04.なんで王国にあるのかな
『夢の世界』で各属性の操作系魔法をトレーニングしているけれど、それは順調だ。
ホリーについても悩みを話せたのが良かったのか、トレーニングに集中できているみたいだ。
寮の屋上でのトレーニングの合間に、あたし達はキャンピングテーブルと椅子を出して休憩している。
その時にお茶をしつつ、あたしはアンから旅団の話を振られた。
「そういえばウィンちゃん、さっきホリーちゃんがウィンちゃんも仕事を手伝っているって言ったじゃない?」
「あ、うん。そうね」
けっこう斬った張ったのヤバい仕事もあったりするけれど、あまりそういう話はみんなの前ではしたく無いんですよ。
「まえに教えてもらったときに、何かへんだなって思ったことがあったんだけど、気がついたわ」
「ん? へんなこと?」
なにかあたしは、月輪旅団に関するヤバいネタを話してしまったのだろうか。
あんまり血生臭い話はしていないし、ピザパーティーのときにみんなにはデイブやブリタニーやジャニスを紹介している。
デイブとかは商業地区のお店に居そうな感じで話をしていたし、アンが『へんだ』と感じるのは逆に気になるけれども。
「うん。ウィンちゃんのお爺さんやおじさんたちが団長をする傭兵団は、共和国で有名なのよね? ニナちゃんからそう教わったんだけどね」
「そうね。それは別に秘密にしていることじゃあ無いわね」
「秘密どころか、月輪旅団の名はプロシリア共和国の独立戦争の記録で登場するのじゃ。そのため共和国の歴史の本に名前が出てくるし、他の国でも世界史の本に名前が出てくることもあるのじゃ」
斬った張ったであんまり名前が売れるのもどうかと思うけれども、すくなくともうちの場合は誇れる話ではある。
「でも、ウィンちゃんのお母さんと話をした時に、お爺さんやおじさんたちはアロウグロース辺境伯領におうちがあるって聞いたの」
「そうね。それもべつに秘密では無いし、普段は楽器職人をしているわよ」
「うん。でも、共和国に感謝されるウィンちゃんのお母さんの実家が、なんで王国にあるのかなって思うの」
「なんでって……、なんでだろう」
確かに言われてみると少し奇妙な話だろうか。
あたしはニナやアルラ姉さんに視線を向けてみるけれど、首を横に振られてしまった。
どうやら知らないみたいだ。
「言われてみたらちょっと不思議ね。共和国の建国に関わった傭兵団の団長や幹部をした家が、なんで王国にあるのかしらね」
「ウィンちゃんも知らないのね。ちょっとさっき、もしものときはプリシラちゃんを逃がす話をしてたでしょ? その時に、ウィンちゃんは共和国に行ったことがあるのかなって思ったの」
「そうしたら気が付いたのね」
「うん。ごめんね、へんなことをきいて」
アンはそう言って苦笑する。
いや、別にヘンな事では無いんだけれど、あたしも知らない話だ。
「そうね、あたしも気になるから母さんとかに訊いて、話せる内容なら教えるわね」
「その話をするときは、私も混ぜなさいねウィン」
ロレッタ様が何やら食いついている。
彼女が食いついたのは、歴史的な経緯が気になったのだろうか。
「あ、はい。分かりました」
あたしはとりあえず肯定的に返事をする。
「ちなみにあたしは、今までに共和国に行ったことは無いわよ?」
「えーなんでなん? ウィンちゃんやったらもう何度も遊びに来とるのとちゃうん?」
アンに返事をしたらサラがそう言って絡んでくるけれど、どうしてそうなるんだろう。
「どういう意味でそんな話になるのサラ?」
「えーだってウィンちゃん、めっちゃ共和国の料理に詳しいやん」
「ぐぬ゛っ……、いや、そんなことはないんですよサラさん……」
あたしの食い意地は、共和国出身者から見ても詳しいと感じるものだったのだろうか。
すこしだけあたしは反省した。
その後も休憩を取りつつ、あたしたちは操作系魔法のトレーニングを行った。
ニナの見立てでは順調に行われているということだ。
次回かその次くらいには、操作系魔法で目標のハンカチサイズの魔力の旗が作れるようになるのではという話だった。
やがて時間になって、あたしたちは現実に戻る。
ニナの部屋にスシ詰め状態で帰還して、いつも通り時間が経っていないことを確認してからすぐに解散した。
そうしてあたしは自分の部屋に戻ったのだけれど、出来るだけ早くデイブに相談しようと考えていた。
プリシラの祖父である、キュロスカーメン侯爵閣下の安全の件だ。
宿題だとか日課のトレーニングだとかが残っているけれども、ホリーから聞いた話は色々と急ぐ話だろう。
デイブにも何か情報が入っているかも知れないし、あたしは直ぐに【風のやまびこ】で連絡をすることにした。
「こんばんはデイブ。突然ごめんなさい。いまちょっといいかしら」
「ああお嬢か、こんばんは。大丈夫だがおれも話があったところだ」
デイブの話っていうのは、もしかしたらホリーから聞いた件かも知れないな。
「その話って、貴族社会に噂が流されてる件かしら?」
「まあそうだ。――お嬢はその件で何かあるのか?」
「わりと急ぎかしら。会って相談したいことがあるの」
「分かった。まだこんな時間だしうちに来てくれ。裏から入ってくれりゃあいい」
デイブには感謝を伝えて連絡を終える。
まずあたしは戦闘服に着替えてワイバーン革のコートを羽織り、ベットに丸まっている細工をする。
そしていつものように内在魔力を循環させてチャクラを開き、身体強化を行ってから場に化すレベルで気配を遮断する。
その状態で自室の窓から寮を出て、夜の闇の中をデイブの店に駆けて行った。
特にトラブルもなく辿り着くので裏口に回り、扉を開けて中に入る。
「こんばんわー、来たわよー」
「ああお嬢、こんばんは」
「こんばんは」
あたしが挨拶をするとデイブとブリタニーが返事をしてくれた。
店の方は明かりはついているけれど、表玄関の扉はカギを掛けたそうだ。
「そんで急ぎ相談したいことがあるって?」
「ええ。まずは防音にするわね」
あたしはそう言ってから【風操作】を使い、周囲に見えない防音壁をつくる。
周囲の音が消えたところであたしは説明を始めた。
「さっき魔法で少し訊いたけれど、王都の拡張事業に関することで動きがあったのよね? 王家が動いて、派閥を問わず貴族全体に噂を流したみたいじゃない」
「ああ、その話だが、念のためお嬢が聞いてる話をおれ等に説明してくれるか?」
「分かったわ。そもそものきっかけは、クラスメイトのホリーから話が出たのよ」
「ふむ、クリーオフォン男爵家のご令嬢だね」
デイブとあたしのやり取りに、ブリタニーが横から納得した声を上げる。
「うん。仲間うちで魔法の練習をするために集まってたんだけど、休憩してるときに浮かない顔をしてたのよ。どうしたのかって訊いたら、男爵閣下から話を聞いたみたい――」
あたしはできるだけ端折らずに、ホリーから聞いた話をデイブとブリタニーに説明した。
北部貴族派閥が王都の拡張事業で不動産を押さえようとした。
彼らが経済的に優位に立つことで、王国内での発言力が増すと思われた。
王家はそれを心配し、貴族全体に『噂』という形で手口をバラした。
貴族たちは確実に不動産を手に入れようと、競争相手よりお金を払うようになる。
不動産はどんどん値段が上がるので、王家が用意していた『安全策』を発動する。
北部貴族派閥の重鎮であるキュロスカーメン侯爵が、計画を把握していたのを王家が確認しようとする。
「――そこまでの話をきいたホリーが、自分の勘でプリシラを逃がす準備をしようとしてたのよ」
「なるほど、それをお嬢に相談して、お嬢はおれに相談に来たのか?」
そういう流れなんだけど、ホリーの悩みは一応解決してるんだよな。
「あたしがデイブに相談したいのは、あたしの独断なのよ
「へえ。具体的には」
あたしはみんなでホリーの相談に乗って彼女の不安をやわらげた話をした。
そして、それとは別にあたしが勝手に心配している話があると伝える。
「単刀直入に言うわ。プリシラのお爺様――キュロスカーメン侯爵閣下は暗殺される可能性はあるかしら?」
「ふむ。なんつうかやっぱりお嬢やお仲間は、レベルが違うよな。学院の生徒は優秀だぜ」
「私も同感だね。とくに侯爵閣下を罰すれば、北部貴族どもが騒ぎだすってのはいい読みだとおもう」
そこまで話して言葉を選んでいたデイブは、あたしに告げる。
「暗殺の話にしても否定できねえだろうな。クリーオフォン男爵は、代々そういう貴族だ。ホリーの心配もそこだと思うぜ。無意識に気づいてるんだろ」
やっぱりそうだったのか。
あたしはデイブの言葉を聞いて、奥歯を噛んだ。
「確かに王家が、キュロスカーメン侯爵家を表立ってどうこうするのはねえだろう。だが陛下が見逃しても、見逃さない忠臣たちはいるだろうな」
あたしの様子を観察しつつ、デイブはそう告げた。
そうか、べつにクリーオフォン男爵だけの話じゃあ無いのか。
「それで、お嬢はどうしたいんだい? 相談ってそういう話なんだよね?」
ブリタニーに問われて、あたしは息を吐く。
どうしたいのか、そんなことは決まっている。
「ホリーのお父さんに、プリシラのお爺さんを殺させたくないのよ」
あたしはブリタニーとデイブにそう告げた。
アン イメージ画 (aipictors使用)
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