのが闇の本質”らしいって理解した。
簡単に言えば確かに包容力だし、ボケかツッコミでいえばボケ担当だよね。
「ちなみにウィン、その話で『光』を語るなら、ボケとツッコミを両方担当するわよ」
「うん……。『二元論』の話をされたのは覚えてるわよ」
「よろしい。――それでウィン、ボケとツッコミを確認したのは、理由があるのよね?」
ソフィエンタは理解していると思うけれど、あたしは口にして肯定する。
「ええ。ティーマパニア様が巫女や覡をえらぶとき、その物差しのひとつになるかも知れないって思ったのよ」
あたしの言葉で三柱の女神たちは、興味深げな表情を浮かべていた。
「自分を例に挙げるのも恥ずかしいですけれど、ツッコミってたぶん自分の中で美意識みたいなものがある人なんじゃないかと思うんです」
「たしかにあたしもウィンも平たくいえばワガママよね」
身も蓋も無いけれど、その通りですとも。
「イジワルか優しいかとは別の軸で、自分の中にワガママな部分があるんです。そこからの圧力で、思わずツッコミを入れてしまうんじゃないか。そう思うんです」
「……おしのつよさ、ともちがう事は、ソフィエンタやウィンをみれば分かります……」
ティーマパニア様はそう言ったけれど、あたしは確かに押しが強いわけでは無い。
ワガママで、頑固で、自分の判断を大切にしていて、ものさしは自分専用のものを持っている。
そこまで考えて、あたしはある尺度が思い浮かんだ。
「ティーマパニア様にこういうことを言うのは、不敬かもしれないんですけれど……」
「……だいじょうぶです、ウィンのことばを、いまききたいのです……」
そう言ってもらえると嬉しい気がする。
あたしは思わず表情を緩める。
「ありがとうございます。――たぶん、ティーマパニア様がものさしとすべきなのは、『自分の中の時間を持つ人』なんじゃないかと思います」
「……それは、いい尺度だとおもいます……」
「ええ。あたしに言われるまでもなく、ティーマパニア様は色んな時間のあり方を、これまで見ていると思うんです」
あたしの言葉にティーマパニア様は頷く。
「……げんじつの時間だけではなく、比喩的ないみにおいての時間も、ワタシはいろいろしっています……」
あたしとティーマパニア様のやり取りを見ていたソフィエンタが告げる。
「だから言ったじゃないですかティーマパニア。あなたは好きな子を選べば良かったんですよ」
「……そのことばは、いまなら真意がわかります……ありがとうウィン、ソフィエンタ……」
「いや、ソフィエンタの場合は、いまあたしと同時に思いついたんじゃないかと」
あたしがそう言ってじとっとした視線をソフィエンタに向けると、我が本体はニコニコと微笑むだけでコメントを避けていた。
ティーマパニア イメージ画 (aipictors使用)
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