07.理性の上位に立つのだ
あたし達はブライアーズ学園のフィル先生を訪ねてきた。
前回同様にフィル先生が『魔導馬車研究会』の生徒たちに作業に戻るようにどなり付け、その後は隣室に案内されてコーヒーを頂いている。
今回はニナがお土産としてクルミーリを持ってきた。
日本の記憶でいえばひらがなの“く”とか“へ”に似た形をした焼き菓子だ。
どうやらこちらの世界でも、口ひげをモチーフにして生まれたビスコッティ (ビスケット)らしい。
「手土産感謝するニナよ。我も共和国の焼き菓子は好きだぞ」
「共和国の甘味が苦手という者は少ないと思うのじゃ」
フィル先生とニナのやり取りを見てグライフが告げる。
「機嫌が良さそうだな。研究の方は順調だと言っていたが」
「無論だともグライフよ! 貴様の名を我の論文に加えてあるゆえ、場合によっては貴様にも研究者より質問が飛ぶだろう! 楽しみに待つがいい!!」
フィル先生はそう言い放ってくつくつと笑う。
一方のグライフはとたんに眉をひそめた。
「吾輩は研究者では無いのだが……」
そう言ってレスラー体形のガタイでショボーンと肩を落とすのは、見ていて少々かわいそうになって来る気もする。
「なに、受け答えをするうちに、貴様も研究の道に進みたくなるやも知れん。冒険者などやめて、“こちら”に来ればいいのだ。楽しいぞ!!」
「…………」
フィル先生は得意げな様子でビシッとサムズアップしてみせた。
グライフは、ため息をついていたけれども。
べつにそれを見かねた訳でも無いけれども、あたしは本題の話を振ってみた。
「新型の魔導馬車の話は面白そうですし、興味が無くも無いですけれど、特級魔法のご指導は大丈夫そうですか?」
「問題無いぞウィンよ。貴様が興味があるならあとで新型を見せてやるが、先ずは特級魔法の話を進めるか」
そう言ってフィル先生は手にしていたコーヒーカップを机に置き、席を立って研究室の方に戻っていった。
直ぐにマジックバッグを手にして戻ってきたのだけれど、フィル先生は指導を行うために検査を行うとか言い始める。
「なに、検査と言っても魔道具を使った簡便な方法にすぎん。知り合いの研究者から借りておいたのだよ」
そう言いながら机の上に魔道具を取り出した。
魔法の実習で使い込んだ、金魚鉢を逆さにした魔道具に似ているデザインだ。
ここでもこれか。
金魚鉢の中にはコマみたいなものが浮いていて、青と赤のランプが付いているのは変わらない。
それ以外には結果を表示するパネルが付いているか。
「古くからある測定の魔道具の、最新式のものである」
「ふむ、この魔道具だけで簡易的に、一通りの魔力操作の検査が出来るというものなのじゃ。良く借りられたのう」
フィル先生の話では医学者の先生から借りたらしい。
あたしはタヴァン先生の弟さんが頭に過ぎったけれど、フィル先生の知り合いは別の先生だった。
その後あたしとニナは用意された魔道具で検査を行い、フィル先生に結果をチェックしてもらった。
「成る程、ニナはともかくウィンも問題無かろう。武術系の魔力制御をその年でここまで出来るなら、特級くらいは覚えるだろう」
「この魔道具で、そんなことまで分かるんですか?」
最新式って伊達じゃあ無いのか。
「魔力の強弱の制御が異常に滑らかである。魔法メインの鍛錬をしている者では、こうはならんな」
「え、でも、威力の制御とかは、魔法をメインで使ってる人の方が得意なんじゃ無いんですか?」
「ウィンよ、フィル先生が言っておるのは、威力の制御ではなく使用する魔力の量の制御と思うのじゃ」
ニナがそう告げて微笑む。
そうは言っても、魔力の制御は威力の話とかに直結するし、そこまで細かい話なんだろうか。
「そうだな――、水路に例えれば、出口の制御に長けているのは魔法の使い手だが、魔力を用いる武術の使い手は入口の制御に長けているようなものなのだ」
フィル先生はそう言って説明してくれたけれど、水路の出口は威力に関わり、入り口は継戦能力――要するにスタミナに関わるそうなのだ。
「そのうえで補足すれば、魔法だろうが武術だろうが、真の達人は水路全体の制御に長けてくるのだ」
「真の達人、ですか?」
「我やグライフを超えるなら、そのくらいは目指して欲しいがな。もっとも――」
そう言ってフィル先生は机の上の魔道具に視線を向ける。
「我の私見としては、魔道具の発達でいずれはそこまでの魔力制御は不要になる気はするのだが」
「フィル先生よ、興味深い話じゃが、それは魔道具が普及した当初から言われておる気がするのじゃ」
「吾輩もニナの意見に同意するぞフィル。道具は便利だが、最後は人の手に頼るしかないとおもうぞ」
二人から指摘されたフィル先生だったけれど、特に機嫌を損ねることも無く肩をすくめていた。
フィル先生としてはどちらでもいい問題なんだろう、うん。
その後も幾つかカンタンに質問をされて、あたしとニナは魔法を教えてもらうことになった。
「よし、おおよそ把握したのだ。貴様らに教えてやるとしよう。それはいいのだが――」
「どうしたのじゃフィル先生?」
ニナが首を傾げると、フィル先生は一つ頷く。
「貴様らは学園の生徒ではない。従い、我の指導は『主動機法』を採用するが構わんな?」
「妾は問題無いが、ウィンは大丈夫かのう……」
なにやらあたしに視線が集まっているけれど、何の話なんだろうか。
「ふむ。普段は意識しないだろうが、現代に伝わっている魔法の指導方法は大きくは二種類あるのだ――」
フィル先生とニナが説明してくれたけれど、カンタンにいえば音楽になぞらえた教え方と、工芸になぞらえた教え方があるらしい。
音楽の方は『主動機法』、あるいは『メインモチーフ・メソッド』という。
工芸の方は『模作法 』、あるいは『トレース・メソッド』というそうだ。
「主動機法は共和国起源の古い教育法だが、早く教えられるのだ。ただし、魔力の使用が膨大になりがちだな」
「模作法は公国で発達した方法なのじゃ。最近の主流の教え方で、リスクも少なく普段学院で行っている方法じゃのう」
ここまでの二人の話を聞いて、あたしは以前ディアーナから聞いた話を思い出した。
「共和国の古い方法って、もしかして魔族の暗号解読みたいな教え方なの?」
「いや、フィルもさすがにその辺りは配慮すると思うぞ、なあ?」
グライフがそこまで聞き役に徹していたけれど、なにやらフォローしてくれた。
だがそれはすぐに不発に終わる。
「魔法を覚えるのは、ニュアンスで覚えている方が上達が早いのだ。我は貴様らに教えるなら、古式の方法を採用するぞ」
『…………』
ニナは途端に心配そうな表情になったな。
あたし達は困惑した視線をフィル先生に送るけれど、彼は動揺することは無かった。
「少し考えてみるのだ。――例えばウィンよ、貴様は武術が得意だろう。斬撃を繰り出す時に、一挙動ごとに刃の角度や力加減を数値的に把握するか?」
「するワケないじゃないですか、どんな変態ですかそれは?」
いや、無意識のレベルで把握はしているけれども。
「ふん、魔法でも同じなのだ。人間の感性とは、理性の上位に立つのだ――本来はな」
「あまり感覚的なのも、変態への道な気がしますよ先生?」
あたしの言葉にフィル先生は眉をひそめ、ニナとグライフは苦笑する。
「それは否定せん。だが一芸を極めるのは、常人から外れることと同じだぞ」
フィル先生はそう応えてから、あたし達を見渡す。
「それを恐れては何者にもなれんよ。――とはいえ、凡庸で平和な生き方は尊いものではあるがな」
「それは、フィル先生の信念ですか?」
「ただの経験則だ――雑談はもういいだろう。指導を始めるのだ」
そう言ってフィル先生はポンと手を打つが、そこでニナが物言いをつける。
「待つのじゃフィル先生よ、お主は先ほど妾とウィンを学園の生徒では無いと言ったのじゃ。学園では普段『模作法』を行っておると思うのじゃ」
「うむ、それはそうだな。学園の指導方針ゆえな」
「妾たちに教えるのに、普段と違う『主動機法』を使うのは問題無いのかのう? ただでさえあの方法は古式に近づくほど、感覚的に過ぎるし魔力を練習で使い過ぎるし何より分かりづらいのじゃ」
ニナがそう言い始めると、あたしとしては不安になって来るけれども。
「なんだ、そんな事か。それはセンスが無い者のせいだな。魔族と言えど魔法のセンスはあっても、魔法の指導のセンスがある者は少ないのだ」
「確かにそれは一理あるのじゃ。連中に指導の才能があったら、どれほど魔法が発展しているか分からぬのじゃ」
「そうだろう? だがそういうことなら、『主動機法』を行う前に、我の指導を披露しよう。それでもニナやウィンが得るものが無いのなら、『模作法』で教えても良かろう」
そう言ってからフィル先生は、机の上のクルミーリを一つ手に取る。
「例えばこの焼き菓子をネタにしてな」
そう言ってフィル先生は怪しく微笑む。
あたしとニナは眉を顰め、グライフは何を考えているのか気配を弱めて空気になっていた。
ニナ イメージ画 (aipictors使用)
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