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08.その秘密の言葉が


 落ちつけあたし、まだ慌てるような時間じゃないはずだ。


 教皇様がどうやらあたしが巫女だということにボンヤリ気付いている。


 ソフィエンタによればどうやらそういう話みたいだ。


「いや、ちょっと待ってよソフィエンタ? あなた前にあたしに言ったわよね? 『あなたは自由に生きなさい』って?」


 まるで念押しするように言われたけれど、あれはミスティモントで母さんへとあたしが巫女だと説明してもらった時だった。


「そんなこともあったわね。それでどうしたいのウィンは?」


「どうしたいって言われても……」


 あたしは今の生活が気に入っている。


 キャリルを始め、友達と学院で過ごせている。


 学院では武闘派だとかいろいろ残念な評価はされているし、ときどき妙なことに巻き込まれている。


 それでも――


「あたしは、今まで通りの生活が送れればそれでいいわ」


「ホントに? 例えば王立国教会で薬神の巫女として認定されれば、聖セデスルシス学園で聖女候補扱いでお布施を貰いながら勉強が出来て、卒業後に何年か国教会の仕事をすれば聖女認定されると思うけれど?」


「でも……」


「いま言ったのは水神の巫女の場合の“前例”ね。そのコースを辿れば、あなたに響く言い方をすれば“一生ラクに生きられる”わよ?」


 ソフィエンタは可笑しそうにそう告げる。


 同席する魔神さまは興味深そうにこちらを窺い、ディアーナはなにやら心配しているような顔をしているか。


 たぶん、ソフィエンタはあたしが選び取る答えを分かっている。


 それでも問うのは、あたしに自覚させたいのか。


「あたしが求めるラクは、そういうのじゃ無いわよ?」


「そうなの?」


「だって……。ホントは楽じゃないし面倒くさいし大変だけれど、あたしが進みたい方向があるのよ」


「それで?」


「ええと、大変なことを大変なまま進むのってイヤなのよ。だからあたしは問うの、『どうしたらラクにできるんだろう』って」


「なるほど」


「それってヘンかしら?」


 あたしはソフィエンタをじっと見ると、満足したような表情を浮かべる。


「ヘンかヘンじゃ無いかでいえば、ヒトによるんじゃないかしら? でもあたしは同じことを選ぶけど」


 ソフィエンタの言葉にあたしは思わず息を吐いた。




「分かってて訊いてたのよね?」


「そりゃあたしは自分の巫女のことは把握してますから、その辺は本人の希望を優先するわ」


 あたしとソフィエンタのやり取りを窺っていたディアーナが、心配そうに訊いてきた。


「あの、結局ウィンさんはわたし達と学院に通うんですよね?」


「あたしはそのつもりよ。――やりたいことが一応あるのよ」


 あたしの言葉にディアーナはホッとした表情を浮かべるけれど、クラスから去る可能性を考えてしまったのだろうか。


 それでこんな表情を浮かべてくれるなら、ちゃんと話しておいてもいいよね。


「『やりたいこと』ですか?」


「うん。いま王国では魔法医療が主体だけれど、王家のローズさまが受けたように、世界には色んな治療法があるの。あたしは薬草から、魔法薬とはちがう薬を作りたいのよ」


「はあ……、魔法薬とはちがう薬ですか。さすが薬神さまの巫女ですねウィンさん!」


 ディアーナはそう言って感心してくれる。


「べつに巫女だからそうしたいわけじゃあ無いわ。でも……、学院から離れたらそれは実現できなくなると思うの」


「そうなんですか? いや、わたしはウィンさんと一緒に学院で過ごしたいですけど」


 焦ったような口調でディアーナは告げるけれど、たぶん半信半疑だからそういう反応になったんだろう。


 でも学院にはあって、聖セデスルシス学園には無いものがある。


「シンプルな理由よ。学院とブライアーズ学園しか、附属病院が無いのよ」


「あ、そういえばそうですね!」


「うん。薬の勉強や研究をするなら、病院が無ければ難しいと思うの」


 地球の記憶をもとにすれば、大学の附属病院の有無は薬学の学習には必須では無いだろう。


 でもそれは医療や薬学が充分発達している世界での話だ。


 あたしが暮らす世界では、魔法医療の影響が強すぎる。


 そんな中で薬の勉強や研究をするなら、医学の勉強をするということと同じだと思う。


「それでソフィエンタ、教皇さまにあたしがあなたの巫女だってバレたらどうなるのかしら?」


「どうとでも出来る、秘密の言葉を教えておこうと思ったのよ」


 そう言ってソフィエンタは、魔神さまとディアーナに視線を向ける。


「申し訳ないけれど、あなた達は秘密ということにして欲しいのだけれど」


「分かってますよソフィエンタ先輩」


「承知しました薬神さま。ウィンさんの邪魔をするつもりはありませんし」


 彼らの言葉に目を細めてからソフィエンタは告げる。


「その秘密の言葉が、『諮詢(しじゅん)の女神』になるのよ」


「ソフィエンタの異称ってこと? ええと――なんで?」


「細かい話をすると、王立国教会の密儀とか歴史に関わる話なのよ」


 あまり宗教的で専門的な話をされても分からないぞ。


「あたしで分かる話かしら?」


「ええ。シンプルにいえば大昔に、あたしが『薬神』を名乗ったときに、どういう神さまかを詳しく訊いた神官の子が居たの」


 つまり王立国教会の神官さんが、宗教的な情報を集めるためにソフィエンタに質問したのか。


「その答えが『諮詢の女神』なの?」


「そういうこと。当時使った言葉でいえば『マアトの女神』とも言ったかしら」


「『マアト』ってなに?」


「『諮詢』――ようするに『問うこと』を、古い言葉でマアトって呼んでいたのよ」


『……』


 たしかソフィエンタが使える『詢術(しゅんじゅつ)』は、『問うこと』で魔法のような効果を出せる技術だった。


「それってソフィエンタが『詢術』を使えるから、そう応えたの?」


 あたしの言葉に一拍おいてから、ソフィエンタは応える。


「まあね、そんな感じかしら。――だから王立国教会の、高位の神官以外には秘密とされる異称があたしにはあるのよ。それをあたしから聞いたことにして、あとは好きにしていいわ」


「ふむ……、え゛? 好きにしてって、どういうこと?」


「さっきあなた、『進みたい方向があるのよ』とか必死そうな目をして訴えてたじゃない? あのとき自覚したことのために、好きにすればいいのよ」


 そう言ってソフィエンタは手をひらひらと振る。


 そんなに必死そうな目をしていただろうか。


 していたかも知れないな、まあそれはいいか。


「要するに、『諮詢の女神』を名乗る薬神さまから、好きにしていいと言われたってことにしていいの?」


「その辺はちょっと工夫して頂戴? 少なくとも『魔法薬以外の薬』を説明に使えば、ウィンが邪魔されることは無いと思うわよ」


 そういうことなら少し考えてみるか。


 でもあたし的には気になったこともある。


「分かったわ。ところでソフィエンタ、あたしが薬神の巫女だと気付きそうなのは教皇さまだけなの?」


「今のところはそうね」


「それなら、教皇さまだけの秘密にしてもらうことにしてもいいかしら?」


「だから好きにしなさいって。ウィンは空気とか読まなくても、時流は読むでしょ?」


 微妙に失礼な言い方だな。


 とは言うものの、心当たりもあるので大きく否定できないです。


「分かったわよ。でもあたしが悪用する可能性は考えなかったの?」


「悪用? どんなふうに?」


「ええと、そうね。『薬神さまから王都で粉物(コナモノ)祭りを開けとお告げがあった!』とか言いだしたりとか」


 たこ焼きとかお好み焼きの開発を、お告げとして国教会に投げたらどうなるだろうか。


 あたしとしてはふと興味が湧いた。


 その様子を残念な子供を見る視線でソフィエンタが見つめてくる。


「好きにすればいいけれど……、教皇君は無詠唱で【真贋(オーセンティシティ)】を使えるわ。一瞬でウソってバレるわよ」


 マジか。


「――って思ったけど、まずは思いついたらソフィエンタに相談するわね」


「うん、そうして頂戴」


 ソフィエンタはニコニコと応える。


 あたしはどうやら選択肢が初めから限られているようだった。



挿絵(By みてみん)

ウィン イメージ画 (aipictors使用)




お読みいただきありがとうございます。




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