01.そうじゃない形でも
王立国教会本部でサイモン様の『面談』を名目に、キュロスカーメン侯爵様が『尋問』をされた。
あたしとデイブとブリタニーはその場に忍び込み、ブルー様が侯爵様をどうにかしようとしたときに介入した。
そのあとは陛下がその場に現れて話し合いになり、侯爵様の真意が知れてから場が収まった。
あたし達はデイブの店に戻ってきて『密約』の話とかをしていたら、カースティがやってきた。
彼女はブルー様の妹 (レイチェル)の娘さんで、姪にあたる。
本人の話では情報の確認とか共有のために来たみたいだ。
そして秘密組織赤の深淵の幹部である『三塔』のうち、女の魔族を追っているという話になった。
あたしやディアーナやマルゴーを噛ませてほしいと伝えたら、デイブ達も手伝ってくれるという話になる。
そこまでは良かったのだ――
「ええと、それでカースティさん。確認なんですけど、結局ブルー様が許嫁とか男子を紹介するとか言いだした話って、どの程度本気なんですかね?」
あたしが訊くと、カースティは「そうですね」と言ってから少し考えて口を開く。
「けっこう本気じゃないかな。ただブルー伯父さんの性格から言って、ムリに今すぐどうこう言ってくることは無いと思うけどねー」
「あ、それは嬉しい話です」
「ホントに率直ね、フフ。ネタ晴らしすると、伯父さんの場合は政治的な野心のために一族の縁談をまとめるよりは、本人たちの資質の方を重視するとおもうかなー」
カースティがいう『本人たちの資質』を確認すると、性格だとか人間性という単語が返ってきた。
「うちの一族の場合、ある程度武術とか魔法とか諜報の素養があれば、そういう能力は足りなければ鍛えればいいって感じよねー」
『ふーん』
「それよりも、そうね。伯父さんだと一言でいえば『王国のために自分の全てを賭けられるか』って尺度じゃないかしら」
そういうことなら月輪旅団は身内が第一だし、国はその容れ物でしか無いんだけどな。
あたしの表情を読んだのか、カースティは微笑む。
「月輪旅団の流儀は知ってると思うから、国の利害と身内の利害が一致するうちは大丈夫って思ってるんじゃないかしら」
「そりゃブルー様が甘いね」
「ああ、コップにすり切り一杯砂糖をとって、そこに茶を入れて飲むよりも甘いだろ」
そう言ってブリタニーとデイブはあたしを見る。
というかデイブの例えはどういう例えなんだよ。
「なによ、何か文句でもあるの?」
「「別にー」」
なんだよこの夫婦。
でも二人が見越している通り、あたしの場合は国と身内だったら身内をとると思うけれど。
「いろいろと気になる反応はあったけど――、ブルー様については今すぐどうこうっていう話では無いんですね?」
「わたしはそう思うわウィンさん」
「分かりました」
あたしはそう言ってホッとした表情を浮かべると、その場の三人に笑われてしまった。
侯爵さまの話はとりあえず今は忘れることにしよう、無礼講だったし。
その後もカースティを交えて最近の王都の話をしたけれど、目新しい話は出なかった。
カースティからは共和国での動きを聞いたけれど、魔神さまが人として生まれた生誕の地を聖地にするべきだという大論争が国内で起きているそうだ。
他には巡礼に王都ディンルークを訪ねたい魔神信者が大勢いるみたいだけれど、旅費や時間を作れないみたいという話になった。
だから今すぐに共和国から大挙して、巡礼団みたいな人たちが波のように押し寄せることは無いだろうと言っていた。
その話を聞いてあたし達は今でも王都は巡礼客で混みあっていると告げたのだけれど、カースティは曖昧に笑っていた。
デイブとブリタニーとカースティを交えて話し込んでいたけれど、時間的にいつもの部活が終わる時間になった。
それに気が付いたあたしは引き揚げさせてもらうことにした。
陛下が言っていた『神より定められた責務を話す場』のことは、また日を改めてでいいか。
カースティはまだ話していくそうだ。
「最後に一つ教えてカースティさん。けっきょく今回の結末で、ブルー様は侯爵さまをどうこうするつもりは無くなったのかしら?」
「わたしはそう思うわね。伯父さんにかいつまんで話を聞いたけれど、今後の方針として大急ぎで政治学の専門家に情報の検討を依頼するみたい」
「それって侯爵さまよりも、っつうか北部貴族連中よりも早くに情報を吟味して、王家を盛り立てたいってことだな?」
カースティはデイブの言葉に頷く。
「けっきょく王国に根本的な問題があるなら、侯爵さま以外にも物申す貴族が出てくるだろうってことになったわねー」
「そりゃそうだね」
そういうことなら、あたしとしては今回の情報収集からの介入は、成功だったと判断していいだろう。
「そこまで話が聞けたならあたしは満足したわ。カースティさん、さっき言ってた『三塔』の女魔族の話、お願いします。魔神の巫女やマルゴーさんに話しておきます」
「分かったわウィンさん」
そこまで話してから三人に挨拶し、魔法で防音にしていたのを止めた。
それを伝えてから、あたしはデイブの店を出て学院の寮に戻った。
寮の自室に戻り部屋着に着替えてから、共用の給湯室でお茶を淹れてゆっくり過ごしているとホリーが訪ねてきた。
気配を隠さず扉がノックされるので直ぐに応対すると、いつもの雰囲気でホリーが居る。
「ウィンー、今日のことをさっき父さんから聞いたわー。本当にありがとうねー」
そう言って彼女は右手を差し出す。
あたしはホリーと握手をしつつ話を聞く。
「もう連絡があったのね。どうする? あたしからも説明しようか?」
「大丈夫。父さんからも『気疲れしてるかも知れないから、あまりジャマしないように』って言われたしー」
「べつに気疲れはしてないかな」
ブルー様とは斬りあったけれど、それで遺恨が残るような結果にはならなかった。
ブルー様にとっては誤解が解けたというよりは、今後の方針が決まったという話だろうし。
ホリーはあたしと握手しつつ、嬉しそうに告げる。
「ねえウィン、これからもよろしくー」
「え、うん。ブルー様が言ってた話はともかく、クラスメイトとしてよろしくね」
そう応えるとホリーはガッカリしたような表情を浮かべた。
「ウィンからそう簡単に言質をとれるとは思ってなかったけどさー」
「何の言質よ?」
「分かってるくせにー」
そう言ってホリーはブンブンとあたしと握手している手を上下に振った。
「べつに友だちでいいじゃないあたし達?」
「まあ、そうなんだけどねー。そうじゃない形でも、わたしは歓迎だからさー」
彼女の言い草に、あたしは思わず苦笑いが浮かんでしまった。
それに対してホリーは笑顔を浮かべてから手を放す。
「ホントにありがとうね、ウィンー」
「うん」
あたしはホリーを見送って部屋に戻ったけれど、今回のことをアルラ姉さん達に話していいかを相談すれば良かったかと考えていた。
でもどうせ陛下や将軍様や教皇様があの場にいたし、貴族社会では噂にはなると思う。
現場にいた者として、キャリルやロレッタ様、ついでに姉さんに話をしておこう。
そこまで考えて、あたしはお茶を飲みほした。
いつものように姉さん達と夕食を取ったとき、周りを【風操作】で防音にして王立国教会本部でのことを話した。
「そう、『勉強会』ね……」
「わたくしとしてはその場に居なかったのは残念ですが、我が家は南部貴族とみなされますし、侯爵さまには警戒されたかも知れませんわね」
ロレッタ様とキャリルはそう告げて考え込む。
「それにしてもウィンがそんなことを考えていたとはね」
「ヘンかな、姉さん?」
「ううん。……そうね、ある意味でウィンらしい率直な意見だったと思うわよ」
アルラ姉さんはそう言って笑う。
あたしらしい率直さと言われると、すこし嬉しい気がする。
「私も同感かしら。領地経営とかそういう話はともかく、学問としての政治学なんかにウィンは才能があるかも知れないわね」
「そういえばわたくしとウィンは、リー先生から政治学の授業を受けるように誘われましたわね」
「ああ、そんなこともあったわね。でもべつに、そういう才能は欲しくないですよ。どちらかといえばあたしはローズさまを救ったような、伝統医療の方が関心があるし」
「でもウィンはそれよりも、食べることの方が関心がありそうよね」
「さすがですおねえさま」
姉さんのやり取りを、ロレッタ様とキャリルが面白そうに見ていたのがあたしの印象に残った。
ロレッタ イメージ画 (aipictors使用)
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