11.また巻き込まれたんだね
一月最後の闇曜日の午後、寮の自室で読書をして過ごした後に、いつものようにアルラ姉さんと夕食を食べた。
その頃にはキャリルとロレッタ様が寮に戻って来ていたので、魔法で周囲を防音にして、あたしが国教会本部でキャリルと別れたあとの話をした。
ニナはどうやらキャリル達と一緒に、ティルグレース伯爵家で昼食をご馳走になったらしい。
あたしは思わず残念そうな表情を浮かべる。
「ウィンは我が家で一緒に昼食を食べたかったんですの?」
「ああ、うん、そうね。ちょっとニナが羨ましかっただけよ」
あたしとキャリルのやり取りに、ロレッタ様が可笑しそうに告げる。
「べつにウィンなら、またお婆様の指導を受けに来るんじゃないかしら? そのときにご馳走するわよ?」
「ありがとうございます!」
「それにウィン、王立国教会の神官戦士団に殴り込んだ帰りに、我が家に寄ればいいのですわ」
「いろいろと問題ある発言ねキャリル……」
あたしがどうツッコもうかと頭の中で計算していると、アルラ姉さんが困ったような表情を浮かべた。
「ちょっとウィン、キャリルもだけれど、『殴り込み』ってどういうことかしら? ダメよ? あまりヘンなことで名前を売ったりしたら?」
「いや姉さん、主にキャリルがいつものように前のめりになってるだけなのよ」
「ウィン、遠慮は必ずしも気遣いにはなりませんわよ? あの時わたくしは見ましたの。ウィンが神官戦士団の皆さんを制圧したあとに、退屈そうにしていたのを!」
またとんでもないことを言い始めたぞ、このマブダチ。
だれか助けてほしい。
「いや、ちょっと待ってちょうだいキャリル……。あのときあたしはヘンなことに巻き込まれて気疲れして立ち尽くしていただけなのよ」
どうやらあたしの事後処理は、まだ完了していなかったようだった。
その後なんとかアルラ姉さんとロレッタ様の誤解を解くことには成功した。
でもキャリルは、神官戦士団とのスパーリングをあきらめていない様子だった。
夕食を食べた後は自室に戻り、日課のトレーニングを行った。
その後は共用のシャワーを使ってから早めに寝た。
一夜明けて二月になった。
月が替わったといっても学院生活は変わらない。
いつも通りに起き出して食堂に向かい朝食を食べていると、新聞を開いて話し込んでいる先輩たちが居た。
「そういえば昨日のこと、新聞に載ったのかしらね」
あたしは食事の途中で新聞を一部取ってきたら、一面が王立国教会での騒動のことだった。
ざっと目を通すけれど、キュロスカーメン侯爵家の名は一切出てこなかった。
どうやら王立国教会の発表からは省かれたみたいだ。
教皇様とかデイブから聞いた話では、状態異常への対処の途中に騒ぎになるのは割とある話みたいだ。
「家名をナイショにしたのはいいけれど……、結構な騒ぎになったのね」
あたしがキャリルやエリカと共に向かった神官戦士団の訓練施設では、一線を越えたような騒動は起きていなかった。
それでも一般の信徒が多く居た大聖堂などでは、着ているものをどうこうする人なんかも結構な数が居て、なかなか対処が大変だったみたいだ。
「穀物神って言ってたかしら……」
ソフィエンタが秘神セミヴォールの本体について、そんなことを言っていた。
今回の状態異常では、錯乱とかが多くて、お酒に酔っぱらったような人に似た気配の人ばかりだった気がする。
穀物神の権能でそういった状態異常が起きていたなら、あるいは飲酒への対処のような方針が効いたんだろうか。
酒気を取り除ける、【解毒】を試しても良かったんじゃないだろうか。
他にも何かサイモン様のことで重要なことを見逃している気がしたけれど、どうにも思いつかない。
「忘れているのとも違う気がするけど、仕方ないよね……」
そんなことを呟きつつ、あたしは朝食を食べた。
その後は制服に着替えていつものようにクラスに向かい、朝のホームルームになる。
先週の風紀員会の打合せでリー先生から聞いていたけれど、『魔神の加護』をあてにした無茶なトレーニングへの注意の話があった。
ディナ先生はいつものように丁寧に話してくれたけれど、みんなからは特に質問などは出てこなかった。
他には『聖地案内人』が始まったという説明があり、今後何回かに分けて帰りのホームルームなどで説明するという話があった。
いつものように午前の授業を受けてお昼になり、実習班のみんなと昼食を食べる。
昼食後はキャリルと二人でみんなと別れ、魔法の実習室に向かった。
そうして『敢然たる詩』のメンバーが集まって、打合せが始まる。
あたしは【風操作】で周囲を防音にする。
「先週は王都南ダンジョンに行ったし、今週はまた指名依頼の件になるのか?」
「そうだな、マーヴィン先生からは前回同様に顔を出すように言われている」
カリオの言葉にレノックス様が応じる。
みんなも覚えている話だし、全員レノックス様の言葉に頷いた。
「依頼達成と判断できるようなら、改めて連絡するって話だったと思うけど、マーヴィン先生から連絡は無かったのかい?」
「ああ。特にそういう連絡はなかった。だが先週の段階でマクスにオレから確認したが、依頼達成でいいんじゃないのかという話になっているようだ」
マクスはあたし達よりも魔力暴走対策の研究に本腰で関わっているみたいだし、そういう話を聞いているのだろう。
「いずれにせよ、当日訪ねればいいだけですわね」
「そうね。もともとマーヴィン先生からはそういう話だったし、それでいいんじゃないかしら」
キャリルとあたしの言葉にレノックス様は頷いていた。
その後、パーティーへの指名依頼が達成された後の予定について確認されたけれど、あたしを含めて王都南ダンジョンに行くことにみんなで賛成した。
「ところで『敢然たる詩』とは関係無い話だが、おまえらは昨日の王立国教会での騒動は何か知っているだろうか?」
レノックス様の言葉に、あたしとキャリルはアイコンタクトしてから、キャリルが口を開く。
「わたくしとウィンは現地におりましたわ」
「ふむ――、そうだったのか」
「それは大丈夫だったのか?」
「ウィン達は、また巻き込まれたんだね」
あたしとキャリルは大丈夫だったことをまず伝えた。
コウから『また』とか言われてあたしは微妙にダメージを食らった気がする。
「キャリルとウィンなら大抵の状況には対応できるだろう。それでもどういう経緯で王立国教会本部にいたのだ?」
「それを応えるのはいいんだけれど、秘密にしてほしい内容ね」
「わたくしも同感ですが、レノはある程度把握しているのではありませんか?」
あたしとキャリルの言葉にレノックス様は「ふむ」と呟いて腕組みし、何やら考え込む。
それを横目にコウやカリオが苦笑する。
「ボクたちは勝手にパーティーの秘密を話したりしないさ」
「そうそう。でもワザワザそうやって断りを入れるってことは、どうせまたウィンが関係してるし、面倒なことなんじゃ無いのか?」
「ぐぬぬ」
カリオの言い草にいろいろと物申したいところだった。
でも秘神などの言えないことも含めて、面倒事という意味ではその通りなので返事に困ってしまった。
あたしの苦悩を興味深そうに眺めつつ、レノックス様が告げる。
「オレも無論、勝手に秘密を漏らしたりはしない。昨日の段階でオレの実家で話題になったのだ。プリシラの父親から出てきた魔力で騒動になったという話でな」
「確かにそれはその通りですわ」
それでも確認したのは、レノックス様としては詳しい情報を押さえておきたいということなんだろう。
「あたしから説明するわ。キャリルは気付いたことがあったら補足してね」
「分かりましたの」
そうしてあたしは昨日の王立国教会での出来事を説明した。
デイブに説明したりアルラ姉さん達に説明したりで、もう話のポイントは整理できている。
あたしとしてはカンタンに説明したつもりだけれど、キャリルからの補足は特に無かった。
「――なるほど、もともとはプリシラへの儀式を行うために訪ねていたのだな」
「親父さんがそんなことになるなんて心配だろうな」
「クラスではそんな様子は無かったけれどね」
「プリシラについては大丈夫と思いますわ。本人とサイモン様の儀式を執り行ったのが教皇様ですし、儀式の成否については疑ってはいないでしょう」
みんなが表情を曇らせたけれど、キャリルの言葉に納得したような表情を浮かべた。
「プリシラのお婆様やお母さんからは、友人として助力して欲しいって言われているわ。あたし達としては何かあったらフォローするつもりよ」
「分かった、そういうことなら問題無いだろう。――何か問題になるようなら、オレに相談してくれ。実家の方にクギをさすのでな」
それって王族として何とかするっていうことか。
「家としての何かが起きたときは難しいかも知れませんが、友人として助けられることは助けるつもりですの。その時はお願いしますわレノ」
「俺もそういうことなら助けるぞ」
「ボクも同じだね」
カリオやコウもキャリルに続いてそう言ってくれた。
「何も無いのが一番だけれど、プリシラが困ったときは助けましょう」
あたしの言葉にみんなは頷いていた。
アルラ イメージ画 (aipictors使用)
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