03.最善の判断を示して
いつもの週明けの地曜日夜に、みんなで『闇神の狩庭』で『夢の世界』に来ている。
各属性の操作系魔法の練習を行う前に、みんなで食堂に集まった。
そこでプリシラからサイモン様の無事が報告される。
でもなぜかホリーが浮かない顔をしていたので声を掛けたら、プリシラのお爺様が王家から疑われていることを説明された。
王都の拡張事業に絡んで王国の北部貴族派閥がまとまって、新しく出来る街の不動産を買い占める計画があったらしい。
その計画自体は王家が細工をして潰したみたいだけれど。
ただその件は問題があるみたいで、ホリーが何やら考え込んでいるようだ。
北部貴族派閥の重鎮であるプリシラのお爺様――キュロスカーメン侯爵閣下がすべてを知って居たのに、北部貴族を野放しにしたのではないか。
ホリーはその辺りの話を、諜報で王国に貢献してきた自分のお父さんから聞いたという。
その結果彼女はプリシラに『王国から逃げるようなことになっても』なんて話をしている。
「ホリー、あなたの相談に乗るのは大丈夫だけれど、どうしていきなり『王国から逃げる』なんて話になってるのかしら?」
「ひと言でいえばわたしの勘だねー」
彼女は気負うでもなく、ただ事実を述べるようにあたしに応えた。
「勘でそんな重い決定を話すの?」
「そうだよー。……ねえウィン、あなたは十歳で月輪旅団の仕事を手伝っているじゃない? それは別にあなただけの話じゃ無いのよ」
「ええと、どういう意味で?」
「ウィンの場合はわりと戦闘力を物凄い勢いで鍛えてるけど、わたしも自分の家の仕事が手伝えるようになってるわ」
「ホリー……」
「例えばいきなり隣の国に放り出されても、現地で自力で生活を始められるように仕込まれてるのよ。うちの場合はそういう家だからさー」
ホリーはそう言って笑う。
たぶん彼女が言っているのはただの事実なんだろう。
あたしの『影拍子』のスキルでも、ホリーがウソを言っているように感じられない。
諜報を家業とするクリーオフォン男爵家。
その仕事を手伝えるように鍛えられたということは、他国に潜入して諜報活動を行えるということだろうか。
「はあー……。そのために鍛えられたあなたの勘が、プリシラにとっての最悪に備えろって囁いてるってことね」
「残念だけどそうなのよー」
『…………』
あたしとホリーの会話で、その場には沈黙が満ちる。
それを破ったのはロレッタ様だった。
「でも侯爵家は、王国の歴史を通して王家と王国に尽くしてきた家よ。閣下が王家に仇為すことは信じられないわ」
「確かに……そうなのよね。だから王家が直接確かめるという話なんでしょうけれど」
ロレッタ様の言葉にアルラ姉さんが応じる。
「でも、その返答次第で、うちの家は色々とヤバいことをするかも知れないわけなのよー」
そう言ってホリーは重いため息をつく。
「大丈夫ですホリー。あなたのお父上のクリーオフォン男爵閣下は、王家のための決断は間違えないと信じます」
「違うよプリシラ。父さんは間違えないんじゃなくて、『間違えるリスクに対処する』人間だよー」
それは微妙な言い回しだけれど、不穏な響きを感じるのはあたしの気のせいなんだろうか。
「ですが……」
「プリシラ、もしもの時は二人で他の国で暮らそうよ。それはそれで気楽だと思うんだー」
なにやら相談と言っていたくせに、ホリーは勝手に独りで腹を括っている気がする。
その決断自体は重くて尊いものだけれど、友人としてはちょっと残念なわけですよ。
微妙に重い空気になっていたところであたしは自分の席を立ち、ホリーの傍らにつかつかと進んでぷにっと彼女の鼻をつまむ。
「ふぬ゛?! ヴィンー?」
「あなたねえ、あたしとかに相談するんじゃなかったの? いまやってるのは決意表明か何かなのかしら?」
「ふー……、ほへん、へふに……」
あたしはそこで彼女の鼻から手を放す。
「別に? なによ?」
「ええと、そっかー……。たしかに決意表明って言われたらそうなのかも」
「なにやら水臭いのじゃホリーよ。王国の外に逃げるという話であれば、まずはウィンよりも共和国からきた妾やサラに相談すべきなのじゃ」
あたしとホリーの話に、ニナが不敵な笑みを浮かべている。
「そうやね。ウチやニナちゃんやったら、もし共和国に逃げるいう話でも助けられるとおもうわ」
「そういうことでしたら、共和国への逃走ルートに我が家の領地を通って頂くこともできますわね」
「ちょっとキャリル、逃げる前提で話を進めちゃダメよ。――でもそうね。王国を出て逃げるつもりなら、ティルグレース伯爵領なら手引きできるわ」
サラとキャリルとロレッタ様が、プリシラとホリーの逃亡の話を始めてしまったぞ。
「ホリーとプリシラの逃避行ですか。むしろこれはホリーが王子様みたいですね」
「それはどうかと思うけれど、ホリーちゃんはカッコいいわよね」
ジューンとアンが何やら妙な方向に話を脱線させつつある気がする。
「共和国に逃げるのでしたら、『魔神の巫女』の名で先方に紹介状を書いてみましょうか? 書いたことは無いですけど、無碍にはされないと思うんです」
ディアーナもなにやら楽観的な表情でそう告げた。
というか魔神信仰を昔から行っている土地で、魔神の巫女の紹介状ってすさまじい効力を持つ気がするんですけど。
「そのような日が来るかは不明ですが、あなたがそう言ってくれるのは、友人として頼もしいと断言します、ホリー」
プリシラはそう言って、何となく微笑んでいるような表情を浮かべていた。
「「…………」」
あたしとアルラ姉さんは、みんなにどこからツッコんだらいいのかを悩む顔をしていたとおもう。
でもこのままでは縁起でもない気がするので、少しは話の方向性を修正しておきたい。
「プリシラちゃんが逃げるような事態って、それって侯爵家がどうにかなるような事態よね? そこまで切羽詰まっているのかしら」
「そこが悩ましいですけど、そうなってから動くとなると間に合わなくないですか?」
アルラ姉さんの言葉にホリーが懸念を告げる。
いちおう逃げる前提なら、その懸念は正しい。
確かに非常時の脱出プランは、事前に決めておかないと難しいだろう。
でもあたし的には、色々と検討すべき話をスッ飛ばしている気がするんですよ。
「ええとホリー、あなたの勘は分かったんだけれど、あたしとしては気になることがあるの」
「気になること?」
「うん。侯爵閣下って要するに北部貴族派閥の重鎮よね? それなのに拡張事業で北部貴族が色々企んでいたのを見過ごしたから、王家に問い詰められるのよね?」
ここまでの話では、そういうことだったと思うのだけれど。
ホリーはあたしの問いに頷いているから、認識は正しいようだ。
「それって、侯爵閣下を罰したりしたら、北部貴族派閥が不満で大騒ぎを起こしたりしないかしら?」
「あ゛ー……、その可能性は否定できないねー……」
「先に言ってくれたけれど、私もウィンの指摘に賛成ね。そして王家は貴族派閥の対立は避けるでしょう」
アルラ姉さんもあたしの言葉に賛同してくれたか。
ホリーはプリシラが家ごと王国から追われる状況を心配している。
でもその話は、そもそも王家が北部貴族派閥とことを構える前提だろう。
国を割るような決定を王家が選ぶだろうか。
「大丈夫ですホリー、陛下はきっと最善の判断を示してくれますわ」
キャリルは心配そうな表情を浮かべるホリーにそう告げた。
彼女の真っ直ぐな瞳を見て、ホリーはひとつため息をついてから笑顔を浮かべる。
「そうねー。それにもしヤバかったら、キャリルが逃亡を助けてくれるわよねー」
「もちろんですわ! その時は我が家の手勢を用意いたしますの」
なにやらキャリルは不穏な約束をしているけれども。
そこまで話を進めたあと、ホリーは先ほどよりは安心したような表情になっていた。
本当にいざというときは、自分の家以外でも頼れるあてが色々あることに気が付いたのだと思う。
その後あたし達は食堂でお喋りしてから、いつものように寮の中の『悪夢の元』を狩ってから屋上に移動した。
屋上では休憩を挟みつつ、それぞれに各属性魔力の操作系魔法をトレーニングする。
「ねえウィン、さっきのきみの言葉じゃあ無いけれど、なんだか浮かない顔をしているね」
あたしが【風操作】を練習していると、スウィッシュが声を掛けてきた。
「うん、そうかも知れないわ。でもスウィッシュは気がついてるわよね?」
「まあそうだね。ぼくはきみの使い魔だからね」
そう言ってあたしの周りを浮遊していたスウィッシュは肩に止まった。
「どうしたらいいと思う?」
「考えていた通りじゃない? デイブに相談で間違ってないんじゃないかな。次点でブルースお爺ちゃんか」
「そうよね」
何の話かといえば、ホリーの勘の話だ。
彼女は自分の父親の男爵閣下に何かを察している。
侯爵閣下が王家から罰を受けることは無かったとしても、ひとつ懸念はある。
王国に仇為すと判断した者によって、暗殺されるリスクだ。
「プリシラのお爺様の話なのよね」
「そうだね」
スウィッシュが同意してくれたけれど、この段階であたしは祖父を無為に暗殺されて、プリシラが悲しむのは避けたいと考え始めていた。
サラ イメージ画 (aipictors使用)
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