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02.子供ですがなにか


 フードファイトの準備が整った。


 要するに大食い対決なのだけれど、審判役と紹介された生徒会副会長のローリーは穏やかな表情を浮かべている。


 これが模擬戦の仕切り役とかだと、もうちょっと緊張した顔だったりする。


 でも今日は『ファイト』といいつつもイベント色が強いし、気楽に振舞っているんだろうな。


「はい、それでは準備ができたようなので、ただ今から有志主催のフードファイトイベントを開催します。大きな危険はないと思いますが、参加者の皆さんは決して無理しないでください」


「「「はーい」」」


 そこまで拡声の魔法を使って話したところで、ローリーは司会のエリーに視線を向ける。


 エリーは一つ頷いて告げた。


「それでは本日の参加者を紹介するにゃ! まず一人目は泣く子も黙る予備風紀委員にして食いしん坊の一年生、ウィン・ヒースアイルにゃ」


 あたしはとりあえず席から起立して一礼した後、応援してくれる人たちに手を振ってから席に座る。


「そして二人目はフサルーナからの留学生にして転入生のシルビア・フローレスにゃ!」


 シルビアもあたしと同じように起立して一礼して周囲に手を振っていた。


「さいごはブライアーズ学園からの挑戦者で、冒険者志望の猛者、レベッカ・ハントにゃ!」


 レベッカは席から立ち上がり、周囲に軽く手を振ってから座った。


「それではフードファイトの始まりにゃ! みんな参加者に拍手にゃー!」


 エリーの司会の声に応えるように、野次馬たちは大きな声を上げながら拍手をしてくれた。


 あたし達の大食い対決なのにわざわざ見物するとか、娯楽に飢えているんだろうか。


 そう思いつつ何となくあたしは苦笑いを浮かべる。


 やがてあたし達のそれぞれの席の前に、大皿に盛られた激辛香草鶏肉串がドンと置かれた。


 幸い水も用意されているけれど、辛さに負けて迂闊に水を飲んだら数を食べられなくなる危険がある。


 その点は注意だろうか。


 肉串を観察するけれど程よい焦げ目がついていて、激辛ソースの色や、細かくして振りかけられた香草の具合が視覚情報の段階であたしの食欲を刺激している。


 ふと気になってシルビアやレベッカの方に視線を向ける。


 シルビアはご機嫌な表情を浮かべて、いつでも食べ始められそうな雰囲気だ。


 それに対しレベッカは不敵に微笑み、初手からものすごい勢いで食べ始めそうな気合を感じる。


「あたしも辛いのはそこまで苦手じゃあ無いのよね……!」


 そう呟いて思わず口角が上がるのを自覚すると、ローリーが告げた。


「それでは皆さん、用意!」


 そう言ってあたし達を見ながらローリーは右手を大きく上げる。


「始め!!」


 ローリーがそう叫びながら振り上げた手を降ろすのを視覚の隅で確認しながら、あたしは一本目の肉串を手にして食べ始めた。




 非公認サークル『地上の女神を拝する会』の二大派閥の思惑に加え、ウェスリーが持ち込んだ企画であるフードファイト――大食い対決が開始された。


 まずは第一試合の激辛香草鶏肉串だが、その立ち上がりはウィン達にしてはスローペースで始まった。


 原因となったのは肉串の辛さだ。


 王都の酒場などで酒飲みたちに供される本格的なものに比べたら控えめではあるが、それでもひと口食べると熱を感じる辛さがある。


 だが三人とも量を食べられなくなるのを嫌い、飲み水を口にすること無く食べ続ける。


 その表情はどこか喜色を含んでいたが、料理を担当した料理研究会のレシピが彼女たちを満足させるものだったようだ。


 そしてウィンたちの様子を見ながら、司会のエリーが拡声の魔道具で叫ぶ。


「さあ始まったにゃー。ここまでのところ最初はゆっくり目のペースにゃ。それでも三人とも焦った様子はないから、計算したうえで食べている感じにゃ!」


 エリーは隣に座るパメラに視線を向けながら問う。


「解説のパメラ先輩、ここまでの展開をどう見るにゃ?」


 問われたパメラは頷きつつ言葉を選ぶ。


「はい。そうですね――、マナーという点でいえば本来、肉串は串から外して食べるべきものでしょう。とはいうものの、作戦行動中の騎士団などの流儀ではそのまま食べることも普通にあります。ですので今回、彼女たちがそうしているように串から直接食べることも、間違いでは無いと思います」


「なるほどにゃ。串焼きは調理器具をあまり必要としない料理にゃ。騎士団や冒険者が休憩のときに食べるのには、串のまま食べるのは自然とおもうにゃー」


 二人のやり取りに野次馬の生徒たちも頷く者がいた。


 それを見て内心ホッとしつつパメラは告げる。


「今回の肉串は香草を振りかけるために細かくしています。ですがもし大きい葉のまま出てきた場合は、マナー的には取り除くべきなのを皆さんは覚えておくべきでしょう。その他はそうですね……」


「なにか気になることがあるにゃ?」


「はい。いまの段階ではシルビアさん以外の二人、ウィンさんとレベッカさんですけれど、彼女たちは串を深く頬張っています。これはマナー的にはダメですので、皆さんはマネしないようにしましょう!」


『へー……!』


 パメラの解説に野次馬たちは何やら納得する声を上げていた。


 そのやり取りを認識していたウィン達だったが、それぞれ心の中で声を上げていた。


「「こっちは必死なん (ですって) (だよ)!」」


「肉串おいしいっす。辛いのも慣れてきたっす。できればゆっくり味わいたいっす」


 ウィンとレベッカとそしてシルビアは、それぞれ自分のペースでフードファイトを進めて行った。


 やがてウィンとレベッカは、肉串の辛さに慣れた段階で速度を上げてモリモリ食べ始めた。


 シルビアはある段階で肉串を味わうモードに移行したので、事実上ウィンとレベッカの一騎打ちになった。


「はい終了です! 全員食べるのをやめてください!」


 ローリーが制限時間の終了と共に叫ぶ。


 そして第一試合の最終的な結果は、レベッカ、ウィン、シルビアの順になった。




 短い休憩の後に第二試合が始まり、ウィン達はパンケーキに挑んだ。


 肉串とは打って変わっての食べやすさで、三人とも序盤から凄まじい勢いで食べ始める。


「凄い勢いにゃ! まず目を引くのはレベッカさんの迫力ある食べっぷりにゃ! これは強烈な馬車馬のような勢いを感じるにゃ! 同じくウィンちゃんも気迫を感じるけど、例えるならパンケーキに挑む剣士みたいにゃ!」


「そうですね。二人ともフードファイトという点では正しい勢いなのかも知れませんが、マナー的には感心できません。残るシルビアさんは何かに例えるなら、立木の枝打ちでしょうか。あるいは農家の草刈りを思わせるような、洗練された動きが好印象です」


 そう言ってパメラは顔をほころばせる。


 エリーは彼女の言葉に首を傾げて問う。


「パンケーキのマナーにゃ?」


「そうですね。ひと目見て非常に残念なのはウィンさんです。最初にパンケーキを食べる分以上にぜんぶ切り分けるのは、『子供の食べ方』と言われるんですよ」


 ウィンは手と口を動かしながら「子供ですがなにか?」と思い浮かべている。


「レベッカさんは勢いこそ激しいものの、ナイフとフォーク捌きに破たんは無く安定しています。ただ、豪快にバターやシロップをぶち撒けるのはマナー的にはNGでしょう」


 レベッカは「どうせハラの中に入るんだからいいじゃないか」と思いつつ、手と口を動かし続ける。


「なるほど分かりやすいにゃ」


「ええ。その点シルビアさんはマナーとスピードを両立させながら、破たんせずに高いレベルで量を稼いでいます。これはなかなかです」


 パメラの解説の声を耳にして、ウィンは「大食いのレベルとは何だろう」と内心でツッコミつつ、必死にパンケーキを食べて行った。


 やがて制限時間になりローリーが終了を告げ、第二試合の順位が確定する。


 結果としては僅差だったが、第二試合はシルビア、レベッカ、ウィンの順となった。


 そして短い休憩の後に第三試合が始まった。


 最後のメニューは揚げドーナツであり、ウィンが当初読んでいた通り、油で揚げていることで体感するボリューム感は激しいものがあった。


 それでも三人は揚げドーナツに挑む。


 確かに重いメニューだったが、料理研究会が気合を入れて作り上げた自信作だ。


 その食感や適度な甘さを前に、ボリューム感から来る重さに抗って食べたい気持ちが拭えなかった。


 ウィン達はすでに限界を突破するためにフードファイトを繰り広げていた。


 そこにエリーとパメラから容赦のない実況が加えられる。


「さすがに第三試合になると、三人とも目に見えてペースは落ちているにゃ。それでもパメラ先輩は気になることはあるにゃ?」


「はい。マナー的な話になるなら、ドーナツシュガーの扱いと、ナイフとフォークの使い方になるでしょう――」


 そのうえでパメラはレベッカが手づかみで頬張っていることにガッカリし、彼女とウィンがドーナツシュガーを広範囲にバラまいていることを指摘した。


「そして第二試合に続き、第三試合でも素晴らしいのはシルビアさんです。口に入れる分を流れるような所作で切り分けて食べています」


「けっきょくマナーの話をするなら、口に入る分をどれだけキレイにカットするかがカギにゃ?」


 エリーの問いに頷きつつパメラが告げる。


「そのとおりです。食事を楽しむのが一番大切ではありますが、基本は忘れないようにしましょう」


 その言葉を聞き、食べるペースが落ちていたレベッカが手にしていた揚げドーナツを見ながらポツリとつぶやく。


「食事をたのしむ、か。確かにその通りだね」


 レベッカはそう言って苦笑したあと、審判のローリーにギブアップを告げた。


 第三試合はウィンとシルビアの一騎打ちになったが、最終的には僅差でシルビアがウィンを征した。


 これにより三つの試合を経た最終的な順位は、シルビア、レベッカ、ウィンの順になりシルビアの優勝になった。


「うーん……、一位を取れなかったのが効いたわね」


 最終順位を聞きながら、ウィンは苦笑いを浮かべていた。



挿絵(By みてみん)

シルビア イメージ画 (aipictors使用)




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