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08.意識の持ち方の話


 地魔法の特級魔法に【粒圏(パーティクルスフィア)】というものがある。


 それを教わりにブライアーズ学園のフィル先生の所を訪ねている。


 以前から指導を頼んでいたけれど、新型の魔導馬車の研究を優先してこのタイミングになった。


 いざ指導を受けることになったのだけれど、フィル先生は共和国に起源がある感覚的な指導方法で行うことを考えていた。


 それに対してニナが物言いをつけたら、指導のセンスがあれば大丈夫なので、試しにフィル先生はあたし達に何かを教えてくれるという。


 フィル先生は共和国のビスコッティ (ビスケット)であるクルミーリを一つつまみ、怪しい笑みを浮かべていた。


「よろしく頼むのじゃ」


「よろしくお願いします」


 幾ら怪しげに笑っていても、フィル先生は魔法の達人だ。


 指導を受けるのはあたし達だし、まずは頭を下げた。


「うむ。さて――この焼き菓子であるが、物理的な意味で我らが踏みしめている大地と等しいということは無い。そんなことを言い出す奴がいたら、そいつはただの錯乱した奴だ」


 そこまで話してフィル先生はあたし達を見る。


 やや唐突な感じはするけれど、話の内容に否は無い。


 あたしやニナはフィル先生に頷く。


「――そうではなく、意味とか関係性という部分で、この焼き菓子は大地と等しい」


「あの、もしかして謎かけですか? べつに苦手では無いですが……」


 どういう方向に話が向かっているんだろう。


 あたしが手を上げて問うと、フィル先生は淡々と答える。


「ちがう、意識の持ち方の話で、真面目な思考の話だ。この焼き菓子を作るには小麦粉や砂糖などが含まれるし、そういった材料を育てるには土地や水や陽の光が必要だ――」


 ほかにも、材料の小麦が野生の小麦から農作物に変わるまでに、膨大な時間と資源が使われている。


 野生の小麦がその原種から分化するまでの話も同様だ。


 フィル先生はそんな説明をした。


 あたしとしては、ここで進化論みたいな話をされるとは思わなかったけれども。


 でも先生が言っているのは生き物の進化だけじゃなくて、その環境や時間の流れも含めて話をしているようだ。


「ええと……、主題(テーマ)は何でしょう?」


「言いたいことはだ、この焼き菓子は焼き菓子にして、大地と等しいほどの意味論的な価値を常に持つのだ」


『…………』


 あたしはニナの方を見るが、彼女は頷いている。


 アイコンタクトをする限りでは、特に内容に関してツッコミたいことは無いようだ。


 その一方でグライフに視線を向けると、あいかわらず気配を薄くしてコーヒーを飲んでいる。


 アイコンタクトをすると、「吾輩は魔法の専門家ではないのだ」と言っている気がした。


 あたしはひとつため息をついて口を開く。


「観念的すぎますが、言っていることは分かりました。一つの焼き菓子でさえ、それが完成するまでには、時間だとか水や小麦や砂糖なんかの資源だとか、色んなモノが関わっているってことですね? それを一言でいえば『大地と等しい』と」


「そうだ。焼き菓子に関しては、我が説明した視点からすれば、大地に等しいと想像できただろうか?」


 あたしとニナは少しの間をおいて考えてから、ゆっくりと頷いた。


 フィル先生はそれを見て表情を変えることも無く告げる。


「よろしい。ではそれが例えば生き物とか、自分自身であるなら、『何と等しい』と言えるだろうか?」


 ええと、フィル先生の話だと、焼き菓子、クルミーリで大地と等しいのか。


 そうなってしまうと――


「それは……、キリがないような……」


 あたしが思わず絶句すると、視界の隅でニナが頷く。


「そのキリがないといった貴様の直感は完全に正しいのだウィンよ! 魔法では! 一人の人間は! 一つの星と等しいのだ!」


「……観念的すぎますよ?」


「ちがう、意味論的な部分で、完全に事実だよ初学者よ」


 フィル先生はそう言って怪しく笑った。


 それを見たニナは眉間を押さえて口を開く。


「……魔法学の古典で見る、秘奥の伝承につながる話なのじゃ。いまの話を皮膚感覚で自分のものとできれば、魔法の使い手として一皮むける話ではあるのじゃ」


 ニナはそう言ってあたしに視線を向ける。


「ウィンよ、フィル先生のここまでの話は理解できそうかの?」


「言っていることは分かるわね」


「感覚として理解はできるか、ウィンよ?」


 フィル先生がじっとあたしを見る。


 そう言われると微妙に自信がない。


 ここへきてグライフが大人しくしている理由が、何となく分かった気がした。


「どこまで理解しているかは自信がありませんが、理解は出来た気がします」


「ふむ、大変優秀だな。冒険者時代に弟子を取ったことはあるが、自信満々に『理解できた』と応える戯けばかりだったよ。そういう者に限って、別の例えを話す必要があったのだがな」


「そうですか?」


「うむ。それに理解できたかどうかは、ステータスの情報で分かるかも知れん」


 どういうことだろう。


 あたしが戸惑っていると、ニナが告げる。


「ウィンは風魔法を使うゆえ、今までに『風魔法使い』を覚えていると思うのじゃ」


「うん」


「それがいまの指導で、『風魔法師』という“役割”を覚えているかも知れぬのじゃ」


「え、ちょっと待ってね」


 あたしはニナとフィル先生とグライフが見守る中、【状態(ステータス)】を使い確認した。


「あ、知恵の値が増えて、『風魔法師』を選べるようになってるわ」


「おめでとうなのじゃウィン。……フィル先生よ、恐れ入ったのじゃ」


 そう言ってニナは肩をすくめてみせた。


「いや、この場合はウィンが優秀ということだろう」


 フィル先生は一つ頷く。


 あたしは先生に礼を言ったあとステータス情報を確認したけれど、風魔法師は『風属性魔法の習得と使用を得意とする者』という説明を知った。


 三人から話を聞くと、魔法メインで冒険者をする者は、必ず何かの属性の魔法師を目指すのだという。


 ちなみにこのとき『時魔法師』も覚えたのだけれど、普段の練習を説明したくなかったのでみんなには秘密にしている。


「それでは我の指導も披露できたし、『主動機法』で指導を行うこととしよう!」


『…………』


 フィル先生はそう言って胸を張ったけれど、あたしとニナは何となくモヤモヤした気分が残り、グライフは空気になっていた。




 その後、フィル先生から【粒圏(パーティクルスフィア)】の指導が始まった。


 フィル先生の話では『共和国起源の古い教育法』ということで、以前ディアーナが言っていた魔族の魔法の指導の話を思い出していた。


 かなり分かりづらい比喩を使って、暗号解読に近いという話だったのだ。


 正直ひどく苦戦することを覚悟していたのだけれど、その心配はいい方向に裏切られる。


「魔力の感知、ですか?」


「そうである」


「それだけならいつも学院で教わってる方法と同じですよ? もっと苦戦するんじゃないかって思ってたんですけど」


 あたしの言葉にフィル先生は眉をしかめ、首を横に振る。


「何を言っているのだウィンよ。よもや魔族の無芸な自称指導者たちと、我を同列に扱おうとしているのではあるまいな。貴様ら相手に謎かけのまね事のようなことはせんよ」


「なるほど、フィル先生の頭にあるのは、『主動機法』の中でも獣人たちが洗練させた方法じゃな?」


「然り。――もっとも、魔族がはじめた謎かけの方が良いというなら、そちらでも教えることはできるぞ」


「それは (結構です) (興味深いのじゃ)」


 あたしとニナは真逆のことを同時に告げて、思わず顔を見合わせた。


「ニナ……、お願い。研究者として、フィル先生の指導方法に興味があるのかも知れないけれど、今日は分かりやすい方で教わりたいの」


「分かっておるのじゃウィンよ」


 ニナはのんびりとした口調でそう言ってみせた。


 あたし達のやり取りを見ていたフィル先生は笑う。


「ははははは、意外だなニナよ。貴様は共和国人ゆえ、魔族の指導法には慣れていると思っていたぞ?」


「勘弁してほしいのじゃ。それは『王国人なら全員シェパーズパイを作れる』と言っているのに等しいのじゃ」


「まあ確かにな!」


 ニナとフィル先生はそう言って二人で笑っていた。



挿絵(By みてみん)

ウィン イメージ画 (aipictors使用)




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