07.最低ラインの目標にしている
あたし達『敢然たる詩』への依頼の話の後、冒険者ギルド職員のお姉さんは話を続けた。
どうやらキャリルとレノックス様とカリオがランクアップできるらしい。
「それはつまり、ボクたちのパーティーは全員がランクBになったってことですね?」
「はい。ですので、せっかく皆さんが揃っていますし、この場で手続きしてしまいますね」
「よろしく頼む。――重ねがさね手間をかける」
コウが確認するとギルド職員のお姉さんが応じ、それにレノックス様が礼を告げた。
お姉さんは特に動揺することも無く冒険者登録証を三人から預かり、魔道具を準備していた別の職員のお姉さんに渡して書類に何か書き始めた。
そして大して待たされることも無く、キャリル達三人は冒険者ランクがBになった。
「――これで皆さんは全員がランクBの冒険者として登録されました。おめでとうございます」
『ありがとうございます (ですの)』
「商業ギルドなどと違い、冒険者ギルドは国をまたいでも同じランクが有効になります。他国での身分の保証になりますし、ランクBでしたら各国で自活できる依頼を受けやすくなるでしょう。今後とも皆さんのご活躍をお祈りしております」
そう言って冒険者ギルド職員のお姉さん達は、穏やかに営業用スマイルを浮かべていた。
何というかお姉さん達の笑顔は、無頼の冒険者を日々相手にしている百戦錬磨な笑顔な気がする。
そんなことを考えていると、カリオがお姉さん達に問う。
「すみません、ランクBの冒険者ですが、冒険者を目指す学生が最低ラインの目標にしているランクって聞いたんですが、事実ですか?」
「そうですね――冒険者ギルドとしては、そのような基準を提示していることはございません。ただ、王都内にある学校の卒業生で冒険者を目指す人が、卒業までにランクBになることを目指すのは耳に入っております」
「ギルドとしては特に基準は無いと?」
カリオが念を押すと、職員のお姉さんは「はい」と応えてくれた。
「カリオ、その目標は本当に最低ラインみたいだよ? 学院の先輩たちに訊いたけれど、その位になっておかないと冒険者一本で暮らすのは難しいみたいなんだ」
コウがそう言って補足する。
その言葉であたしはふと気になることがあった。
卒業までにランクBになるのが目標とするなら、あたしたちはかなり先行してしまっているのだろうか。
それを職員のお姉さんに聞いてみると、少し考えてから教えてくれた。
「――そうですね。確かに皆さんの年齢から言って、ランクBになるのは少々早すぎる気はします。ですが例年、十才でランクBになる方は王都の支部では何名かいらっしゃいます」
お姉さんからの話では、そういう早めにランクアップする人の中からごく一部が最終的にランクS以上に届くのだそうだ。
その後もキャリルが、ランクAを目指すのに注意すべき点を訊いていた。
職員のお姉さんは少し考え込んだ後にあたしを見て告げる。
「恐れ入りますが、ウィンさんは相談役の武術の同門で後輩にあたると聞いております。そちらで話をしてみるのをお勧めします」
確かにデイブから話をきけば色々教えてもらえるか。
変なところでデイブはドヤ顔をするけれど、冒険者関連の話では仕事モードで話をしてくれるし。
「「分かりました (の)」」
その後は今日手続きした二件の依頼について、報酬の話になる。
今日あたし達にこの場で払えるということだったので、受取ることになった。
一度に済ませた方が、職員さん達に面倒を掛けなくていいだろう。
そう思っていたのだけれど、金貨の入った革袋を受け取った後にあたしに職員のお姉さんが告げる。
「ウィンさんは別件での報酬もあるようですので、また別途手続きをお願いいたします」
「別件ですか?」
「はい。相談役も関わった依頼の話と聞いております」
そう言われてあたしはデイブに声を掛けられて、マーシアと商家に忍び込んだ仕事を思い出した。
あの話は王国の仕事の手伝いだったし、レノックス様以外には話しづらいな。
「分かりました。また別途伺います」
「ウィンは何か依頼をこなしたのか?」
「依頼っていうか、ちょっとした手伝いね」
「ふーん」
カリオが直球で訊いてくるけれど、あたしは曖昧に応えておいた。
『敢然たる詩』の用事が済んだので、あたし達は冒険者ギルドを離れた。
ギルド前の中央広場に出てキャリルが口を開く。
「この後はどうしますの?」
「そうだな、学院に戻るには少々早いし、王都を散策してもいいだろう」
「ボクも賛成かな。前にレノが言っていた『王都都市計画研究会』として活動できないか、少し歩いてみないかい?」
「あ、それがあったな。俺も面白そうだと思うぞ」
みんな何やら散策する方向でまとまりそうだな。
「ウィンはどうしますの?」
「あたしはみんながそろってランクアップしたし、そのお祝いも兼ねて屋台を食べ歩くってのはどうかなって思うわ」
『賛成!』
そうしてあたし達は、商業地区をメモを取りつつ買い食いして歩くことになった。
それぞれの都市系の役割を伸ばしつつ、『隙あらば生徒の安全を見守りたいですわ』ということらしい。
キャリルが言っていたのだけれど、隙ってなんの話だろう。
そう思いながら中央広場から商業地区の中にみんなで歩いていく。
今日は警護という意味では、ティルグレース伯爵家のいつものキャリル付きの“庭師”さんたち二人組が近くにいる。
生徒を見守るという部分では、キャリルは彼らから伯爵家の誰かに報告されないかを気にしているのだろうか。
いや、むしろあの家なら、キャリルの行動はものすごい勢いで褒め始めそうな気がする。
謎は謎のままだったけれど、他にもレノックス様の手勢らしき暗部の人たちらしき気配が周辺に展開している。
「警護の心配がないなら、お気楽に食べ歩けるわよね」
「どうしたんだいウィン?」
「何でもないわ。――でもあたしも何かメモした方がいいのかしら?」
早くも歩きながら何やらメモを取り始めたみんなを眺めつつ、思わずあたしは呟く。
「そうだね。意外なきっかけで新しい“役割”やスキルを覚えるかも知れないよね」
コウはそう言って微笑む。
「じゃあせっかくだし、あたしもマネしてみるわ」
あたしも結局【収納】からメモ帳と筆記具を取り出して、歩きながらメモを取ることにした。
みんなのステータス上では、キャリルが『物流管理者』、レノックス様が『都市計画者』、コウが『資材管理者』、カリオが『税吏補佐』を覚えている。
名前を聞く限りではそのままお役所というか、文官として働いていそうな“役割”ばかりだ。
あたしは今のところそういう系の“役割”を覚えていない。
不思議と関心があまりないといえばそうなのだけれど。
でもこのままだと『王都都市計画研究会』が本格的に始動しても、あたしだけお供で同行する感じになるだろうか。
それだと買い食いにいそしんでいるユーレイ部員みたいなナゾの存在になりそうだ。
「別にそれでもいいけどね」
思わず苦笑いを浮かべつつ、街を観察しているみんなの様子を眺めている。
月輪旅団の仕事とか『聖地案内人』じゃなくて、自分の目で関心を持って街並みをあたしが観察をするとしたら、何に目がとまるだろうか。
さっきから目に留まっているのは、屋台とかその値札なんだけれども。
「まあいいか。“美味しそうな屋台リスト”とかになったとしても、情報は情報よね……」
そう独り言ちながら、みんなで商業地区を散策する。
時々気になった屋台で足を止めて、みんなで軽食を頂いたりする。
屋台メシは美味しいけれども、甘いもの系以外だと揚げものか、肉が多いんだよな。
ヒースアイル家はどちらかといえば太りにくい。
ブルースお爺ちゃんの家系は筋肉が大盛状態なんだけれど、太っているわけでは無いし。
父さんと母さんとあたし達は特に太っていないか。
体質なのかもしれないけれど、太らないのはありがたい。
でも屋台には揚げ物とか肉ばかりが並んでいて、栄養的にはどうなんだろう。
この世界でも栄養という概念はある。
医学の入門書で消化の話を読んでいる時、そういう記述を見かけた。
ただ栄養といってもかなり大きなくくりで、『肉』と『野菜』と小麦などの『主食』の区分けがメインな気がする。
脂質に関しては、この世界の栄養の分類では肉に含まれるみたいだ。
「――ただフライドポテトが野菜扱いなのは大丈夫なのかしら。美味しいから好きだし、栄養価は高いんだけどさ」
そんなことを考えてみんなと歩いていると、いつの間にか屋台メシのメモが出来上がっているのに気づいた。
ある意味予想通りだったので思わず苦笑いを浮かべる。
それを目にしたキャリルがあたしに訊いた。
「どうしたんですのウィン? 何かステータスで新しい“役割”を覚えたんですの?」
「いや、どうかしら? 特に確認していないけれど……、そうね、ちょっと見てみるわね」
そう言ってあたしは【状態】の魔法を使用する。
「あれ? ……何か覚えてるわね」
あたしが呟くと、みんなはあたしに視線を向けた。
コウ イメージ画 (aipictors使用)
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