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03.生命って何ですか


 附属研究所の玄関近くのベンチではクラウディアが待っていた。


 風紀委員会の週次の打合せが終わる時間は伝えてあったけれど、時間が前後することは彼女には言っておいたんだよな。


「こんにちはクラウディア先輩」


「こんにちはですの」


「やあウィン、キャリル、ごきげんよう」


「もしかして先輩は結構待ちましたか?」


 クラウディアは、開いていた本を【収納(ストレージ)】で仕舞いながらベンチから立ち上がる。


「大したことは無いさ。本を読んで過ごしていたし」


「そういう問題じゃないですよ。この陽気じゃあ結構寒いですよね?」


「やはり今度から、回復魔法研究会の部室で待ち合わせる事にいたしましょう」


 あたし達の言葉にクラウディアは「べつに大丈夫なのに」と言って笑っていた。


 合流したあたし達は附属研究所の玄関に入り、受付に訪問先を伝えた。


 すると職員の人が確認を取ってくれて、学生証を提示したら警備員のお兄さんが案内してくれた。


 研究所の中を移動して、新館の『第三多目的実験室』に辿り着く。


 実験室の扉を開けると、中にはタヴァン先生とほかに高等部の先生がもう一人いた。


 あたし達の確認が取れたので警備のお兄さんは引き揚げて行く。


『こんにちはー (ですの)』


「やあこんにちは。手伝いに来てくれて嬉しいです。感謝しますよ皆さん」


 タヴァン先生たちは手を止めて、あたし達に挨拶を返してくれた。


「まさかお二人で鉱物スライムの仕分けをしているんですか?」


 あたし達は先生たちに歩み寄りつつ、クラウディアが怪訝そうに告げる。


 まえに手伝いでここを訪ねたときは、平日には職員が助っ人で来ると言っていたハズなのに。


「ええ、そういう日もありますね。手伝ってくれる職員の方や研究者の先生方もいるのですが、時間がある時という話になっているんですよ」


 たしかに鉱物スライム専門の人員を配置するには、まだ難しいんだろうな、急な話だったし。


 あたしがそれを指摘すると、いちおう附属病院の方でヒトを割り振る検討は進めているとのことだった。


「ただ、附属研究所と病院だと、トップの派閥争いがあるんだよねえ」


 高等部の先生がそう言って苦笑いする。


「否定はできませんね。貴族の派閥問題は微妙に影を落としています。附属病院の反応は鈍いですね」


 タヴァン先生も困ったような表情で微笑む。


 相変わらず貴族派閥の問題があるのか、本当に厄介だな。


「なかなか上手くいかないんですのね」


「そうですね。でも第一王子妃殿下の治療を成功させたことで、今回我が校とブライアーズ学園の附属病院は、国の内外に名声が高まりました」


「その話は伺っておりますわ」


 キャリルの言葉にタヴァン先生は頷く。


「ですので、以前の附属病院の態度に比べたら、これでも附属研究所との連携についてかなり態度が軟化しているのです」


「成果があると違うんですね」


 あたしは思わずそんな言葉が漏れる。


 現金なものだよなとおもう。


 それでも、次につながる変化なら歓迎すべきなんだろう。


「成果の有無を尺度にするのは、研究の分野ではどこも同じようなものでしょう。『生か死か』というくらい違いますね、『成果しか』という話ですしッ!」


 タヴァン先生はそう言い放ってツヤツヤした表情を浮かべた。


 その場のあたし達は、高等部の先生も含めて生暖かい視線を向けていたけれども。




 立ち話もそこそこに、あたし達は鉱物スライムの仕分け作業を手伝い始めた。


 作業自体は【鑑定(アプレイザル)】を使い、手にした鉱物スライムが元気かどうかを確かめて割り振るだけだ。


 手を動かしながらでもお喋りは出来たりするので、あたし達は先生たちと話ながら仕分けを進める。


「それでタヴァン先生、『生か死か』といえば、鉱物スライムの生き物としての性質は調べが進んでいるんですか?」


 クラウディアが手を動かしつつ、何ごともなかったかのように質問した。


 彼女はあのダジャレ (?)を拾うのか。


「研究の進捗はまだまだですね。私が留学先で学んで来たのは鉱物スライムの使い方が主でした。今回のように養殖という試みは、パールス帝国でも聞いたことは無かったです」


「そうなんですね」


「はい。――もっとも、留学生には秘密だっただけなのかも知れませんがね」


 タヴァン先生はそう告げて肩をすくめてみせた。


「養殖するってことは、エサを探すってことですよね? やっぱり鉱物を食べるんですか?」


 あたしが訊くと、タヴァン先生は頷く。


「その辺りはこれから特定していきますが、捕獲した王都南ダンジョンの地形をもとに、与える鉱物を吟味しています」


 タヴァン先生の話に、高等部の先生が「鉱物スライムは食事がゆっくりで困ってるがね」と笑っていた。


「鉱物を食べるという部分で、生き物として不思議だと感じてしまいますわ」


 キャリルが思わず告げた言葉に、あたしたち全員は微笑む。


 実際に目の前にいる鉱物スライムを観察すると、魔獣とはいえ生き物の不思議を思ってしまうのだ。


「タヴァン先生、すごく基本的なことですけれど、質問していいですか?」


「何ですかウィンさん? べつに大丈夫ですよ」


「ありがとうございます。ええと、学問的な意味で、『生命って何ですか?』って訊くのはヘンですかね?」


 あたしの問いに、タヴァン先生は薄く笑みを浮かべつつ考え込む。


 言葉を選ぶように鉱物スライムを観察しつつ、彼は告げた。


「結局線引きの話になる気がしますが、そうですね……。私が答えるとしたら『生命とは、魂を宿し、魔力を基盤とする肉体またはそれに類する機構を持ち、自律的に活動し、自己相似的なものを生成や複製する存在である』となるでしょうか」


 この世界では、『魂』の実在は魔法によって確かめられている。


 肉体やそれに類する機構(メカニズム)というのも分かる。


 自律的というのも想像できる。


 生成だとか複製とかも、理解はできる。


『自己相似的 (ですか) (ですの)?』


 あたし達が目を丸くして確認すると、「そういう言い回しをするんです」とタヴァン先生は笑った。


「やや曖昧さが残りますが、『自分によく似たもの』と言い換えてもいいでしょう」


『ふーん』


 あたし達の反応を、タヴァン先生と高等部の先生は面白そうに観察していた。


 そうしてあたし達はときどきお喋りをしつつ、延々と鉱物スライムの仕分けを続けて行った。




 ウィンがタヴァンに『生命とは何か』を問うたころ、王都ディンルークの別の場所で似たような問いを行った者たちが居た。


 王都の南側に位置する王都ブライアーズ学園。


 その附属研究所の研究室の一つには、『魔法民俗学研究室』と書かれたプレートが掛かっている。


 そのプレートの下には『実践魔法文化研究会』というプレートもみとめられた。


 研究室とそれに併設する形でサークルの部室が併置されている。


 室内には自身の執務机に向かって、頭を抱えながら書き物をしているザックの姿があり、そこから離れた共用のテーブルを囲んで学生たちが数名話し込んでいた。


「そうですね、魔法的な意味で『生命とは何か』ですか。非常に興味深い問いでしょう。デュフフフフ」


 学生たちの一人フレイザーは、転校後にザックが用意したサークルの『実践魔法文化研究会』に所属していた。


 目の前には彼の新しい仲間が揃っているが、学院にいたころと比べてフレイザーは居心地の良さを感じている。


 ここでの仲間たちは、思索上のタブーの意識が薄い。


 純粋な興味から来る問いに対しては、それがどんなに社会通念からは奇妙とされるものでも、真面目に論じる態度がある。


 その中で生物学や医学ではなく、呪術や禁術における『生命』の扱いについて、興味を持った生徒がいた。


 フレイザーをはじめとした学生たちはその議論を始める。


 彼らはある程度話したところで、『内在魔力の状態維持』が呪術や禁術などの魔法における『生命』の機能であり定義では無いかというところに落ち着いた。


「――けっこういい答えになったと思うけど、ザック先生は正解を知ってるのかしら?」


「聞いてみたらいいであろう」


「言い出した子が突撃すべきだわね」


「先生に訊くのが結局早いだろうともさ」


 仲間たちの様子を微笑ましく感じながらフレイザーは口を開く。


「先生は並列思考も出来るでしょうし、ぼく達の議論は聞いていたのでしょう? 正解はご存じないですか? デュフフフフ」


 フレイザーが問うと、ギギギギギっと音がしそうなぎこちない動きでザックは振り返り、学生たちを見る。


「――そうだね。君たちの問いの答えについては『“自律的な”内在魔力の状態維持』という言葉の方が無難だろうね。それよりも――」


「どうしたんですか先生?」


 フレイザーが不思議そうに問うと、ザックは声を上げる。


「君たち! 助けてくれたまえ! アイディアを出して欲しいんだ!!」


 ザックは憔悴した表情でそう言い放った。



挿絵(By みてみん)

クラウディア イメージ画 (aipictors使用)




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