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11.流儀を迷わず選ぶのは


 いまから約二百年前に、ディンラント王国から独立しようとする獣人と魔族が戦争を始めた。


 いわゆる『プロシリア共和国独立戦争』だけれど、八年間ほど剣と魔法を駆使した戦いが行われ、共和国は王国から独立を勝ち取った。


 あたしたちの祖先であり、月転流(ムーンフェイズ)の初代宗家は共和国を助けた。


 その流れで、初代宗家と月転流の使い手たち―――月輪旅団は王国と共和国の和平交渉に参加したという。


「このあたりの知識はあるかお嬢?」


「そこまで細かい話は、歴史の教科書には無いわね」


「まあな。共和国側の歴史の教科書……、はおれも読んだことはねえが、向こうの子供向けの歴史の本では和平に月輪旅団(うち)が同席したことは書かれてるんだわ」


「そうなのね」


「ああ。そして和平交渉は、王国側の古都シゲルオセルで行われた」


 あたしはその都市名を知っている。


 というか、ゴッドフリーお爺ちゃんちがあるわけですよ。


「アロウグロース辺境伯領の領都よね? お爺ちゃんや伯父さんの家があるけど……」


「そうだ。それでだ、あんまし細けえ話は伝わってないみたいだが、初代宗家は和平交渉のときにアロウグロース辺境伯と友達になっちまった」


「そんなことがあるの?」


「あるのって言われても、そういう風に爺様から聞いてるんだわ」


 デイブはそう言って肩をすくめた。


「『密約』って、その友達関係にまつわる話なの?」


「そういうことだね。デイブの話をちょっと補足すると、月輪旅団(うち)は和平交渉で共和国側の相談役の一人として参加した。対して辺境伯は王国側の忠臣として参加したらしいよ」


「ふーん」


 けっきょく史実にも伝わるけれど、和平は上手く進んだ。


 互いの領地の扱いであるとか戦後補償の在り方、二国間の条約など色んな手続きが行われた。


 これらがスムーズに進んだのは、両国で厭戦ムードが国中に高まり、互いの国の強硬派を抑えやすくなったことが大きい。


「で、その陰で王国と共和国のあいだに幾つか『密約』が結ばれた」


「ようやく本題ね」


「まあな。そんで『密約』には月輪旅団(うち)が関係するものが含まれてる。――その内容なんだが、両国が自分の国からみて信頼できる奴を決めて、なにか相手国に問題がある時は“助言”て形で警告する仕組みができた」


「まさか……、話の流れ的に、その『信頼できる奴』ってのが月輪旅団(うち)なの?」


「そういうことだ。正確には“宗家の血を引いている”のと、“月輪旅団の支部の取りまとめ役が認めた話”って縛りがある」


 けっこう重い話だった。


 というか、国の政治に全力で巻き込まれて無いか、うちの傭兵団。


 その辺りをデイブとブリタニーに確認すると、あくまでも『助言』とのことだった。




「だから政治的な強制力は一切ねえ」


「ただし、うちからの助言をしたことは共和国に流すことになってるから、場合によっては共和国が外交ネタに使うね」


「うへえ、やっぱり重い話じゃない」


「重いか軽いかでいえば軽くはねえが、王国にしろ共和国にしろ『助言』そのものをどうこう言うことはねえ」


「けっきょくそれは、月輪旅団の影響力も働いてるのさ」


 そのあと王国側の『信頼できる奴』が誰かを確認したら、『アロウグロース辺境伯家』だと教わった。


 それで初代宗家と辺境伯の友情の話につながるのか。


 共和国が何か仕出かしたら、辺境伯家が『助言』という形でお小言を述べるのだそうだ。


「あれ? それなら今日、陛下が『密約』とか言っていた『助言』の内容って、あたしの言葉ってこと?」


「ん? そうだぜ? 何も恥じるようなことは無かっただろ?」


 いや、確かにそうだけど。


 デイブは珍しく満足げに微笑んでいる。


「おれとしちゃあ、お嬢が国を相手にしてもブルー様を止めるって言いだして、『宗家の血ってスゲエよなあ』って感心してたんだけどな」


「そうなの?」


「ああ。べつにおれが方向づけたわけでも、おれから提案したわけでもなく、今回の状況でうちの流儀を迷わず選ぶのは感心したぜ」


 デイブはそう言って嬉しそうに微笑んだ。


 そう言われてもな。


 あたしとしては、必死だっただけなんですよ。


「でも、そうは言っても、あの場で『密約』に値しないような言い草をあたしが言ってたらどうするつもりだったのよ?」


「ん? それとなくヒントを出したぜ。実際問題、ブルー様が侯爵閣下をどうこうしたらよ、そりゃもう北部貴族が大暴れする口実になっちまったと思うし」


「――なったかしら?」


 あたしが首を傾げると、ブリタニーがつまらなそうに息を吐く。


「はあ……、たぶん国教会のどこぞから話が漏れて、今日の夜には北部貴族が手勢を王都に集め始めてただろうね」


「……そこまで行ったかしら?」


「さあな。だがおれも、そうなってもおかしく無いとは思ってたぜ。お嬢はそこまでは読めなかったか?」


 デイブはいつものニヤケ顔を浮かべて告げる。


 あたしとしてはそこまでに危機感は無かったんだよな。


「ええと、読めなかったというか、そういう予感はしなかったのよ」


「お嬢のスキルって奴かい? そういうのを頼るのもいいけど、事実を元に備えるのも大事と思うよ?」


「おっしゃるとおりだとおもいます、ブリタニーさん」


 あたしがそう応えて重いため息をつくと、二人は可笑しそうに笑った。




 デイブとブリタニーから『密約』の話を聞いたけれど、それがデイブが言ってた『奥の手』ということだった。


 確かに王宮に忍び込んで言い訳が立つとしたら、いま聞いた『密約』なら何とかなるかも知れないけどさ。


「ところでお嬢の『奥の手』ってなんだったんだ?」


 あたしとしては薬神の巫女とバラして、神託があったことにしようかと思っていた。


 だがここでふと妙なことを思いついてしまった。


 あたしは自身のコートのポケットから封書を一つ取り出して掲げる。


「それはこれを見せて、『迷っちゃいましたー、ごめんなさーい、てへぺろー』って言って済ませようと思ったのよ」


「なんだいそれ?」


 そう言ってブリタニーはあたしから受け取って封書の内容を確かめると、眉をひそめた。


「冗談だよねお嬢?」


 そう言ってブリタニーはデイブにも見せるけれど、デイブは苦笑する。


「もともと『奥の手』の話をしてたのは、王宮に忍び込む話をしてた時だろ。なんで国教会の物納の書類で誤魔化せるんだよお嬢?」


「うん、一瞬でバレると思ったわよ」


 そう言ってあたしは封書を受け取ってポケットに仕舞う。


「二人には前に話したけど、あたしって『薬神の巫女』でしょ? それを王宮で宣言して、最悪でも神託があったってことにしようかなって思ってたのよ」


「……ちなみに神託があったのか?」


 デイブが眉をひそめながらあたしに訊く。


「その辺は薬神さまに事後承諾をとる感じでいいかなって思ってたわ!」


 そう言い放ってあたしがキリっと顔を引き締めると、二人はそろって『ないわー』と言っていた。


「その辺は最終手段と思ってたけど、『密約』なんて知らなかったし勘弁してね」


 あたしがそう言うと二人は何やらため息をついていた。


「ところで、薬神さまから『神託』があったのは本当よ」


「ん? どんな内容なんだ?」


 デイブが気を取り直してあたしに向き合う。


「それがね、どうやら教皇様がぼんやりと気が付き始めたみたいなのよ、あたしが巫女だって」


「「ふーん……」」


 あたしの言葉で二人は考え込むけれど、ブリタニーはあたしに確認する。


「それで、薬神さまから、お嬢はどうしろって言われてるんだい?」


「あたしの方から『教皇さまだけにバラしていいですか?』って確認したら、『好きにしなさい』だって」


「「…………」」


 あたしの説明にデイブとブリタニーは考え込み、お茶を一口飲んでから告げた。


「まあ、おれも教皇さまに伝えておくのは悪くねえとおもう。爺様と友達だし、ウィンを困らせることはねえだろうさ」


「確かにそれもそうだね。薬神さまもその辺を見越して『好きにしなさい』って言ったんだろうさ」


「そうなのかしらね」


 あたし達はそんな話をして笑っていた。


 その後は何でタイミングよく陛下が来たのかを二人に訊いてみたけど、『会議室に監視の魔道具があったんだろう』と言っていた。


「それって、陛下は登場するタイミングを計ってたってこと?」


「そうじゃねえかな? あの方はああいうイタズラっぽい介入とか好きそうだしよ」


 たしかに、もう少し早くに介入して欲しかったですとも。


「そもそもウィンたちのピザパーティーに無理やり参加してきた時点で、面白そうなことが好きなんだろうねえ」


「あ、何となく分かる気がする」


 あたしはそう言って息を吐いた。


 あたし達がお茶を飲みながら話していると、デイブの店の裏口に人の気配があった。



挿絵(By みてみん)

ゴッドフリー イメージ画 (aipictors使用)




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