05.ただ使うだけなら
あたしはキャリルやクラウディアと共に、【鑑定】を使って鉱物スライムの仕分けを手伝っていた。
まずは元気なものかそうでは無いかを、一体ずつ手に取って仕訳けて行く作業を行っている。
タヴァン先生と高等部の先生と共に、附属研究所新館の『第三多目的実験室』で手伝っていたら、あっという間に夕方になってしまった。
仕分け自体は単純作業ではあったけれど、お喋りをしながら手伝っていたら直ぐに時間が経った。
先生たちに訊いてみたけれど、仕分けの予定としては再来週一杯くらいで一区切りだろうとのことだった。
そもそも何匹を鑑定することになったのだろう。
タヴァン先生に訊いてみると、やっぱりとんでもない数だった。
「結局、個体数はどのくらい居るんですか?」
「そうですね。以前お話した数から増減は無さそうです。将軍閣下と第三王子殿下が王都南ダンジョンから持ち帰った数は、総数で約二万匹です。その半分が我が校に下賜されていますね」
いちおう先生たちのスケジュールでは、四週間かけて学院で受け取った一万匹の鉱物スライムを仕訳けるそうだ。
「今まで仕分けた中で、元気な鉱物スライムはどのくらいの割合ですの?」
キャリルが確認すると、先生たちは約五割弱が元気な鉱物スライムだったと教えてくれた。
鉱物スライムのサイズは幅があるし、患者さんの状態にもよるそうだけれど、平均化すると二匹で一人分の治療に使えるという。
「今回受取った分で、(一万匹の五割として五千匹なので)単純計算で二千数百人分が確保できた可能性があります」
そうやって聞くとやっぱりすごい数だな。
可能性と言っているのは、あくまでも『割合』として元気な鉱物スライムが約半分弱いるからだろう。
「そこから元気が無い個体を研究したり、養殖することで安定的に治療が出来るようになるかも知れません」
『おー……』
二千数百人分といえば多そうだけれど、ただ使うだけならいずれ在庫切れになる。
それが養殖していつでも使えるようになるなら、助かる患者さんは多いだろう。
そこまで考えて、あたしはイヤな可能性を思いついてしまった。
「タヴァン先生、あまり面白くない話を想像してしまったんですが、言わない方がいいでしょうか?」
「ウィン、それはちょっとズルい言い方じゃないかい?」
あたしの言葉にクラウディアが呆れたような表情を浮かべた。
確かにちょっと不躾な言い方だったかもしれない。
だがタヴァン先生は笑顔を浮かべている。
「大丈夫ですよ。気になることがあるなら、早めに教えて下さると助かります」
「はい――、鉱物スライムを使った治療ですけれど、スライムを養殖すると性質が変化して治療に使えなくなるようなリスクはありませんかね?」
「なかなかいい指摘ですねウィンさん。そのあたりは矢張り、養殖してから検証していく必要があります。ええ――、リスクの検証のために、スクスクと育てる必要があるッ!」
タヴァン先生はそう言い放ってから、ツヤツヤした表情を浮かべた。
あたしとしては先生の気迫 (?)を見て、不躾だったんじゃないかと悩んだのがつまらない事だったと感じてしまった訳だけれども。
その後タヴァン先生が時計の魔道具を見て作業の終了を告げ、あたし達は引き揚げた。
寮への帰り道で、ステータスの値が上昇しているかを確認した。
「あれ……、キャリル大変!」
「どうしたんですのウィン?」
「どうやらあたし【風壁】を覚えたみたい」
【状態】の魔法を使って確認すると、ブルー様との戦いを経て器用とか敏捷とかがまた伸びていた。
それとは別に知恵や魔力の値が増えたうえに、風魔法で【風壁】を覚えたことになっている。
「それは! おめでとうございますウィン!」
「おー、おめでとうウィン」
クラウディアも褒めてくれたぞ。
「ありがとうございます。……キャリルはどうなの?」
「少々お待ちくださいまし。【状態】! …………ウィン! わたくしも覚えておりますわ!」
「やったー!!」
あたしとキャリルは二人でハイタッチをした。
一緒に歩いていたクラウディアは、あたし達を見て微笑んでくれていた。
その後クラウディアと話をしたのだけれど、鉱物スライムの仕分けを手伝ってステータスの値が伸びたのが切っ掛けだろうと言われた。
「何にせよ、魔法を偶然覚えるということはあり得ないよ。必ず理由があるし、それは二人ががんばった結果だよ? おめでとう、キャリル、ウィン」
「「ありがとうございます!」」
そうしてあたし達は上機嫌で寮に戻った。
いつもと同じように夕食はアルラ姉さん達と食べた。
キャリルとロレッタ様によれば、今週末はシンディ様が忙しくて魔法の指導の時間が取れないとのことだった。
「ウィンはともかく、キャリルがそこまで到達するとちょっと感動するわ」
「その言い草はどうかと思うけれど、でもキャリルも頑張ったわね」
あたしとキャリルが【風壁】を覚えたことを報告すると、ロレッタ様と姉さんはすごく嬉しそうに褒めてくれた。
「ありがとうございます。これでわたくしも次なる魔法に本格的に挑めますの」
はて、キャリルが挑む次なる魔法とは何だろう。
あたしやアルラ姉さんが訊いてみると、光魔法を覚えるのだという答えが返ってきた。
「先ずは【明敏】を何としても覚えますわ。その次は【光輝】でしょうか」
そう言ってキャリルは目を輝かす。
効果を聞いてみると【明敏】は生き物のみに効く身体強化魔法で、武術の身体強化を底上げできて、特に速度上昇に効果が高いという。
ちなみに範囲使用も出来るそうだけれど、魔法自体の習得難易度が高めだそうだ。
【光輝】の方は生命の状態を変化させ、活性化や停滞を起こせるらしい。
「光魔法だと【復調】や【復活】なんかのイメージが強いのに、バトル方向からのアプローチがキャリルらしいわね」
あたしが苦笑すると、キャリルは何やら照れたような表情を浮かべた。
いや、褒めた訳じゃあ無いんだけれども。
本人が幸せそうだからいいか。
それに彼女は今の時点でも【回復】が使えるし。
そのあとキャリルは姉さん達から、遠距離攻撃の光魔法である【光線】の習得を勧められていた
「しかしわたくしは、雷霆流で雷陣が使えますし……」
「【光線】だと飛距離が一気に数百ミータ以上になるわよ」
ロレッタ様の話では、威力の問題はあるけど初心者でも数百メートル程度は射抜ける魔法だという。
熟練者は数キロを狙撃できるそうな。
あたしはその話で白梟流が廃れた理由を思いだしたけれど、そりゃ弓兵は要らなくなるよなあ。
「…………」
ロレッタ様の言葉でキャリルは食事の手を止めて、何やら真剣に考え込み始める。
その様子をロレッタ様はニコニコと見守りつつ、あたし達と一緒に夕食を食べていた。
夕食後はいったん自室に戻ったのだけれど、シンディ様の指導も無いし、週末の予定が空いてしまった。
なのでニナを誘って、そろそろブライアーズ学園のフィル先生に【粒圏】を習いに行くことを思い付く。
「グライフさんのアイディアの論文化はどのくらい進んでるのかしらね……」
そんなことを呟きつつ、あたしはニナの部屋の扉をノックした。
直ぐに返事があり扉が開いた。
「こんばんはなのじゃウィン。入るのじゃ」
「あ、うん。急に来てゴメンねニナ。べつに立ち話でもいいわよ?」
「妾の方にも丁度話があったのじゃ。構わぬゆえ中で話をするのじゃ」
「ふーん?」
あたしはニナの部屋にお邪魔してコーヒーを頂いた。
フィル先生を訪ねる件はグライフから連絡を入れてもらおうという話になり、あたしからその場でグライフに連絡を入れた。
グライフは【風のやまびこ】に直ぐに出て、一緒にフィル先生を訪ねる件も快諾してくれた。
連絡を終えてニナに結果を伝える。
「グライフさんは、フィル先生に連絡を入れてくれるって」
「それは良かったのじゃ」
「それで、何か話があるの?」
「うむ。しかしグライフ殿より魔法で連絡があるじゃろう? 部分的に筆談をするのじゃ」
たしかに【風操作】で防音壁を作ると【風のやまびこ】が届かなくなるか。
「分かったわ」
「うむ。それでじゃな、話というのはこれのことじゃ――」
そう言ってニナが無詠唱で取り出した筆記具で、紙切れに『魔力暴走と睡眠の魔獣薬』と流麗な字でさらさらと記す。
「ふーん。ニナは引き続き研究に参加するのよね?」
「そうじゃな。ゆえにここからの話はナイショの話なのじゃが、妾から聞いたのは秘密として欲しいのじゃ」
「分かったわ」
あたしが頷くとニナも頷き返した。
「それでのう、気になるのはこれの事なのじゃ」
そう言って筆記具で『睡眠の魔獣薬』の箇所を丸で囲む。
「どうやら研究の対象がこれというよりは――」
そう言って『魔力暴走』の箇所を丸で囲む。
「より巨大なものを仕留めるために、何やら研究して準備しようとしているようなのじゃ」
「巨大なもの?」
ちょっと曖昧な上に部分的に筆談だったので、あたしは思わず眉を寄せてしまった。
「うむ。妾としてはこれを思い浮かべるのじゃ――」
そうしてニナがさらさらと書いた文字では、『竜種』と書かれていた。
キャリル イメージ画 (aipictors使用)
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