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04.乱闘騒ぎなら他所でやって


 一夜明けて風曜日になった。


 いつも通り授業を受け、みんなと昼食を食べて午後の授業を受け、放課後になった。


 今日は用事があってデイブやブリタニーと出かけると伝えて、実習班のみんなと別れて寮に向かう。


 自室で戦闘服に着替えてワイバーン革のコートを羽織り、玄関で外出の手続きを済ませる。


 その後は身体強化と気配遮断を行って、あたしは待ち合わせ場所に急いだ。


 デイブの店を待ち合わせ場所にしても良かったと思うのだけれど、今日はあたしとデイブとブリタニーだけで動く予定だ。


 王立国教会本部には、キュロスカーメン侯爵家の馬車が入るのを確認してから忍び込もうという話になっていた。


 国教会本部の正門が観察できる指定の場所に辿り着くけれど、少し早かったかも知れない。


 あたしは気配を遮断したまま周囲を観察して過ごす。


 聖地となった中央広場が近いだけあって、巡礼客らしい旅装の人たちが路上にあふれている。


 獣人の人たちが多めな気がするけれど、獣人では無くても王国ではあまり見ない旅装の人たちもいる。


「神さまが生まれた土地ってことになると、やっぱりいろんな国から巡礼客が来るのね――」


 あたしはそう口にして、数秒前に気配を消して近くに現れたデイブに視線を向ける。


「そりゃ仕方ねえよな。神々からの神託は確かに教会が受けてるが、マジもんの神って奴が人間から変化したってのは聞いたことがねえし」


 デイブは苦笑しつつそう告げる。


「ブリタニーは?」


「もう来る。店の戸締りしてから追ってくるはずだ」


 あたしがデイブに頷くと、そのタイミングでブリタニーの気配が近くに現れた。


「待たせたねウィン」


「大丈夫よ、あたしも来たばかりだし。それでどうするの? ここで馬車が来るまで待機かしら?」


 馬車っていうのはキュロスカーメン侯爵家の馬車のことだ。


 おそらく侯爵閣下とサイモン様が乗ってくるだろう。


「いや、今日の『面談』の流れについては把握している。中で待とうぜ」


「分かったわ」「あいよ」


 デイブの言葉にあたしとブリタニーは頷き、再び気配を消して王立国教会本部に向かった。




 その日の午後、ヒメーシュはサイモンが関わったという騒動の件で、王都にある王立国教会本部に呼び出された。


 騒動の原因特定などについての面談を行うと、王宮を経由して連絡があったのだ。


 王宮を経由している時点で『国教会本部での騒動』に限らず、その他の問題まで及ぶことが想定された。


 その辺りのことを踏まえ、“王宮”から確認されそうな内容について頭の中で再度整理していると、馬車の中で向かいに座るサイモンの表情が目に留まる。


「どうしたのだサイモン、呼び出されたものは仕方ないのだ」


「しかし父上、あなたまで巻き込むのは本意ではありません」


「もうその話は良いだろう。お前のことが無くとも、何かしらの口実を見つけて儂を呼び出したろうさ。ところでサイモンよ」


「何ですか父上?」


 ヒメーシュに声を掛けられ、サイモンは真直ぐに視線を向ける。


 その表情を確かめつつ、ヒメーシュは満足げに笑う。


「なるほど、雰囲気が変わったな。こんなことならもっと早めに国教会に儀式を行って頂くべきだったやもしれん」


「そこまで変わったでしょうか?」


「ああ。以前のお前は文官のような融通の利かない様子があった。それがある時から――お前の話では奇妙な白昼夢を見てからだろうが、どこかとぼけたような印象になった」


 そう言ってヒメーシュはほくそ笑む。


 実父の言葉に気恥ずかしさを覚えつつ、それを隠しながらサイモンは姿勢を正す。


 その顔は以前の実直さに加え、ヒメーシュにもあるような如才なさが伺える。


「そのように見えていたのですね」


「なんだ、自覚が無かったのか? 儂としてはあれはあれで、前よりは面白い奴になったと思えたのだがな。それがどうだ。いまのお前は、ボーハーブレアで軍学を修めたころの気配がある……」


 ヒメーシュはそこまで話し、いまなら侯爵領領兵の指揮に充てることも考えられるだろうかという言葉を飲み込む。


「恥ずかしながら儀式により、虚飾が剥がれたということでしょう」


「ふむ、そういうことにしておこうか」


 サイモンの言葉にヒメーシュはくつくつと笑う。


 父の笑みに表情を崩さず、サイモンは端的に問う。


「それで父上、本当にそのままを証言してよろしいので?」


「構わん。魔道具を用意して真贋はつねに確かめているだろう。それに本命は儂への質問だろうからな」


「分かりました」


 サイモンはそう応えてから頷き、それ以後は椅子に深く座り直して目を閉じた。


 ヒメーシュはその様子を伺いつつ、窓の外の王都の風景を見やりながら、思考を深めていった。


 やがて彼らを乗せた馬車は王立国教会に到着し、車寄せでは司祭の出迎えを受ける。


 そのまま二人は面談が行われるという部屋に案内された。




 王立国教会本部の建物の一室に数名が集まっていた。


 ディンラント王国国王ギデオンと第二王子リンゼイ、将軍であるオリバーに教皇フレデリックだ。


 それぞれのお付きの者を隣室に下がらせて、彼らは壁際の空中へと魔道具で表示される映像に見入っている。


 同じ建物の別室の中継映像だが、そこにはまだ誰も現れていなかった。


「陛下、なぜわざわざお越しになったのですか? 吾輩や第二王子殿下に任せて下さればよかったではないですか」


 オリバーが問うがリンゼイは苦笑いを浮かべており、否定はしなかった。


「なぜかといえば、自分の目で把握しておきたかったに決まっているだろう。キュロスカーメン侯爵の真意を測るには、場合によっては私が出なければならん」


 そう言ってギデオンは歯を見せて笑う。


「それよりも、本当にあの人選で良かったので?」


 リンゼイがやや心配そうな表情を浮かべつつ、ギデオンに問う。


 それに対してギデオンは何も心配するでもなく、気楽な様子で応える。


「クリーオフォン男爵のことか? むしろあ奴が同席する方が、侯爵が真意を語りやすくなるだろう」


「陛下、男爵が勝手に公爵を斬る可能性は大丈夫なのですな?」


「問題無い。王命で縛った。やるとしても拉致までだろう」


 そう言ってギデオンは笑う。


 確かにディンラント王家至上主義であるクリーオフォン男爵なら、ギデオンの命令は絶対のものとして扱うはずだ。


 ただそれは、拉致したあとの面倒ごとを回避するわけでは無いのだが。


 ギデオンの答えに、その場の者たちは一様に息を吐いた。


「何にせよ、国教会の教義に配慮いただいて、敷地内で刃物を使わないと明言して下さったのは心強いですのう陛下。ここは王宮でも、ましてや法廷でもありませんからのう」


 口調よりも困惑した表情で教皇が告げるが、その言葉はもちろん皮肉が込められていた。


 政治がらみの乱闘騒ぎなら他所でやって欲しい。


 それが教皇の真意だろう。


「まあ心配するな。私としては、侯爵が何を考えているのかを押さえておきたいのだ。それだけに過ぎん」


 彼らが魔道具の映像を確かめつつ話し込んでいると、動きがあった。


 まず室内にはヒメーシュとサイモンが通された。


「ふむ、特に動揺している様子は無さそうだな。爺様――おっと、キュロスカーメン侯爵が落ち着いてるのは妥当として、息子の方もなかなかいい表情じゃないか」


「確かにそうですな。吾輩の記憶では、キュロスカーメン侯爵の子息らは、長男以外は平たくいえば凡庸な印象しかないのですが」


「妙に堂に入った気配がありますね」


 ギデオンの言葉にオリバーとリンゼイが応じる。


 それに対して教皇が満足そうに微笑む。


「左様ですか。吾輩が執り行った儀式によって、サイモン殿が本来持っていた人間性が明らかになったのでしょう」


「儀式か、教皇猊下?」


「ええ。少しばかり神々の助力を得て、誰しもがもつ本来の実力を開きやすくなっております」


 オリバーに応え、教皇は頷いてみせた。


「そういうことなら、吾輩も教皇猊下に儀式を行ってもらうべきだろうか」


「将軍閣下の場合は、それほど意味がないと思いますのじゃ。効果が高いのは凡庸な印象をもつご仁です」


 教皇の説明によれば、すでに才能を磨き、それを発揮できている人物にはあまり効果が無いらしい。


 加えて、元々の儀式の目的は才能の開花では無く、本人の魔力の増幅による状態回復が主眼だと強調した。


「中々旨い話は無いものなのですね」


 一連のやり取りをきいたリンゼイがポツリと告げると、ほかの者たちは笑っていた。


「ところで陛下、ネズミが二匹入り込んだようですが、直ぐ対処しますか?」


「ああ、問題無い。あの夫婦は客みたいなものだ。そうだな――、情報集めにでも出張ってきたんだろう」


「確かに悪意などは感じられませんが……」


「あの二人は問題無い。ピザパーティーで一緒に飲んでるからな」


 ギデオンがそう言って笑うと、教皇とオリバーは『ピザはいいですな』などと話し出した。


 オリバーとギデオンは自身の体質を活かし、気配を察知してデイブ達の侵入を察知した。


 同じように察することが出来なかったリンゼイは、独り嘆息していた。


 その場でウィンに関する言及はなかったが、彼らは感知できなかったようだった。



挿絵(By みてみん)

ギデオン イメージ画 (aipictors使用)




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