02.未来の光景を想像して
王都ディンルークには東西南北の四つの門があって、王城につながっている北門以外は庶民でも通過できる。
通過できるというのは、常駐する衛兵さんが魔道具で監視しているだけで、問題無い者は素通りさせているからだ。
加えて戦時はいまは考え付かないけれど、魔獣の侵入阻止だとか王都からの逃亡犯の阻止だとか、そういう目的以外では王都の門は昼夜問わずにいつも開いている。
あたし達が南門に着くといつも通りに開いていて、結構な人の流れがあった。
「場所はどこか知ってますか?」
「いや、吾輩も詳しくは聞いていないのだ」
「ふむ、衛兵の者たちに訊けばよいのじゃ」
それもそうだということで、あたし達は目に付いた衛兵さんに近づき話をきいた。
すると、城壁の一階部分から入れるらしいけれど、身分証の提示が必要らしい。
「王都の学生さんなら、学生証を見せてくれりゃあいいぜ。あとそっちの旦那は、ふむ……。一通り説明すりゃあ王都の各種ギルドの登録証か、でなけりゃランクB以上の王国出身の冒険者登録証だな」
「国外から来た者は駄目ということかね?」
「基本的にはな。留学生は大丈夫だが……、あとは貴族さまや王宮、または各種ギルド長発行の身分証明書が必要になる」
「やはり城壁となると、王都の防衛施設ゆえ、制限があるのじゃな」
ニナが問うと衛兵さんが頷く。
「そういうこった。お嬢ちゃんはしっかりしてるな。学院か学園の特待生ってことかね、ハハハハハ」
そういう話なら、グライフは出直しだろうか。
彼くらいになればどこかから身分証明書くらい貰えるんじゃないだろうか。
「では……、これでいいだろうか?」
グライフはそう告げて、無詠唱で手の中に革製のバインダーを取り出し、それを広げて書類を衛兵さんに見せた。
「確認するぜ……。失礼しました! 貴殿が王国の友人であり、客人であると確認致しました!」
衛兵さんは書類に目を通した直後にグライフに敬礼した。
一体何を見せたのやら。
あたしとニナが視線を向けると、グライフは口を開く。
「べつに吾輩は冒険者をしている平民ゆえ、敬語は不要だ。――ブルーから以前、身分証明書を渡されていたのだ」
「「ふーん」」
そういうことなら問題なさそうだな。
あたし達も学生証を提示して、無事に城壁を上れることになった。
「ところでお嬢ちゃん、あんたヒースアイルって名字の学院生徒って、もしかして『撲殺君殺し』……」
「お願いなので、その呼び方はカンベンしてください! あたしホントに困ってるんです! 女子生徒にあの二つ名ってあり得なくないですか?!」
「あー……、スマン、失礼した」
そんなやり取りをして、あたし達は衛兵さんに入り口まで案内してもらった。
南門から少し外れたところに、城壁内部に入れる入り口があった。
そこに入ると、衛兵さんたちの詰め所の前を伸びる通路を歩いて、らせん階段が上に伸びるスペースに辿り着く。
ところどころ明かり取りの小窓があるけれど、日中でも薄暗い。
「この階段をいちばん上まで昇れば城壁だ。途中に幾つか鉄の扉があるが、施錠してあるから開けないで階段を昇ってくれ」
衛兵さんによれば、城壁の上にも衛兵が居るので、困ったことがあれば遠慮なく相談してくれと言われた。
あたし達はお礼を告げて、らせん階段を昇って行った。
らせん階段を昇り切ると衛兵さんが居たので挨拶をすると、だまって敬礼をしてくれた。
目に飛び込む城壁の上のスペースは結構広い。
「城壁の厚さは十ミータ強と言ったところかの」
「十二ミータくらいだな。高さは……」
ニナの言葉に応じてグライフが王都の方に視線を向ける。
そうか、比較する建物が無いと高さは分からないよね。
あたし達は揃って城壁の上を歩き、王都側の胸壁の前に立つ。
「五階建ての建物よりも高そうね」
「うむ。ざっと――そうだな、十八ミータといったところか」
「やはりディンルークを護る城壁となると、スゴい規模なのじゃ」
気分的にはすっかり観光客だよね。
でも、ふだん王都の建物の上を走り回っているあたしからしても、いつもより少しだけ高い視点はちょっと新鮮な気分がする。
「吾輩が詳しいのもどうかとおもうが、ディンルークの城壁内部には通路が張り巡らされているそうだ」
「そうなんですね?」
「うむ。各所に部屋があり、戦時や緊急時には、王城に収まらない王国各地からの増援を収容するという話を聞いたことがある」
「要塞の機能も兼ね備えているのじゃな」
そう言われてもあまりあたしとしてはピンとこない。
城壁が要塞として使われる状況を、想像できないということがあるんだけれども。
「うむ。もっとも、現在ではそこまで使われていないだろうが……、手入れはされているだろう」
「さっきのらせん階段とか、キレイに保たれてたわよね」
そう言ってあたし達が居る城壁を観察すると、年月を経ている汚れはあるものの、痛んでいる箇所は見当たらなかった。
あたし達が居るあたりには、他の見学者の姿もある。
ほとんどが同年代の学生らしき子供たちの姿だ。
あとは商人のような格好をした人たちが、南に広がる拡張エリアを観察してメモを取ったりしているみたいだった。
「あたし達も観に行きましょう」
「うむ」
「そうじゃな」
三人で城壁の上を歩き、反対側の胸壁の前に立つ。
そして視線を王都の南へと向ける。
そこにはつい先月末までは草原と、王国南部に伸びる街道があるだけだったハズ。
それが目の前には一面の更地が広がっている。
広さ的にはぱっと見で、王都と同じくらいあるんじゃないだろうか。
「はー……、これ全部王都の新市街になるのね」
「そうじゃな。まずは道を通して区画整理し、上下水道を整備していくのじゃろう」
最初にインフラ整備から入るのだろうけれど、この世界では建築やら土木作業に魔法を使う。
地球の記憶にある日本の工事のスピードなんかよりも、ヘタをしたら早く進んでいくんじゃないだろうか。
「国の事業なのよね……」
「壮観なのじゃ」
「ブルーの話では新聞記事にもなったそうだが、南門を出た直ぐの場所に広場を作り、そこに王国の施設を幾つか作るらしいのだ」
なるほど、元々の王都の敷地があって、その南側に同じくらいの大きさの円で新たに敷地が繋がる。
そこに王国の施設が作られる。
「そうなると、……もしかしてあたし達がいま立っている辺りが、未来の王都の中心街になってるかも知れないのね?」
「恐らくはな」
そう言って広大な更地を眺めるグライフの表情は、どこか楽しげに見えた。
もともとここに来るのを言い出したのは彼だし、新しく都市が広がっていくのを見ることで、未来の光景を想像しているのだろう。
グライフのそんな表情を見て、あたしはふと思いついてしまった。
「ここからの風景をスケッチするのはダメですかね?」
「どうなのじゃろうのう」
「この段階では大丈夫と思うが、確認はした方がいいだろう」
それもそうだと思い、登ってきた階段出口付近にいる衛兵さんに聞く。
するといまの時点では、とくに絵を描くのは止められていないそうだ。
まあ更地だからね。
あたしは【収納】からスケッチブックを取り出し、木炭画を描くことにした。
それを伝えると、面白そうだと言ってニナやグライフもデッサンを始めた
ニナはあたしと同じでスケッチブックに木炭画だったけれど、グライフは手帳に鉛筆でデッサンを描いていた
そうしてあたし達は城壁の上で穏やかな時間を過ごした。
ニナ イメージ画 (aipictors使用)
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