11.フリだけはした方が
ルナがあたし達と一緒に必殺技の開発を行っていたら、一応の完成を見た。
それをみんなで拍手していたのだけれど、その場に見に来ていたドルフ部長が気になることを言い出した。
『渦血祭』の転然陣を練習し始めたのかと訊かれたけれど、どういう意味なのか。
でも渦血祭ってたしか、竜征流の達人で、ゴッドフリーお爺ちゃんの友達のマイルズさんの二つ名じゃ無かっただろうか。
あの飴ちゃんをくれる日向ぼっこが好きなお爺さんで、人の名前をよく間違える人だ。
「ええと、マイルズさんが使う技なんですか?」
思わずあたしは確認する。
マイルズさんは魔獣討伐で名を馳せたランクS+の元冒険者だ。
ドルフ部長は二つ名を知っている以上、マイルズさんと言って誰のことかは分かるだろう。
「ん? 違うのか? おかしいな……。ジェマ、お前は竜征流だろ? 名誉師範の技を後輩に教えてたんじゃないのか?」
部長がそう告げると、その場のみんなの視線は一斉にザっとジェマに集中した。
ジェマは曖昧な笑みを張り付かせて考えていた。
そしてしばしの沈黙の後に「あれ……?」と言って頭を掻き始める。
やがて彼女は両手の平をぱんと打って、スッキリしたような顔を浮かべた。
「あー、それでこの技のイメージが思い浮かんだのか。そういえばそうだったかもしれないね」
『おーい! ちょっと待て!!』
みんなが一斉にツッコむけれど、ジェマは悪びれる様子もなくてへぺろ顔を浮かべている。解せぬ。
反射的にあたしは、いままで一生懸命に挑んでいたルナが気になった。
視線を移すと表情を硬くして、視線を足元に向けている。
必殺技を覚えるんだと意気込んで頑張っていたんだし、それがジェマのド忘れで振り出しに戻ったら、ショックなんじゃないだろうか。
「……ドルフぶちょう」
「どうしたルナ?」
「転然陣ってどんなワザなの?」
問われた部長は「そうだな」と言って少し考えて告げる。
「俺も竜征流の知り合いから聞いただけだが、さっきルナが練習していたような動きを初手に繰り出すらしい――」
部長の説明では、マイルズさんの必殺技であり固有奥義とも呼ばれる技術は、ひとつの技というよりは戦闘術に近いものみたいだ。
両手斧を使い突進から刃を立ててあらゆる角度で回転し、自身よりも巨大な魔獣を周囲から延々と削り続ける戦闘術と説明された。
「素晴らしいですわ」
「もともと竜征流は魔獣制圧のための武術だからな、大型武器の破壊力に手数を増やす工夫を加えると、そういうワザになるんだろう」
キャリルとライナスがそう言って、何やら感心したような表情を浮かべている。
一方ルナは硬い表情を浮かべたままだ。
「ルナ……」
「ふふ、あはははははははは!」
あたしが声を掛けようとすると、ルナは突然笑い始めた。
「ルナ?」
「本部道場の大師匠の必殺技じゃん? 教わる前に練習を始められたのって、運命っしょ!! うちは勝つ!!」
『おー!』
いや、何に勝つの。
あたしはそう思ってしまったけれど、武術研のみんなはルナのテンションに見入って感心したような視線を向けていた。
はじめの目的からはちょっとズレちゃったけれど、やる気が出てきたのならいい事なんだろう。
あたしは息を吐いて思わず頬を緩めた。
適当な時間であたしとキャリルは武術研から引き上げることにした。
ルナやジェマも同じタイミングで引き上げることにしたけれど、あたしは無事に報酬のフィナンシェを受け取ることが出来た。
ルナ“固有”の必殺技の開発には繋がらなかったけれど、二人からは感謝された。
「なあ、ウィンのねーちゃんも両手斧を練習しない? ねーちゃんの流派は短剣や手斧や格闘がメインっしょ? 両手斧おもしろいよ?」
「確かに練習になるかも知れないし、考えておくわ」
あたしがそう応えると、ルナは嬉しそうに頷いていた。
ルナとは武術研の部室で別れ、あたし達は寮に戻った。
いつものようにアルラ姉さん達と一緒に夕食を食べる。
夕食の後は約束の時間にニナの部屋に向かった。
みんなが揃ったところで思わず見渡すけれど、やっぱりこれだけ集まると狭いよね。
あたしとニナとキャリルとサラとジューン、アルラ姉さんにロレッタ様、アンとホリーとプリシラとディアーナ。
「どうしたのじゃウィン?」
「ううん、やっぱりこれだけいると狭いなって思ったのよ」
「確かにのう。――これで良いのじゃ、闇属性魔力を込めたのじゃ」
あたしは『闇神の狩庭』のペンダントトップに触れ、『ゲートオープン』と告げる。
強いめまいを感じた後に目を開き、みんなが揃っているのを確認したあとに寮の中の気配を探る。
『夢の世界』に来ていることを確認しつつ、みんなで食堂に向かう。
廊下を歩きながらスウィッシュを呼び出し、食堂でいつものように闇魔法でニナに滞在時間を伸ばしてもらった。
その後は全員でおやつとお茶を虚空から取り出して、お喋りを始める。
話題は学院で連絡があった使い魔のことだ。
「それでニナちゃん、各クラスの担任の先生から連絡があったけれど、結局使い魔の話はいまどうなっているのかしら?」
ロレッタ様がニナに話題を振ると、ニナは説明を始めた。
「そうじゃのう。すでに連絡があったと思うのじゃが、あさっての火曜日に特別講義があるのじゃ――」
みんなも知っている内容だけれど、連絡があった内容を確認する。
特別講義の場所は大講堂で、担当の先生はマーヴィン先生とウィラー先生の二人。
内容は『使い魔の習得とその可能性について』で、担任の先生たちはかなり押し気味に受講を勧めていた。
「特別講義って、受講は必須ではないんですね」
「そうなのじゃ。しかしアリバイ作りというか、この場の皆は出ておいた方がいいと思うのじゃ」
ジューンの言葉にニナがそう応えるけれど、みんなも同じ意見だったようで頷いている。
この場のみんなは、ニナから特別講義の後の予定をコッソリ教えてもらった。
学院では使い魔――正確にはステータスの『魔法司書』という“役割”を覚えやすくするという。
具体的には学院の色んな教室の廊下に、当面のあいだ本棚を置いて古い教科書や参考書のたぐいを並べるのだという。
「妾もザンナに確認したし、マーヴィン先生も自信の使い魔のアンバーに確認していたのじゃが、教科書や参考書などでも書棚に鑑定の魔法を使い続ければ良いらしいのじゃ」
「そうだな。学院なら使わなくなった教科書など売るほどあるんじゃないのか? 俺も無駄が無い準備だとおもう」
ニナの言葉を受けて、彼女の使い魔である黒いオオカミのザンナが同意していた。
「それやったら、ウチたちも練習するフリだけはした方がええのとちゃうんかな?」
「わたしも賛成かな。『魔法司書』のつぎの“役割”をおぼえやすくなるかも知れないし」
サラの言葉にアンが頷いているけれど、あたしも特に異論はなかった。
「みんなも『夢の世界』だけじゃなくて、現実の世界で使い魔を呼び出せるように、練習するフリだけでもしましょう」
『はーい』
アルラ姉さんの言葉にみんなは同意した。
現実の世界で練習して覚えたことにすれば、スウィッシュとかを呼び出しても説明は出来るよね、うん。
食堂でお喋りしたあとは、寮の建物の中をうろついている闇属性魔力の塊――『悪夢の元』をみんなで仕留めてまわった。
その後はいつものように寮の屋上に移動して、属性魔力の操作系魔法の練習を始めた。
魔力の糸を編む。
言葉にすればシンプルなトレーニングだけれども、やってみるとなかなか面倒くさい。
編み物が好きな人ならハマるだろうし、単純作業を積み重ねて成果を大きくしていくのが好きな人ならハマりそうな課題ではある。
あたしとしては狩猟部で弓矢――白梟流のトレーニングに没頭したり、美術部にお邪魔して木炭画を描くのにハマったりしていた。
その方向性からいえば、魔力を使った編み物ともいえるこのトレーニングは、好きになれるといいな。
そんな考えで半信半疑で頑張ってきたのだけれど、弓矢や絵を描くのとは方向性が違ったようだ。
平たくいえば大変だったんですよ、うん。
空中に形成した風属性魔力の塊から糸を伸ばし、プリシラに教わった基本的な糸の結び方を魔力の糸で繰り返す。
編み物のイメージで結び目を作り、それを繰り返して鎖状にし、さらにそれを編み合わせて面を作り出す――
ここまで制御できるようになるまでに、どれだけ魔力の糸で糸玉を作り上げたことか。
「……【風操作】が初級魔法だから魔力切れの心配は無いけれど、これは気力が要る鍛錬よね」
操作系魔法を極める“単一式理論”の鍛錬で、最大の敵は『飽きること』だ――そう言ったのはニナだったと思う。
『闇神の狩庭』の特性として、“認識したこと”ですべてを決めることが出来る。
だから『集中力をリセットする』ということを意識するだけで、集中力を保つことが出来る。
「そんなことが無かったら、編み物が好きじゃあ無かったらこんなトレーニング続かないわよね……」
そう言いながら風属性魔力の糸を編む私の目の前の空中には、魔力で編んだハンカチが出来上がっていた。
ジューン イメージ画 (aipictors使用)
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