03.真価を発揮するのでは
城壁の上であたし達は王都の南側を観察したあと、グライフと別れた。
「今日は色々とありがとうございましたグライフさん」
「フィル先生の件もそうじゃが、参考になった話に感謝するのじゃ」
地魔法の特級魔法である【粒圏】を覚えることが出来た。
本来の性能を発揮するためには練習する必要があるみたいだけれど、ステータスの上だけでも習得したのはやっぱり嬉しいんですよ。
グライフからは竜の話も聞けたし、参考というか勉強になった。
あたしとしては、そんな面倒くさい魔獣からは全力で逃げたいけれども。
「こちらこそ、フィルの所を訪ねるネタが増えた。例の魔道具を試作して、奴のところに持って行ってみるとしよう」
例の魔道具というのは二輪車のことだろう。
それぞれに得るものがあって有意義な闇曜日だったな。
あたし達はグライフに手を振って別れた。
そのまま身体強化をして気配遮断をし、王都を駆けて学院の寮に戻った。
ニナとも別れて自室に戻り、さっそく覚えたばかりの【粒圏】を手のひらの上で試してみた。
「【粒圏】!」
すると地属性魔力が集中して、手のひらからサラサラーっと砂が発生した。
「これは……、【土操作】で砂を出すのと変わらないわね……」
でも魔力の流れは【土操作】よりも精妙なものを感じたし、【粒圏】が発動していること自体は間違いなさそうだ。
「ホントに魔法の実習の宿題が増えた感じねぇ……」
べつに期限のある話ではないし、【粒圏】については気長に練習することにしよう。
そう思ってあたしは夕食までの時間を、読書しながら自室でダラダラ過ごした。
夕食の時間になって、いつものようにアルラ姉さん達と一緒に食べる。
その時に周囲を【風操作】で防音にして、【粒圏】を覚えた話をした。
今日フィル先生を訪ねてもう覚えたということで『主動機法』の話をしたら、姉さんとロレッタ様が食いついた。
「普段あまり意識しないけれど、王国では『模作法』で魔法を覚えるのが常識なのよね」
「無理をせずに覚えられるから妥当ではあるけれど、本来の性能かあ」
ロレッタ様とアルラ姉さんが順にそう言って、何やら考え込む。
「武術のように、練習をすることで実戦で使えるようになっていくというのは、分かりやすいですわ」
キャリルはそう言って興味を示した。
確かに練習を重ねただけ上手くなるというのは、分かりやすいと言えばその通りだけれども。
そのあとキャリルがロレッタ様に、『主動機法』で光魔法を覚えたいと言っていた。
それに対してロレッタ様は『模作法』で覚えられないなら結局実戦で使えないと諭し、キャリルは何やら考え込んでいた。
「でも、魔法学の文献で読む限りでは、魔族の古い『主動機法』が真価を発揮する場面があるみたいよね」
ロレッタ様の言葉にアルラ姉さんが頷く。
「そうね。ウィンとキャリルは、どういう場面か想像できるかしら?」
はて、魔族の謎かけ式の魔法の指導法か。
真価を発揮すると言っても、暗号解読とかいう言葉があるくらいなんだよな。
あたしが考えているとキャリルが告げる。
「確信はありませんが、もしや新魔法であるとか、失伝した魔法の再現などですか?」
「どうしてそう思うのキャリル?」
ロレッタ様は嬉しそうに問う。
「それは――、ウィンからの話を聞く限り、感覚的に魔法を覚えることを突き詰めたのが『主動機法』ですわよね?」
キャリルがそこまで説明した段階で、あたしも答えが思い浮かぶ。
それを察したわけでもないだろうけれど、ロレッタ様が微笑んで応える。
「そうね」
「つまり、魔法のイメージしか記録が無かったり、魔法のアイディアが極端に少ないときに、『主動機法』は真価を発揮するのではありませんか?」
「正解ね」
「ふふ。ロレッタは着々とキャリルを魔法使いに誘導しようとしているわね」
アルラ姉さんが二人のやり取りを評すると、ロレッタ様は苦笑する。
「別に誘導するつもりは無いけれど、私たちはお婆様の孫だし、魔法が上達する素質があるとは思うのよね」
「姉上……。ですがわたくしは武門の娘として、まずは戦槌を鍛えたいんですの」
「べつに両方鍛えればいいじゃない。キャリルなら大丈夫よ」
アルラ姉さんがそう言って、ロレッタ様とキャリルのやり取りを補足していた。
それをにこやかに眺めつつ、あたしは夕食を食べながらこちらに飛び火しないことを願った。
あたしはあたしのペースで魔法を練習したいんですよ、うん。
キャリルはその後、自然な会話な流れで『光魔法はスゴイ』ということを姉さんとロレッタ様に波状攻撃的に刷り込まれていた。
今日は商業地区の食堂で夕食をとり、定宿に戻った彼らはルーチョが宿泊している部屋に集まった。
ルーチョは『赤の深淵』の幹部たる『三塔』の同僚を前に、テーブルに王都の地図を広げていた。
ゼヴェロは何を告げるでもなく椅子に座り、同じく椅子に掛けているルーチョと共にセラフィーナに視線を向けている。
だがゼヴェロとルーチョの表情は、いつもよりも神妙なものになっていた。
それと言うのも、セラフィーナを現在動かしているのが、彼女に取り憑いている秘神オラシフォンであるからだ。
「拙者の都合でマホロバ料理を食べることになって、申し訳なかったでござるよデュフフ」
セラフィーナの声で、どこか妖艶な響きをもってオラシフォンが語る。
それに対してゼヴェロとルーチョは平伏した。
「滅相もございません」
「そうです。いつでもご要望をお伝えください。それで秘神さま、“贄”に関するお話をして下さるとのことでしたが」
ルーチョの言葉にオラシフォンは応える。
「そうでござるね。今日は例の屋台の初披露だったけれど、中々の売上げだったみたいでござる」
「はい。ご指定の生ハムとコラトゥーラとチーズを使った屋台料理は、この地にいる者たちに受け入れられたようです」
話の流れからオラシフォンへの応対はルーチョがすることになったようで、ゼヴェロは彼らの話の聞き役に徹することにした。
「今日の屋台の場所は、ここでござるね」
そう告げてオラシフォンがセラフィーナの身体で視線を動かせば、地属性魔力が走って机上の地図に一本の鉄の針が突きたてられた。
「はい。ご指示通りに、まずは王都ディンルークの中央部分から、やや離れた位置で営業させました」
「良いでござる。そして本日の客の反応を踏まえ、大きく円を描くようにこの位置で先ずは営業を重ねるでござる」
オラシフォンが告げるのと同時に、最初の鉄の針とは別の複数の位置に、針が突き立てられる。
「今日の場所も含めて、十一か所で屋台をひらくでござるよデュフフフフフ」
「秘神さま、お畏れながらその解釈は、どのようなものがお有りですか?」
ルーチョはここへ来て、オラシフォンへの畏怖よりも好奇心の方が強まっている自分を自覚し始めた。
それに対して嬉しそうにオラシフォンはセラフィーナの口で告げる。
「十一芒星をこの土地に描くでござるよ」
「ずい分トゲトゲしいですね。興味深いですが、魔法的にどのような意味があるのでしょう?」
「頂角を結べば、星の形の図形の中では円に近くなっているでござる。そしてもともと星の形とは、世界に満ちる力の相関図を象徴するでござる」
「相関図、ですか?」
「場合によっては双六のように、力の動きも表すでござるが。デュフフフフフ」
そう告げてオラシフォンは妖艶な声で嗤う。
「そうなりますと、属性魔力の相関図を象る星型の図形ということでしょうか?」
「魔法ならそれでも良かったけど、君らが所望するのは神術に近い禁術でござる」
「それは――、詳細はいま伺いました」
ルーチョはそう告げてゼヴェロを見るが、彼も頷いていた。
「この子の要望を聞いて、拙者が妥当だと判断したでござるよ」
そう言ってオラシフォンは右手をセラフィーナの胸にあてた。
禁術のための相関図を象る図形。
ここまでの説明を頭に思い浮かべ、ルーチョは問う。
「それでは、何を象る相関図ですか?」
「一言でいえばシステムになるのだよデュフフ」
「システム?」
「然り、宇宙や人体や星――君らに分かりやすく言えば、魂の力が満ちる構造物のことでござる」
オラシフォンの言葉に、ルーチョは「魂を扱う、神術に近い禁術」と呟く。
ルーチョとゼヴェロの様子を見ながら、オラシフォンは告げる。
「ひとつの纏まりとして魂の構造物を扱おうとすると、人間の魔力制御ではムリが出るでござる。ゆえに、部品に分けて制御するでござるよ」
「もしや……、その部品の相関図が」
「然り。この十一芒星を使うでござる」
オラシフォンはそこまで告げて、セラフィーナの声で妖艶に嗤った。
アルラ イメージ画 (aipictors使用)
お読みいただきありがとうございます。
おもしろいと感じてくださいましたら、ブックマークと、
下の評価をおねがいいたします。
読者の皆様の応援が、筆者の力になります。




