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01.むしろ応援しますが


 放課後に狩猟部での練習を終え、あたしはサラと共に食堂に向かった。


 お昼休みに誘われたフードファイトに参加するためだ。


 食堂ではテーブルの位置が動かされていて、すでにイベント会場状態になっていた。


 その中央のテーブルに向かうと、実習班のみんなやエリーやパメラなど知った顔が揃っている。


 そこでシルビアに声をかけると彼女が対戦相手と判明した。


 どうやら先週末の闇曜日にデイブの店で会ったときには決まっていたみたいだ。


 あたしだけ知らなかったのはウェスリーの仕込みだったみたいだけれども。


「分かりました、お手柔らかにお願いします。ところで、もう一人の参加者って誰なんですか?」


「ああ、それはこの人っすね」


 そう言ってシルビアはこちらを観察していた少女に身体を向ける。


 年齢はアルラ姉さんと同じか少し上くらいだろうか。


 少女は冒険者が着るような動きやすい服装をしているけれど、学院の制服を着ていないのはどういうことなんだろう。


「こんにちは。アタシはレベッカ・ハントだ。アンタがウィンかい?」


「こんにちは、ウィン・ヒースアイルです。もしかしてレベッカさんは、ウェスリー先輩の……」


 名前を聞くと同時に、以前ウェスリーが何やら言っていたことを思いだした。


 『問題がある人間だ』と言っていたけれど、雰囲気的には頼りになりそうなお姉さんといった感じの人だ。


「ああ、アイツとは同門だね。今日はヨロシク」


 そう言って彼女は右手を差し出してきたので、あたし達は握手した。


 レベッカの名はウェスリーから聞いたことがある。


 確か『敢然たる詩ライム・オブ・ブレイブリー』のみんなで食堂で過ごしていた時に、ウェスリー達に絡まれたのだ。


 そのときブライアーズ学園で起きている現象として、『ナイショ話をしていると監視するような視線と気配を感じる』という話をきいた。


 レベッカは学園で『斥候部』の部長をしているけれど、監視される現象の相談をウェスリー達に持ち込んだようだ。


 ウェスリー、――というかフェリックスやパトリックから聞いた話を思い出しつつ、目の前のレベッカの所作や気配を観察する。


 確かに彼女は、ウェスリーと同じくらいには武術のウデがある気がする。


「どうしたんだいウィン?」


「ああ済みません、思わず見入ってしまいました。ウェスリー先輩がレベッカさんのことをなにか言っていた気がして」


 あたしが苦笑するとレベッカはそれを笑い飛ばす。


「ハハハ、どうせアタシが大食いで悪食で、胃袋があの世につながってるとか言ってたんじゃないかい?」


「あー……、はい。そうかも知れません」


 というか、まさにそう言ってました。


 もしかして大食いの自覚があるんだろうかこの人は。


 一方あたしの返事に満足したのか、レベッカは頷く。


「やっぱりかい。そういうことならちょっと軽くイジメてきますかね」


 そう言いつつレベッカは胸の前で右拳を左手のひらで包んで嬉しそうに笑う。


「え、でもこれからフードファイトに参加するんですよね? べつにレベッカさんのジャマをするつもりはカケラもありませんけど。ほんとにもうこれっぽっちも無いですけどね」


 むしろ応援しますが。


「まあそうだよね……。そういうことならアイツに倣って、アタシも勝手なことを言っておこうか。まずウェスリーのことで思いだすのは、あいつがこーんなにちいさいときの話なんだけどね――」


「やあレベッカ! 忙しいところに来てもらって済まなかったな!」


 レベッカが何やら暴露話を始めようとしたタイミングで、それまで近くの野次馬に気配を抑えて紛れていたウェスリーが現れた。


「そうそう、あの時もこんな感じで遅刻して登場したんだ」


「体調は万全だろうか? 何なら今からでも回復の魔法を掛けるように人を呼ぶがどうだろう?」


「ああ、確かに他人の無事を心配するような、素直なヤツだった――当時はね。『弱い者とか貧しい者を護るために、全ての影を背負った一振りの剣になる』って言ってたっけ」


「いや、ちょっと落ち着くんだレベッカ! それは流石に本当に幼い頃のことだな! 右も左も分からないような小僧のころの話だ!」


「ハハハ、その鼻たれ小僧が稽古用の木剣で、いま言ったセリフと一緒に決めポーズを練習してたね。……どんなポーズがお気に入りだったっけ?」


「…………まあ、そんなこともあったかも知れないな!」


「覚えていないのもムリはないね。稽古のたびに毎回違うポーズを考えて、師匠に得意げに見せていたよ」


「…………」


 結局ウェスリーは会話しながら、レベッカに一つのネタを流れるようにバラされてしまった。


 子供の頃の話なら、特に恥ずかしがるようなことも無いと思うんだけれど。


 でも彼をシメるときの参考にしよう、うん。


 ウェスリーは眉をひそめて難しい表情を浮かべ腕組みしたあと、何か思いついたようにポンと手を打つ。


「そろそろ時間だな――、エリー! 審判役のローリー副会長も来たようだし、司会を始めてくれ!」


「ああ、何ごとも無かったかのようにするんだ?」


 最後にとどめを刺すように、ウェスリーの背後からにこやかな笑みを浮かべつつレベッカが告げていた。


 ウェスリーは聞かなかったことにしたみたいだった。




 どうやらグダグダな感じだけれど、フードファイトのイベントが始まるようだ。


「ウィン! ファイトですわ!」


『ウィンちゃんがんばれー!』


「ウィンちゃんきばりやー」


「おなかを壊さぬようにのう」


『ウィンさんがんばれー!』


 みんなが応援スペースからあたしに声を掛けてくれるので、手を振って応える。


 フードファイトの開始時刻になった事を告げられて、その場にいたローリーに促され、あたしとシルビアとレベッカは中央のテーブルの決められた席に座った。


 そのテーブルの前にはローリーがあたし達の方を向いて立ち、少し離れた場所には実況席が作られてエリーと何故か隣にパメラが座っている。


 エリーは拡声の魔道具を手に取るとそれを使って話し始めた。


「皆さんお待たせしたにゃー。準備が整ったので、いまからフードファイトを始めるにゃ!」


『おーーー!!』


「司会はアタシ、風紀委員会と料理研究会に所属するエリー・ロッシが担当するにゃ。そして今回は解説にパメラ先輩をお呼びしたにゃ!」


 エリーの言葉に続いて、パメラも別の拡声の魔道具で話し始める。


「皆さんこんにちは。ただいま紹介いただきました、礼法部部員のパメラ・レイエス・ヘンダーソンです。よろしくお願いいたします。フードファイトの作法は存じませんが、食べるということを分析する手伝いを頼まれましたので、微力を尽くします」


 パメラが居たのはそういう理由か。


 確かに大食い対決に解説が必要なのかという話ではあるけれど、それが食べるという行為になれば礼法部のパメラは関係あるだろうか。


 いや――、本当に関係あるのだろうか?


 正直なところ判断が付かなかったけれど、『食べることだけ』を目的とする部活が無い以上、食事のマナーの研究の一環で関係があるんだろう。


 あたしはそう納得することにした。


 その後にエリーは生徒会副会長のローリーが審判を務めることを紹介して、フードファイトの説明を始めた。


「この対決は料理を変えて三本勝負が行われるにゃ。順番に、第一試合が激辛香草鶏肉串、第二試合がパンケーキ、第三試合が揚げドーナツにゃ!」


 なるほど、肉串は激辛の焼き鳥か。


 王都で激辛香草鶏肉串といえば、ハーブで風味をつけてトウガラシで辛さを足してある料理だ。


 しょっぱいというよりは熱を感じるような辛さがあって、酒飲みには人気の肉串だったりする。


 その他のパンケーキとか揚げドーナツは、特に問題は無いとあたしは判断する。


 強いていえば、お腹が膨れている状態で油で揚げたドーナツに挑むには、ペース配分が大切になるんじゃないだろうか。


「各試合は一位が三点、二位が二点、三位が一点もらえるにゃ。三試合終わったところで総得点がおおい参加者が優勝者にゃ。そして優勝したひとにはこちらにゃ!」


 エリーはそう言って一枚の券を手で掲げる。


 何やら手書きの文字で『何でも作る券』と書かれている気がする。


「なんと! この券を料理研の部長に渡せば、どんな料理でも作ってくれるにゃー!」


『おおーーー!!』


 なんだって?


「ただし、材料が学生でも買えるものに限るにゃ!」


『おおーーー!!』


 今日の野次馬は中々反応がいいな。


 思わずそんなことを考えてしまうけれど、食べることの対決ということであたし的に気楽だからだろう。


 これが模擬戦の参加者だったら、野次馬たちにイラついていたのは間違いないと思う。


 それにしても優勝賞品はなかなか魅力的だ。


 ソースをどうするかという問題はあるけれど、それを含めてお好み焼きやたこ焼きを再現するのを頼めないだろうか。


「これは、本気を出す時が来たようね……!」


 思わず呟きつつ、あたしは気合を入れた。



挿絵(By みてみん)

パメラ イメージ画 (aipictors使用)




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