12.素晴らしいことです
昼休みの後は午後の授業を受け放課後になる。
放課後になって実習班のみんなやプリシラたちと一緒に部活棟まで向かう。
プリシラを観察するけれど、気配を読む限りでは調子は良さそうな感じがする。
お喋りしながらあたし達は移動し、部活棟の前で別れてあたしとニナとディアーナは附属農場に移動する。
“特別講義臨時訓練場”に入ると、いつものようにあたしはデボラに協力してもらいながら、精霊魔法の特別講義の準備を進めた。
今回も前回の続きということで、精霊の感知の練習をみんなで行っていた。
ニナの助手役であるあたしとしては、特に異常も無いので気楽な時間ではある。
というか、いつもが面倒ごとに巻き込まれすぎなだけで、そうそうトラブルなどは起きないのが普通なんじゃないだろうか。
それに気が付いて一人で苦笑いを浮かべていた。
参加者の生徒の中には、今回は『聖地案内人』に参加する関係で欠席した人が一人いた。
「ねえニナ、今日欠席した人には個別で指導するの?」
ふと気になってニナに確認してみる。
「そうじゃの、基本的には特別講義以外では指導はしない方針なのじゃ。ただ先週は突然の『クッキー焼き大会』で一回流れたからのう。同学年の参加者に頼んで本人に伝言を伝えるのじゃ」
「伝言?」
「うむ。武術のトレーニングなどと違い、魔法のトレーニングは少々のブランクはそこまで問題とならないのじゃ――」
その理由は幾つか説があるようだけれど、一番有力なのは魔法の場合は練習の成果が魂に記憶されるからということだった。
「ああ、それは伝えてあげた方がいいわね」
「うむ。勉強熱心な者なら知っておるかもしれんが、伝えた方がいいのじゃ。『魔神の加護』もあるし、少々休んだところで問題無いのじゃ」
ニナはのんびりした口調でそう教えてくれた。
実際問題、これから放課後には『聖地案内人』の予定が入って来るし、欠席する人も出てくるだろう。
でも年度を通してのスケジュール感でいえばかなり余裕があるとのことなので、ニナは全く焦っていないそうだ。
その後時間になり、ニナは次回に精霊のイメージを形成する練習を始めて行くことを伝えて精霊魔法の特別講義を終えた。
「それでは今から十五分ほど休憩をするのじゃ。その後、刈葦流の指導を行うのじゃ。お疲れさまなのじゃ」
休憩時間に入ったところで、あたしは参加者が使った道具を片付けていった。
道具を仕舞ったマジックバッグを入り口近くに置く。
そしてアルラ姉さん達が来ていないことに気が付く。
「そうか、今日は姉さん達は『聖地案内人』に行ってるのか」
忘れていたわけでは無いけれど、いつも通りの流れだったので意識から漏れていた。
アルラ姉さんとロレッタ様とキャリルは、刈葦流のトレーニングは欠席みたいだ。
キャリルはどうしているだろうな。
あたしがぼんやり考えていると、ニナからの指導が始まった。
それも無事に終了して解散となった。
あたしはディアーナと一緒に部活棟に向かうことにしたけれど、ニナは前回と同様で図書館に向かうようだ。
前回と違うのはメンバーにアンが増えていることか。
あとは何となくだけれど、アイリスの表情から焦りみたいなものが消えている。
アンと楽しそうに話しているし、調べ物は順調なんだろう。
「それじゃあ、また部屋に行くから」
今日も『闇神の狩庭』を使うつもりなのを、念のためそれとなく伝える。
「うむ、後ほどのう」
ニナ達とはそう言って別れ、あたしはディアーナと部活棟に向かった。
「ウィンさんは今日はこれからどうするんですか?」
道すがら構内を歩きつつ、彼女と話す。
「決めて無いけれど、歴史研究会にたまには顔を出そうかと思ってるわ。キャリルがどうしてるか微妙に気になるし」
「ああ、そういえばアルラ先輩とロレッタ先輩は『聖地案内人』に参加しているんですね。素晴らしいことです!」
そう言ってディアーナは目をキラキラさせている。
聖地って魔神さまの聖地だし、巫女としての立場を察すればディアーナのテンションは理解できる。
その後ディアーナは、人間だったころの魔神さまとの旅の話をしてくれた。
王国は意外と治安は良いそうだけれど、南のフサルーナ王国や東のプロシリア共和国と接する地域ではそれなりに賊を仕留めたらしい。
王国北部や山岳地帯など自然環境などが本当に厳しい土地では、犯罪者の類いも組織的には活動できないみたいだという話を教えてくれた。
料理研に行くというディアーナとは部活棟の玄関で別れて、あたしは歴史研究会の部室に向かった。
「こんにちはー」
『こんにちはー』
あたしが部員の人たちと挨拶をしながら部室に入ると、キャリルがロレッタ様の婚約者であるペレと話し込んでいる。
「こんにちはペレ先輩。キャリルもどうしたの?」
「ああウィン、あなたも説得してくださいな。これからわたくし、姉上たちの様子を伺いに行こうと思っておりますの。それでペレ先輩も是非と思いまして」
いや、なにがどうなってそうなってるんですか、キャリルさんや。
「ちょっと待ってねキャリル、――ええと、様子を見に行くって、なにかトラブルでもあったの?」
もしそういう話なら、今のこの場から魔法でデイブに協力を仰いだうえで、全速力で王都に繰り出すべきだろうか。
「いや、そういう訳じゃあ無いんだよウィン。キャリルが心配半分、好奇心半分で追いかけようとしているだけさ」
そう言ってペレは笑う。
あたしはそれを聞いて脱力したけれども。
「しかしペレ先輩は、姉上が心配ではありませんの?」
「あまり心配では無いかなあ。警備も付いているし、ロレッタ自身も魔法で身を守れる腕前だし」
「ならばこう問いますわ、それを姉上にそのまま伝えてもよろしくて?」
「それは……、ちょっと待ってね。どうしようかな」
そう言ってペレは困ったように笑う。
なにやらペレはキャリルに誘導されはじめているな。
部室にはほかにレノックス様やカリオなどは居らず、他の部員は巻き込まれないように澄ました顔をしつつこちらに注意を向けている。
このままではペレは、キャリルの前のめりなダッシュに引きずられそうな気がする。
彼らはいずれ義理の兄と妹になるのだし、妙な駆け引きを見過ごすのもキャリルのマブダチとしてはどうかと思ってしまう。
「そこまでにしなさいキャリル。ペレ先輩が困ってるじゃない。あなたの一言で色んな面倒ごとになったら大変よ」
「面倒ごとですの?」
「あなたが心配しなくても、今日のために衛兵さんとか色んな人たちが準備して、姉さん達を護衛をしているのは分かるわよね?」
あたしが問うと、キャリルはしぶしぶといった感じで「それは分かりますわ」と応えた。
思わず細く息を吐いて話を続ける。
「ヘンな話だけれど、あなたが今回好奇心で野次馬に行ったとしたら、マネをしようとする生徒が出てきたりするかも知れないわ」
「そこは僕も気になるかな。『心配して見守りに行かない生徒は冷たい』なんてことになったら、警備の人たちは対応しきれないよ?」
「それは……、仰る通りですわね……、はあ」
キャリルは肩を落としたけれど、納得はしてくれたみたいだ。
その様子を見てあたしとペレはホッとする。
「でもキャリル、君が心配しているのも分かるし、まずは魔法で連絡を入れてみればいいんじゃないかい?」
「そうですわね。確かにまずは話をすることで分かることもございます」
ペレの言葉に気を取り直したのか、キャリルは【風のやまびこ】でロレッタ様に連絡を入れた。
「姉上、いまお話をしてもよろしいでしょうか――? はい、ありがとうございます。実はペレ先輩やウィンと話をしていたのですが、今ごろどうしているのか心配になりましたの――」
どうやらロレッタ様と連絡がついたようで、キャリルは何やら話し込んでいる。
話しぶりからするに慌てた様子もないし、たぶん問題無く『聖地案内人』は実施されているんだろう。
「ウィンはアルラに連絡を入れないのかい?」
「ええ。どうせ夕食のときにでも聞けるでしょうし」
あたしはペレにそう応えると、ペレは「そうだよね」と朗らかに笑っていた。
その後キャリルによれば、問題無く『聖地案内人』が行われているとロレッタ様から聞いたようだ。
「ただ少しだけ気がかりなことはあったそうなので、そこは夕食時にでも話して下さるようですわ」
「問題無いなら良かったじゃないか。もしトラブルがあったなら、ロレッタなら僕やキャリルに連絡したと思うし」
「そう言われたらそうですわね」
ペレの言葉にキャリルは安心したような表情を浮かべた。
「姉上達への心配事が無くなったなら、わたくし戦槌を振るいたくなってきましたの。――ウィン、行きますわよ?」
いや、どこに行くんですか。
あたしがそう口にするよりも早く、彼女はむんずとあたしの手を掴む。
「キャリル? ――あ、ペレ先輩、またでーす」
そのままキャリルは、あたしを歴史研の部室から引きずって行った。
ロレッタ イメージ画 (aipictors使用)
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