09.斬ることや断つことは
あたし達は商業地区にある小さな公園で話をしている。
『敢然たる詩』のみんなで商業地区を散策したあと、少し休憩している。
「レノが言っていた『王都都市計画研究会』は普通に活動は出来そうだな。内容はともかくウィンも新しい“役割”を覚えたみたいだし」
「ちょっとカリオ、どういう意味かしら? あ゛?」
あたしが異議申し立てをするが、カリオには視線を逸らされてしまった。
「そうだな。基本的に文官の仕事に関連するような“役割”を覚えるためには、今までは座学で知識を蓄えるのが最善とされていた筈だ――」
実際に街を歩いて観察することで、覚える機会が増えるのは良い事だろう。
レノックス様はそう言って手ごたえを感じた様子だった。
キャリルにしても「素振りや型稽古だけでは無く、実戦も大事なのですわ」と言って頷いていたけれど、彼女の言葉になるとものすごい説得力だなと思った。
公園でお喋りしたあとは学院に戻ることになった。
今日はパーティーのみんなで王都を散策しているけれど、平日の放課後なんだよな。
「あたしはちょっとデイブに確認することを思いだしたから、みんなは先に行ってちょうだい?」
「そうなのかい? なんなら一緒に行くよ?」
コウが穏やかに微笑みつつそう言ってくれる。
何か心配してくれているのだろうか。
「ええと、月輪旅団の話とかをするつもりだから、一人で行くわ。……レノとキャリルの護衛をよろしくね」
二人の護衛のことは小声で言ったけれど、カリオが何やら頷いているしネコ耳――もとい、獅子耳で聞き取ってしまったのだろう。
「そういうことなら分かったよ。ウィンも気を付けてね」
「分かってるわ」
そう言ってあたしはみんなと別れてデイブの店に向かった。
パーティーのみんなと別れた一番の理由は、キュロスカーメン侯爵様の情報の件だ。
せっかく商業地区に来ているし、デイブが何か掴んでいないか確認したかったのですよ。
あとは冒険者のランクAについての話だとか、あたしが覚えた『布瑠』という“役割”についても何か知らないだろうか。
そんなことを考えながら高速移動していると、直ぐにデイブの店に着いた。
「こんにちはー、デイブ居るー?」
ふつうに営業中だったので表の扉から入って目に付いたブリタニーに挨拶する。
どうやら客は居ないみたいだ。
「こんにちはお嬢。なんだい、平日のこの時間に珍しいじゃないか。何か面倒ごとかい?」
そう言って不思議そうな顔をされる。
面倒ごとか。
不本意ではあるけれど、普段のことがあるので強く否定できない気もする。
「ううん、べつに面倒ごとじゃあ無いけど、今日は『敢然たる詩』のみんなと冒険者ギルドに行ったのよ。その帰りに散策して、あたしだけ寄ったところね」
「ふーん、そうかい?」
「デイブに調べてもらうことになってた話があったし、他にも相談事があったのよ」
「なるほどね。デイブは奥で売り物を検品してるから勝手に上がっておくれ」
「うん、お邪魔するわね」
そう言ってあたしは店の奥に向かう。
するとデイブは何やら両手斧を手にして確かめている様子だ。
「こんにちはーデイブ。仕事中にゴメンね」
「こんにちはお嬢。めずらしいなこの時間に」
デイブが手を止めて応じてくれるので、ブリタニーに話したのと同じ内容を伝えた。
「そういうことか。そうだなあ……」
デイブはそう言いながら、慎重な手つきで両手斧を床に置かれた木箱の中に仕舞う。
「とりあえず防音にするか」
「分かったわ」
あたしはそう応えて、【風操作】で周囲に見えない防音壁を作った。
デイブに促されて適当な椅子に座る。
「それで、侯爵様はいまどんな感じなの?」
「ああ。もう自分の領地を魔導馬車で出て移動中だ。明日には王都に着く予定だな。だからよほど急かされない限りは、忍び込みに行くのは明後日以降になると思うぜ」
キュロスカーメン侯爵様はいきなり王家に呼び出されるのだろうか。
それもデイブに聞いてみたけれど、今のところは表向きサイモン様の件で確認するかたちを取るらしい。
「王立国教会での騒ぎがあったろ」
「そうね。あたしが巻き込まれた騒ぎよね?」
「ああ。その件で『尋問』目的の『面談』を国教会が計画していて、当事者が三男だから侯爵閣下の同行を求めるという形にしたいらしい」
「話を聞く限りでは回りくどい感じね」
あたしの言葉にデイブは頷く。
「まあな。いきなり王宮に呼び出したら、『反意がある前提での呼び出し』って扱いになりかねないし、それだと北部貴族派閥が騒ぎ出すだろうからな」
なるほど、派閥への配慮なんだ。
「それじゃあいまのところは、国教会の本部に呼び出される形になりそうなのかしら?」
「たぶんそうなるだろう。そこに王族か宰相閣下か、将軍閣下あたりが出張って来るんじゃないかという話だな」
「ふーん、王宮からの『尋問』が出張してくるのね。大変ね」
あたしがやや呆れたような声を漏らすとデイブは笑う。
「だが王宮に忍び込むよりは、少しは気楽になったぜ」
王宮と王立国教会本部ではどっちもどっちな気がするけれど、デイブがそう言うならそうなんだろう。
その後にもし平日の昼間に忍び込むときは、学院には『親戚の結婚式に出ることになった』と説明するように言われた。
「それでいいのかしら?」
「イヤならおれとブリタニーだけで行くぜ」
「それは違うでしょ。今回話を持ち込んだのはあたしじゃない――」
結局その後デイブからは、言い訳に使うための王都での結婚式の話を説明してもらった。
基本的にはミスティモントで行われていた結婚式と変わらないカンジで、教会の聖堂で神官さまに式を行ってもらい、終わったら酒場で宴会という流れだそうだ。
王都の特徴としては、貴族以外は庶民の居住地区にある教会支部の聖堂で結婚式を行うのが一般的とのことだった。
「――とまあ、そんくらいだな。酒場に関してはいま言った店のどれかを言っとけば、まず疑われることはねえはずだ。新郎新婦名が訊かれるようなら適当に応えときゃあいい」
「分かったわ。下準備とはいえ、妙な知識が増えた気がするわね……」
「別にいいじゃねえか。仲間うちならそのうち、ジャニスがニコラスと結婚しようかなんて話になるかもしれねえし」
「それもそうね」
あたし達はそう言って笑った。
その後も冒険者のランクAに挑む話を相談した。
でも王都では、王都南ダンジョンに挑み続けるのが結局ラクで確実だろうとのことだった。
「森林と山のエリアのボスを倒すか、その先の荒野と礫漠のエリアに挑むかなのね」
「そうだ。ラクなのは森林と山のエリアボスだが、これはボスとの相性があるから好みだけどな」
ボスにはオーガソルジャーというオーガの上位個体が、数体出てくるそうだ。
ハイオーガなどと違い、人間とコミュニケーションは取れないらしい。
荒野と礫漠のエリアは、魔獣もだけれど環境が過酷らしい。
「お嬢たちは鍛錬目的なんだろ? いろいろ考えてみればいいさ」
「うん、そうするわ。ありがとう、ホントに助かったわ!」
「どうってことねえよ。そんで話はそれだけか?」
デイブに確認されるけれど、あたしとしては『布瑠』のことをどう相談するべきか悩ましかった。
一番無難なのは、教会での騒動に対応していたら覚えていた、と言えばいいだろうか。
秘神の話をしなくて済むし、デイブにウソを言わずに済む。
それで行くか。
「あとはパーティーじゃ無くて個人的な話だけど、今日じぶんのステータスを確認したら妙な“役割”を覚えてたのよ。タイミング的に教会での騒動が原因と思うんだけど」
「ふーん、どんな奴だ?」
「ええと、『布瑠』って“役割”なのよね」
あたしがそう告げると、デイブは納得したような表情を浮かべる。
「ああ、そう来るか。確かにお嬢なら、覚えてもおかしくねえかもしれねえな」
「……どういうこと?」
デイブが得意げに教えてくれたところでは、想像通り斬ることに関する“役割”であるようだ。
「たしか、斬撃に関する補正が掛かる“役割”だが、教会の神学の概念も関わる妙な“役割”だったはずだ。まあ、斬ることのウデが上がるのは間違いねえな」
「神学の概念? ってなによ?」
「おれも詳しくは知らねえ。もともと斬撃に関する“役割”はマホロバで古くから信仰されてる神の名が関係するんだ」
デイブによればその“役割”は『経津』で、これを鍛え上げると『経津主』を覚えるという。
「戦いに関する“役割”は戦神さまが授けるのが一般的だが、斬ることや断つことはマホロバの専門の神が受け持つって話がある。――教会の説だとな」
「ふーん。それが『布瑠』とどう関係するの?」
「『布瑠』を覚える奴は、『経津』を覚えてるんだそうだ。これは例外は見つかってねえ」
「あ、『経津』ってあたしも覚えてたわよ?」
「でも『布瑠』を覚えたら選べなくなったんだろ? 王都以外も含めた月輪旅団の仲間でも、ごく一握りだがそういう奴はいる。これは宗家とか幹部とかは関係ねえんだ」
そう言ってデイブは腕組みして考え込む。
「そうなんだ?」
「ああ。覚える条件も定式化してねえが……、天使だの精霊だの精神生命体の魔獣を斬る仕事をしたやつが覚えてる気がするぜ」
「ふーん」
説明するデイブも半信半疑な感じがする。
冒険者ギルドの相談役にして月輪旅団の王都の取りまとめ役の知識でも足りないなら、もうそういうものだと思うしかないだろう。
それが嫌ならソフィエンタに相談だろうか。
「どうしたんだお嬢?」
「何でもないわ。どこで覚えたのか考え込んでただけよ」
デイブにはそう言って説明しておいた。
ブリタニー イメージ画 (aipictors使用)
お読みいただきありがとうございます。
おもしろいと感じてくださいましたら、ブックマークと、
下の評価をおねがいいたします。
読者の皆様の応援が、筆者の力になります。




