09.地を撫でる風の元で芽吹く
ソフィエンタに神域へと呼ばれて、あたしは『諮詢の女神』についての話を聞いた。
どうやら王立国教会では高位神官にしか知られていない言葉らしく、あたしがソフィエンタから連絡があったことを証明する言葉になるらしい。
というのもどうやら教皇様が、あたしが薬神の巫女だとボンヤリと気付いているらしいのだ。
ソフィエンタからは好きにしなさいと言われたけれど、要するに自分の生活に不都合が無いように上手く教皇様に説明しなさいということのようだ。
「あたしの用件は済んだけれど、ウィンは何かあるかしら?」
教皇さまに説明するにせよ、細かいことを決めたらまたソフィエンタに相談すればいいだろう。
それはいいのだけれど、あたしとしては気になっていることはある。
ただそれを訊いてしまってもいいものなんだろうか。
あたしが生まれるときに、魂の記憶から消されている話ではあるし。
そう考えていると、ソフィエンタはため息交じりに告げる。
「ウィン、遠慮せずに訊けばいいじゃない。らしくないわよ?」
「どういう意味よ。あたしだって一応デリカシーとかはあるんですけど」
とはいうものの、せっかくの機会だし本人も気にしていないようだから訊いてみようか。
「はあ……。差支えない範囲でいいけれど、『熱的死』ってどういうことよ? あなたが女神になったいきさつを、巫女としては聞いておきたい気がするの」
ソフィエンタが人間だったころの生きていた故郷は、宇宙ごと失われたという話だ。
それを訊くのは彼女が本体と言えど大丈夫なんだろうか。
「バカね。終わった話だし、あなたが気にすることは何も無いのよ」
そう言ってからソフィエンタは魔神さまとディアーナにも視線を向ける。
「あなた達が知るのも構わないし、どうするかしら? 聞きたくないならウィンにだけ話しておくけれど」
ソフィエンタの言葉に魔神さまとディアーナは視線を交わして頷き合う。
「それはもちろん、聞いてみたいです先輩」
「もし許されるなら、後学のために伺いたいです」
彼らの言葉に頷いて、ソフィエンタは話し始めた。
「分かったわ。でもあまり長々と話す積もりは無いのよ。ええと――宇宙の平均的な寿命って熱的死を迎える場合は、いちグーゴル……、要するに十の百乗……、といっても分かりづらいか」
「ソフィエンタ、あたしもだけどディアーナが宇宙の話に慣れていないから、カンタンにお願い」
「要するに10年を百回掛け算した年数が宇宙の平均寿命なの。突然死もあるけど」
『…………』
魔神さまは頷いているけれど、あたしとディアーナは置き去り感が激しかった。
あたしが視線で訴えると、ソフィエンタは苦笑する。
「星が死ぬ時や、太陽が死ぬときは、『詢術』を極めた人間ならなんとかできたのよ。でも星々の海である宇宙も、時が経てば死ぬの。これは分かるかしら?」
「あたしは『そういうものなんだ』って思うことはできるわ」
「まずは、お話をすべてうかがうことにします!」
あたしとディアーナの言葉に満足したソフィエンタは話を続けた。
ソフィエンタは故郷の宇宙の片隅で人間として生まれ、適性があったため『詢術』を仕込まれた。
その結果メキメキと腕を上げ、ヒトを超えた存在である『超人』と呼ばれる者になった。
超人はときどき現れ、人類を助けたりジャマしたりして活動し、故郷の宇宙に飽きたらどこかに消える者もいたそうだ。
「あたしは宇宙が最期を迎えるまで残った一人なのよ」
「どのくらいの『超人』が最終的に残ったんですか?」
魔神さまが訊くと、ソフィエンタは「百人くらいね」と応えていた。
「あの、薬神さま。熱的死とは、星々の海が火に包まれるということでしょうか?」
ディアーナが訊くけれど、たぶん違う気がする。
宇宙の中の乱雑さが極限に達して、宇宙全体が均一になってしまった状態じゃないだろうか。
でもそれをイメージしろと言われても、困ってしまうけれど。
あたし達の様子にソフィエンタは微笑む。
「宇宙――要するに星々の海が完全に混ざり合って、冷え冷えとした状態になるわ」
そう言ってからソフィエンタは、どこまでも広がる神域の真っ白な地平線に視線を向ける。
何となくだけれどその視線は、ここではないどこかを観ている気がした。
「そうね、神域のこの光景に似ているかしら。それ以上なにものにも変化せず、ただどこまでも広がるという状態になった、星々の海だったもの――」
ソフィエンタはあたし達に向き直って告げる。
「それが熱的死を迎えた宇宙ね」
『はー……』
「宇宙がそうなった後は、その場から去ることにした超人たちががどこかに消えて、残ったあたし達はこれからどうしようかって念話してたの。そうしたら創造神さまが来たのよ」
どうやらそのタイミングで、ソフィエンタ達は神々へとリクルートされたらしい。
中には普通の人生を望んで、転生させてもらうことを選んだ超人もいたそうだ。
「ソフィエンタはどうして神を選んだの?」
「そうね、分かりやすい理由は二つね。一つは『色んな宇宙を見られる』って言われたことで、もう一つは超人友だちが神になることを選んだからかしら」
要するにソフィエンタは好奇心に負けたわけだ。
神――正確には神域の中では亜神と呼ばれる神になったソフィエンタは、神として地属性と風属性に適性があった。
「その結果、『地を撫でる風の元で芽吹くのは、植物であり薬草』というところが薬神の謂れになったの」
「じゃあソフィエンタは、根本的には薬草の神なのね?」
「神としての分担では大元はそうね。そこから仕事が増えて、生き物の健康とかも担当してるけど」
薬神と言われるくらいだからな、納得できる話です。
「だからあたしの直接の上司は、植物つながりで豊穣神のタジーリャ様だし。でもその辺りは神官の子たちに大昔に説明して、いまのあなた達の社会では忘れられてるわね」
『へ~……』
ここまででソフィエンタの来歴みたいなものは分かった。
そして魔神さまは、何やら思いついたことがあったようで口を開く。
「ソフィエンタ先輩、先輩の同郷の友だちは、ぼくが知っている神でしょうか?」
「まだアレスマギカは会ったことは無いかも知れないわ。クリステミロリアなんだけれど、氷神とか氷河の女神って言った方が伝わるかしら?」
『そんな繋がりがあったの (ですか)?!』
魔神さまを含めて、あたし達はソフィエンタの交友関係に驚いていた。
「国教会は薬神さまと氷神さまがご友人だと知っているのでしょうか?」
「んー、訊かれてないから話したことは無いわね」
そう言ってソフィエンタは朗らかな笑みを浮かべる。
彼女は機嫌が良さそうだけれど、氷神さまとはそれだけ長い付き合いで気心が知れているっていうことなんだろう。
それはそれとして、サクッといま王立国教会の教義とか、宗教史にかかわる事実がディアーナとあたしに明かされた。
あたしがその事実に衝撃を受けていると、ソフィエンタは確信犯的な笑みを浮かべる。
「そういえば、あたしが神としての名を得たのは創造神さまが名付けたからなんだけど、なんでこの名前になったのかは知りたい?」
なんでそんなことを訊くんだろう。
というか、あたしはソフィエンタの分身なのに名前の由来を知らない。
例えばそれは王国で誰も知らないから、敢えて秘密にしたんじゃないのか。
あたしが知ってしまうと、いよいよ“関係者”だと確定してしまうわけで。
そこまで考えていると、ディアーナが口を開く。
「ぜひ教えてください薬神さま!」
「ちょっとディアーナ?」
「別に構わないわよ? 『人だったころの功績から"智を以て象るもの"ということで、お主はソフィエンタとなづけるのじゃ』って言われたの」
そう言って本人はニコニコしている。
ていうか躊躇なくしゃべったよこの本体。
その笑顔はどこか誇らしげですらある。
それはいいのだけれど、あたしは確認した。
「ソフィエンタ、ちなみにそれを知っている人間は、あたしとディアーナ以外には居るのかしら?」
「え、居ないわね」
「「…………」」
これはディアーナから国教会に言ってもらう方がいいんだろうか。
それともあたしが教皇様に伝えた方がいいんだろうか。
「別にあたしの名前の由来は、好きにすればいいともうわよ?」
「ずい分適当ね?!」
「なんなら、人間だった時の名前も教えるけど?」
「「…………いまは結構です」」
あたしはディアーナとアイコンタクトしてから、二人で言葉を捻りだした。
これ以上判断に悩む話は、保留した方がいいだろう。
ソフィエンタからは話が済んだということだったし、巻き込まれた形のディアーナも魔神さまと別途話をするそうだ。
あたしとディアーナは現実に戻してもらうことになった。
「ウィン、あなたのことだから大丈夫だと思うけれど、教皇君との話で困ったことがあるならいつでも相談してね」
「分かったわ」
あたしはソフィエンタに頷いた。
そして現実に戻ったのだけれど、目の前には笑顔のディアーナが居て、あたし達は寮の食堂で微笑み合っていた。
そういえば、なんの話をしていたのだったか。
確か――
『自分も王立国教会に同行した方が良かったのでは』とディアーナが言っていたはずだ。
あたしがそれは結果論だと言って笑ったのだったか。
あたしは一つ深呼吸してから口を開く。
「ええと、何ていうかディアーナ。これから色んな事が明らかになると思うわ」
「はい……」
「だから、そうね、プリシラを含めてみんなが大変な時は、助け合えばいいと思うの」
「ぜんぶ、分かってますよ、ウィンさん」
そうしてあたしはディアーナと二人で苦笑していた。
プリシラ イメージ画 (aipictors使用)
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