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10.本性により知ることを欲する


 お昼も近くなりフィル先生への用事も済んだので、あたし達は引き揚げることにした。


 新型魔導馬車の試作機を気に入ったようで、グライフが今後は顔を出すようなことをフィル先生に約束していた。


「何なら貴様たちも手伝えばいいのだ。魔導馬車の研究はこれからも発展するぞ!」


 あたし達を研究室前の廊下で見送りつつ、フィル先生は得意げにそう言ってみせる。


 実際問題フィル先生が開発しているのはグライフが発案した一人乗りの魔導馬車で、地球の感覚でいえばゴーカートみたいな乗り物になりそうだ。


 自分の内在魔力で動くみたいだし、けっこう普及するんじゃないだろうか。


 この世界でもクルマ社会というか、モータリゼーションが起こる余地はあるだろう。


「……あれ?」


 そこまで考えたところで、あたしはふと思いついてしまったことがあった。


「どうしたのじゃウィンよ?」


「あ、うん。魔導馬車が発展するって話は同感なんだけれど、なにか見落としている気がしたの」


「見落とし? 貴様のインスピレーションはなかなかセンスがあるからな。気になるなら言ってみるがいい」


 フィル先生に促され、言葉を選びながら応える。


「ええと、魔導馬車は馬車の魔道具ですが、何というか“馬の魔道具”はフィル先生は開発しないのですか?」


「馬の魔道具? ふむ、馬ゴーレムの研究者は既にいるぞ? 彼らも魔石の効率の問題がやはり課題になっているがな!」


 なるほど、馬ゴーレムか。


 あたしが言いたいのは二輪車なんだけど、それを言ってしまっていいものなんだろうか。


「馬ゴーレムは興味深いですが、それとは別です。車輪を使って、馬のようにまたがって使う乗り物は出来ないのでしょうか」


「車輪付きで、馬のようにまたがる、だと? ふむ……」


 あたしの言葉にフィル先生は何やら腕組みして考え込む。


 その一方でグライフが目をシャキーンと輝かせて口を開く。


「非常に興味深い発想だなウィン。吾輩もそういう乗り物があるなら乗ってみたいぞ!」


 グライフは地神さまの分身だし、地球の記憶も多分ある。


 あたしの言葉で思い浮かべたのは、オートバイとかではないだろうか。


 グライフの巨体だと、黒い革のジャケットを着込んでアメリカンバイクにまたがって、ショットガンとか担いでいたら似合いそうな気がしたのは秘密である。


 そんなどうでもいい事を考えていると、フィル先生とグライフが言い合いを始めた挙句、あたし達も含めて再度研究室に戻ってしまった。


 そこでグライフが妙に高めのテンションで、ラフスケッチを描いてみせる。


「これでは直ぐに横に倒れるのではないか?」


「いや、こういう形では無いが、吾輩は公国のダンジョンで、車輪一個だけで自走して向かってくる機械式ゴーレムと戦ったことがある!」


「ほう!」


「だが、馬のようにまたがるには車輪一個ではムリだろう。イメージが出来ないならそうだな、本当に横に倒れるか作ってみればいいのだ。……良かろう! 次にここを訪ねるまでに、吾輩が動力部分以外の試作品を作ってやろう」


「ふははははは、グライフよ、貴様はやはり“こちら側”の人間だ! いつでも持ち込んでくるがいい!」


 そんなやり取りをしてフィル先生とグライフは、怪しいテンションで盛り上がっていた。


 すっかり置き去りにされたあたしとニナは、二人を生暖かい目で観察していた。




 ウェスリー達から聞いていたような怪しげな現象は確認できなかったし、フィル先生から魔法を教えてもらった。


 あたしはニナとグライフと三人でブライアーズ学園の正門を出る。


 この後のあたしの予定としてはデイブの所に寄って、ニナから聞いた魔獣薬と『竜種』の話をするだけだ。


「お前たち、昼食はどうするのだ?」


「特に決めておらんのじゃ」


「あたしも決めて無いわ。別に屋台でもいいですよ?」


 そういうことなら商業地区に向かって歩きながら、気になる店や屋台があったら一緒に昼食を食べて解散しようということになった。


 さっそくのんびりと歩き始めたけれど、店選びは意外にも難航した。


 屋台はあたし的には割高に感じる店が増えていたし、フィッシュアンドチップスとかはニナが難色を示した。


 クレープの類いはグライフが難色を示し、屋台で済ませるのは難しいだろうかという話になる。


 商業地区から少し外れた庶民が住む区画を歩くけれど、店の数が商業地区に比べて少なめだ。


 ちょっと気になるような食堂は、お昼時に出遅れたせいで満席だったりする。


「これは市場まで移動した方が早いかしら?」


「確かにのう」


「市場も昼食の時間で混んでいるだろうが、店の数はあるからな」


 あたし達が相談していると、ふと一つの屋台に目が留まる。


 何ということは無い普通の屋台だったけれど、案内で書かれた文字が目に飛び込む。


「なになに、『本場仕込みの生ハムの揚げピザ! 食感がまさに本場の味!』、ですって?」


 あたしの独り言に気づいたニナとグライフが、同じ屋台に目を向ける。


「ふむ、パンツェロッティ (揚げピザ)の屋台じゃな。王都の屋台のパンツェロッティは、王国民に合わせてしっとりした食感を増しておるが、『本場仕込み』のう」


「揚げピザなのに生ハムとは、どのような料理なのだニナよ」


 グライフが不思議そうに問う。


 たしかに生ハムを揚げたら火が通って、生ハムの食感ではなくなってしまう気がするよね。


「ああ、グライフ殿でも知らぬか。まあ生ハムのものは共和国でも一部地域の味なのじゃ。生ハムを具材にするものと、揚げてから上に乗せるものがあったと思うのじゃ」


「「ふーん」」


 ごくり――


 ニナの説明で思わず唾を飲み込んでしまった。


 それを察したのか、彼女は微笑んで提案する。


「それほど値は高くも無いようなのじゃ、一つ買ってみてもいいのじゃ」


「そうね! まずは情報集めが大事よね!」


 あたしはそう言って肩で風を切って屋台に向かって歩いた。


「すみませーん、揚げピザください」


 あたしが流れるように注文すると、結局ニナとグライフも注文した。




 出てきた揚げピザには薄くスライスした生ハムが広げられて乗っている。


 どうやらそのまま一緒に食べればいいようだ。


 みんなの分も揃ったところで、あたし達は揚げピザを頬張る。


『…………!』


 たしかにこれは以前食べたものよりも、生地が薄く出来ている気がする。


 生ハムのフレーバーを感じつつ噛み締めた食感は、生地のザックリ感が飛び込んでくる。


 そして口の中で咀嚼するとしっとりした生地の食感と共に、チーズとトマトと魚介系エキスのフレーバーが感じられる。


「ふむ、これは共和国のルーモンでもなかなか食べられぬ、本場ものなのじゃ」


「ねえニナ、かすかに魚介系のフレーバーがあるけど」


「うむ。コラトゥーラじゃな。カタクチイワシの調味料なのじゃ。なかなか熟成させたものを使っておるようなのじゃ」


 要するにナンプラーなどと同じ魚醤のような調味料だけれど、イヤな臭みも無くて揚げピザの味に深みを与えている。


「うむ、旨かった。……もう一つ食べておくのだ」


 あたしがニナと話し込んでいる間にグライフは一つ平らげ、追加でもう一つ注文してしまった。


「確かにこの味は本場のものじゃのう」


「ニナがそう言うなら、なかなかいい感じなのね!」


 喋りながらもあたしは口を動かす。


 そうして味わっていると視線を感じるので、あたしはそちらに目を向けた。


 そこにはあたし達をじっと観察する一人の少女の姿があった。


 目が合った彼女はあたしに歩み寄ると、声を掛けてきた。


「美味しそうなんだし……。感想を聞きたいんだし……」


「感想?」


「わたしはこの屋台で働いてるんだし……、『本性により、知ることを欲する』だし……!」


 なるほど、この屋台の子だったのか。


 お客の反応を知りたいというのは理解できるけれども。


「ふむ、『本性により、知ることを欲する (ナトゥーラ・スキーレ・デジデラント)』かの? お主の親方は共和国の者なのじゃな?」


 揚げピザを食べ終えて、ニナが少女に問う。


「そうだし。ルーは共和国から来たし……」


 少女はそう言って頷く。


「なにか有名な言葉なの?」


「うむ、共和国に伝わることわざの一部なのじゃ。――それよりも感想なのじゃ。妾としては美味しかったのじゃ。本場ものというカンバンに偽りはないのじゃ」


 そう言ってニナは満足げに微笑む。


「あたしも美味しかったわ。ええと、ルーさんと言ったかしら?」


「わたしはクレールだし。ルーは師匠だし」


 クレールは少しだけ得意げにそう告げる。


「そうなのね。あたしは王国の人間だけど、揚げピザ美味しかったわよ」


「ありがとうだし……」


 彼女はそう言って頷く。


 そしてあたし達のやり取りが聴こえたのか、旅装をした獣人の人たちが屋台に並び始めた。


 もう一つ注文しようかと思ったけれど、どんどん増えていく行列を目にして諦めた。


 個人的にはガッカリしていたけれど、グライフとニナに促されて市場に移動することにした。


 あたしとニナはクレールに手を振って別れ、三人で市場に向かった。



挿絵(By みてみん)

ウェスリー イメージ画 (aipictors使用)




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