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04.すなわち禁術ですね


 ザックは知人から先日、探し人を見つける相談を受けた。


 ところが知人もその探し人も、両方とも後ろ暗いところのあるヤバい連中だ。


「その時点で断る選択肢は無かったのですか、先生?」


 フレイザーが何の感慨も無くザックに問う。


「知人にはかなり大きな借りがあってね、断ることは出来なかったんだ。それに私自身、その時点では興味深いと思っていたんだよ」


 ザックとしてはノエルやオードラの顔が思い浮かぶが、もちろん生徒たちがそれを知ることは無い。


「どの辺りに興味があったのであろうか、先生よ」


 フレイザー以外の男子生徒が気軽な様子で問うが、ザックとしては困った表情を崩さない。


「それがねえ、探し人っていうのが共和国の秘密組織の構成員で、禁術なんかを普段から行っている連中みたいなんだ」


 ザックが探しているのは赤の深淵(アビッソロッソ)だったが、彼は探し方に行き詰まっていた。


 その焦りを秘めつつ、言葉を絞り出した。


 ザックの言葉をどう受け止めたのかといえば、その場の生徒たちの目には好奇心しか含まれていなかった。


『へー! (デュフフフフ)』


 彼らの様子を目にして、自分も当初はそんな雰囲気だっただろうなと思い、ザックは嘆息する。


「追う方の私の知人は荒事に長けているヤバい人たちで、追われる方の連中は禁術を普段から行う人でなしの連中なのだよ」


 彼が告げた『人でなし』という部分に誰も反応せず、生徒の一人が声を上げる。


「ザック先生に声を掛けるとは、追う方は魔法が不得意かもしれないのだわ」


 生徒の声にザックは首を横に振る。


「いや、今回の場合は追われる方が手慣れていると考えるべきだろう。なんせ長年に渡って共和国国内で、獣人が主力の治安部隊から逃げている秘密組織の連中でね」


 ザックが肩をすくめて見せると、学生たちはさらに興味深げな視線を強めた。


『へー! (デュフフフフ)』


「それで僕らに案出しを手伝えということかい、先生?」


「まあね。このままだと怒った知人が、私をその辺の水路に沈めかねないのでね」


「え?」


 フレイザーが心底不思議そうという顔を浮かべた。


 それを見たザックが怪訝そうに問う。


「どうしたんだい? ヤバそうなネタだし、話をここでうち切ったほうがいいかね?」


「いえ、ザック先生の場合、少しくらい水路や汚泥に沈められたり、火あぶりとか油で揚げられたところで、復活してみせますよね? デュフフフフ」


「ヒトを原始的な生物のように扱うのは、勘弁してくれないかねフレイザー君」


 ザックが息を吐くと、生徒が口々に異論を告げる。


「でも先生の光魔法の発動速度と熟練度は、変人の領域を突破してますよね?」


「原始的というよりは、自動修復機能があるゴーレム並だわね」


「その辺の暴力的な輩など、先生なら半時間も掛からないで集団ごと記憶を真っ白にできるであろう」


「ぼくが結論するのはどうかと思いますが、王都の危険人物の中でもザック先生は上位に属すると、ぼくらは認識していますよ。デュフフフフ」


『異議なーし』


「…………」


 学生たちの言葉にザックは額に手を当てた。




「それで、先生が悩んでいるのは、結局どの辺りなのですか?」


 ザックの様子を全く気にすることも無く、生徒の一人がようやく本題を問う。


 その言葉に少しばかりホッとしながら、ザックは説明を始めた。


 彼の説明をまとめると、以下の内容になるだろうか。


 ・逃亡者は共和国の秘密組織の構成員で、普段から禁術を使う魔法の熟練者たち。


 ・逃亡者は長年、追跡能力に優れる共和国の治安部隊から隠れて活動している。


 ・逃亡者は隠れるのに特殊な方法を使っている可能性が高い。


「魔法的な手段で追跡するのが、共和国は不得手ということは無いですか?」


「そこは問題無いはずだね。彼らは精霊魔法を使うから、精霊から完全に隠れることには魔法的にはかなり難しいだろう」


 生徒からの指摘にザックは首を横に振る。


 精霊魔法の使い手は、精霊に指示を与えて偵察などを行わせる者もいるからだ。


「魔法的には、であるか?」


「精霊から逃げるには、気配を扱う部分で何とか出来る可能性はある。その意味では武術的なノウハウを元にした何かで隠れているかもしれないけれどね」


「なるほど、魔法的でありながらセオリーから外れた技法、すなわち禁術ですね」


 生徒が指摘すると、ザックは頷いて腕を組む。


「恐らくは、禁術か私が知らない呪いの類いだね。一般的な魔法のセオリーが通じないと、特定が面倒でね」


『…………』


 ザックの言葉で生徒たちは考え始めた。


 すこし話しただけで、彼らは獣人の嗅覚から逃亡者が逃げている仕組みの説明を考え始める。


 結果として、逃亡者は周囲の五感を誤魔化しているはずだという意見は一致した。


 問題はどのように行っているのかという話になる。


 ザックから説明があり、特徴的な魔力の流れがあれば、精霊などはそれを追跡できるはずだという話になった。


 そこで彼らは、周囲に魔力の動きを隠しながら魔法的な手段――呪いや禁術のたぐいを逃亡者が使っていることを思い付く。


「つまりは魔法的な手段の『隠し方』の問題ということになりますね先生、デュフフフフ」


「まったく、君たちの熱意と発想力には敬服するよ」


 フレイザーがザックに言葉を掛けると、彼はホッとしたような表情を浮かべた。


「何やら先生は安どしているが、問題解決の目途が立ったということであろうか?」


「そうだねえ…………。ま、ここまでの議論で、方向性は何となく思いつくよ」


「それは私たちも教えてほしいのだわ」


 女子生徒の一人が告げるが、ザックは首を横に振る。


「魔法で暗号化された文献を読む覚悟があるなら、ぜひ手伝ってもらうけれども。いかがだろうか君たち」


 そう告げてザックは生徒たちを見渡すと、彼らは途端に研究室兼部室から退出しようとした。


「とっても勉強になったけれど、応用魔法学のレポートがあるから図書館に行くわ先生」


「そういえば自分も課題があったのを思い出したのである」


「私はちょっと議論で疲れたから、そろそろ失礼するのだわ」


「僕もおやつを食べたい気がするさ」


 生徒たちは口々に理由を一方的に告げて部屋を去り、後にはザックのほかにはフレイザーが残された。


「先生、本当に暗号化文献の解読が必要なのですか? 察するに、ある程度禁術の目星がついているのでは? デュフフフフ」


 フレイザーの言い草に破顔しつつ、ザックは告げる。


「まあ、目星はね。でも暗号化文献に当たる必要があるのは事実ではある」


「どのような文献なんですか? 皆をおどかした以上、マネをさせたくないような禁術でしょうけれども。デュフフ」


 ザックはフレイザーの言葉に黙って頷き、無詠唱で【収納(ストレージ)】から手の中に本を取り出した。


 革張りの装丁がされた手帳のようなサイズのもので、一見して古いものだと分かる。


「ここまでの話で思いついたのは、この本の記述だよ」


「どのような内容なのですか?」


「数百年前に共和国のエルフ族が書いたものでね、並列思考のスキルを魔法的に応用することができないかを検討したものだ――」


 ザックはその本の概要をフレイザーに説明した。


 著者は並列思考の応用には成功し、自身の意識の中に通常の自我とは別の『閉じた魔法的自我』を呪いで作り出した。


 この本の著者の目的は、寝ている間も二十四時間自動的に思索し続けるだったのだが、いざ完成したところで欠陥が見つかった。


 使い続けるうちに、術者本人の自我が段々と壊れて行くのだ。


 その結果、この本の内容は発展することも無く、魔法関連の本の山に埋もれた。


「――というわけでカンタンにいえば、魔法的に二重人格になる呪いの術、いわば呪術だよ。使用者が壊れてしまう辺りが、秘密組織向きだよね」


「ふむ……。非常に興味深いですが、先生。『閉じた魔法自我』では外部からの魔法的な探査は不可能ではないのですか?」


「魔法自我を見つけようとしても無理だけど、闇魔法を使えば多重人格者は見つける方法があるのだよフレイザー君」


 解決の糸口を見つけたザックは、どこか得意げにフレイザーに告げる。


「それは! 非常に面白くなってきましたねデュフフフフ」


「ああ。魔道具に組んでしまうなり、『覗き蟲(ピーピングバグ)』の呪術を組みなおせばいいさ」


「『覗き蟲』といえば――、『斥候部』の部長さんが何やら気が付いているようですよ」


「ああ、レベッカ君か。優秀そうだし、彼女たちの活動にも活かせる呪術だ。教えてあげてもいい気がしているんだがね」


「それはいい案ですね、デュフフフフ」


 そうしてザックとフレイザーは、ブライアーズ学園の附属研究所の一室で、何やら笑い合っていた。


 同じころレベッカは商業地区の喫茶店でおやつのスコーンを食べていたが、奇妙な悪寒を感じていた。


「風邪でもひいちまったかな。――よし、晩メシはチキンリークパイ (鶏肉と西洋ネギのパイ)がいいな!」


 何やら全力で食い意地を滾らせる彼女を前に、同席していた斥候部の女子の仲間は首を傾げていた。



挿絵(By みてみん)

レベッカ イメージ画 (aipictors使用)




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