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11.平静を装って確認した


 ソフィエンタからの念話が終わった後、あたしは日課のトレーニングを片付けた。


 それが終わったらスウィッシュとお喋りしながら読書をしたりして過ごし、眠くなってきたところで寝た。


 一夜明けて二月第一週の三日目になった。


 いつものように起き出して寮の食堂に向かうと、騒ぎというほどでは無いけれど、寮生が揃って奇跡の話をしていた。


 聞くでもなく彼女たちの話を聞きながら朝食を食べるけれど、ソフィエンタから聞いていた通り各地の教会で財神さまの神像に四つ巴のマークが浮かび上がったらしい。


 王都の商業地区では新聞の号外が配られて、どういう経緯かは分からないけれど寮の食堂にも何部か持ち込まれたようだ。


 朝食の途中で席を離れ、号外を読んでいる先輩たちに頼んで少し読ませてもらった。


 けれど内容としてはそれほど分かっていることは無さそうだ。


「まあ、ムリも無いわよね……」


 さすがに秘神セミヴォールの本体が財神さまで、邪神群に所属していたという理由で封神紋が施され、それが切っ掛けで奇跡が起きたとは分からないだろう。


「なに、ウィンさんも興味があるのかしら? 国教会の見立てでは王都の拡張事業を、財神さまが見守っているって意味らしいじゃない?」


 確かに号外にはそんなことが書いてある。


 あたしは首を傾げつつ、号外を読ませてくれた先輩に応える。


「どうなんでしょうね。王立国教会がいうなら、神々からお告げとかあったってことなんじゃないですか?」


 その辺りまではソフィエンタからは話が無かった。


 だからあたしとしては否定も肯定も出来ないんですよ、うん。


 先輩たちは半信半疑な表情で、奇跡の話をして盛り上がっていた。


 あたしは自分の席に戻って朝食を食べてから、いつものように支度をしてクラスに向かった。


 クラスでもみんなは同じような話をしていたけれど、ディアーナに話題を振っているクラスメイトも居る。


 それに対して彼女は『王立国教会の見解が正しいと思う』と応えていたけれど、ディアーナは財神の巫女ではないし、みんなに追及されることは無かった。


 その後あたしはいつものように授業を受けてお昼になり、実習班のみんなと食堂に向かう。


 今日はビュッフェで積み上がっていたハーブオムレツが気になったのでゲットして、他にはサラダやスープとパンを確保していた。


 みんなと適当な席について食べ始めたのだけれど、妙な男子生徒が近づいてきた。


「食事中に済まない、ウィン・ヒースアイルさん」


「……はい、何ですか?」


 あたしに話しかけてきた男子生徒は穏やかな表情をしている。


 ただ彼からは邪悪では無いものの、なにかあたしに対して底意を持っているような気配を感じた。


 そのためにあたしは、少々硬い表情で応えてしまう。


「じつは今日の放課後、料理研究会に協力してもらって、有志でイベントを行う予定なんだ。それに参加しないかと誘いに来たんだよ」


「イベントですか? どういう内容ですか?」


 あたしが事務的な様子で確認すると、その男子生徒は良くぞ訊いてくれたとでも言いたげな表情を浮かべる。


「ひと言でいえば“フードファイト”だね。どういう内容かといえば「ぜひ参加させて頂きましょう!」」


 気が付けばあたしは参加意思を表明していた。




 相手に底意があったとしても、引けない時はあるんですよ。


「ちょっと待ちなやウィンちゃん?! ええと横からすんません、なんでウィンちゃんがそないなイベントにいきなり誘われるんです?」


「そうなのじゃ。そもそもどのくらいの費用が掛かるのか、どういう規定で行われるのかは確認するべきなのじゃ」


 えーでも、フードファイトなんですよね?


 料理研が協力してるなら、そこまで悲惨な内容になるとも思えないんですけど。


「これは失礼。費用に関しては僕たちが材料費を用意して、料理は料理研究会が行います。ウィン・ヒースアイルさんが誘われたのは、『食べることが大好き』と有名だからです」


 男子生徒はそう言って微笑む。


 彼にその情報をもたらした人は、非常に優秀な情報源だろう。


 あたし個人としては花丸を進呈したいところです。


 そんなことを考えていると、みんなは不安そうな様子であたしを見ていた。


 仕方がないのでその男子生徒から詳しい話を訊いてみたら、以下のことが分かった。


 ・場所はいまいる食堂で行い、時間は本日放課後に行う。


 ・参加者は女子三人で、全員が料理研究会のひとから推薦を受けている。


 ・試合は三つあり、それぞれ決まった料理を制限時間内にどれだけ食べられるかという内容。


「ウチ食品研やし料理研の話は把握しとるんやけど、そないな話いま聞いたで? それよりウィンちゃん、今日は放課後に狩猟部に出る日だったのと違うん?」


 あ、そうだった。


 ここは残念だけれど、どちらかをあきらめる究極の選択をしなければならないのだろうか。


「うーん……」


 あたしが思わずうなり声を上げると、男子生徒は質問してきた。


「ええと、ウィンさん達の狩猟部の練習って、遅くまで掛かりますか?」


「そんなことは無いですよ? 長くても一時間半くらいです」


「ああ、それなら大丈夫ですよ! どちらにしろ料理は放課後にこの食堂の厨房を借りて行われますし、準備の時間がありますから」


 よーし、状況クリアです。


「すべて分かりましたぜひ「ちょっと待って下さい」」


 なんだよもう。


 別にいいじゃないか、少しくらい何かの策略があるとしても。


 料理研究会が噛んでるなら、そこまで怪しい話じゃないってば。


 そう思いながらあたしは声を上げたジューンに視線を向ける。


「ここまで聞く限り、ウィンにとって話が旨すぎる気がします。なにか注意点などは無いんですか?」


「そうですわね。そもそも開催の意図を確認しておりませんし。フードファイトというのは中々興味深い戦いですが、それを行う理由はまだ聞いておりませんわ」


 ジューンの問いにキャリルも質問を重ねてきた。


 確かにそういわれたら、気になる部分の話ではあるだろうか。


「そうですね。彼女たちの懸念もありますけど、なにか気を付けることや、そもそもの開催の経緯を教えてくれますか?」


 あたしはできるだけ平静を装って確認した。


「ああ、済みません。思わず前のめりで話してしまいました――」


 男子生徒によれば、彼らはそもそもフードファイトを使った定期イベントの可能性を検討したかったらしい。




 参加者が全員女子になったのは推薦者の好みが働いた部分はあるけれど、男子で行うよりも食材の量を抑えてイベントを開けるという計算が働いたのだという。


「――あとはそうですね。注意点としては、見学する学院生徒などが多くいるかも知れないことでしょうか。衆人環視のなかで開催されるかも知れません」


『…………』


 衆人環視というか、まず間違いなくうちの学院の場合は野次馬が大量に発生するだろう。


 それを許容できるかどうか――


「分かりました、問題なさそうですね。ぜひ参加させてください」


『ウィン?!』


 みんなは心配そうな視線を向けてくる。


 だが時には、戦いに臨まなければいけない選択があるのですよ。


 あたしの言葉に男子生徒はホッとした表情を浮かべた。


「そう言ってもらって良かったです。放課後は食堂に居ますので、声を掛けてください」


「分かりました。――ところで『推薦者の好み』なんて言ってましたけど、推薦者って誰ですか?」


「あ、はい。ウェスリー・フォレスター先輩ですよ?」


 ウェスリーかよ。


 ここで地雷原が発見されたか。


 だがまだヤヴァいイベントと決まったわけでは無いはずだ。


「……すみません、詳しく教えてほしいんですけど、フードファイトのメニューってイールパイですか?」


 あたしがそう訊くと、男子生徒は不思議そうな表情を浮かべる。


 なんだよ、その表情は。


 ウェスリーの名前が出たから察しなさいという意味なんだろうか。


 もしそうならあたしは急きょ不参加を決めなければならないけれども。


「ええと、僕が聞いている話では、肉串とパンケーキと揚げドーナツみたいですよ」


 あたしは地雷原を突破した気分を味わった。


「すべて承知しました。放課後はよろしくお願いします」


 あたしがそう告げると、男子生徒は感謝を述べながらあたし達から離れて行った。


「ウィンちゃん、ホンマに大丈夫なん?」


「それは何とも言えないわ。でも、こういうイベントがあってもいいと思うわ」


「仕方が無いですわね。参加する以上は勝利を目指しなさいなウィン」


「そうね。対戦相手が不明なのが何とも言えないけれど、頑張ってみるわね」


 あたしはこの時点では楽観的に考えていた。



挿絵(By みてみん)

ディアーナ イメージ画 (aipictors使用)




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