07.魔獣が来たみたいよ
あたしたちを乗せた馬車がダンジョン入り口付近にある街に着いた。
ダンジョンの地上部分は商家の物流倉庫や冒険者向けの商店が並び、ちょっとした街のようになっている。
街の入り口辺りにある広場で馬車を降りて武装を済ませ、あたしたちは舗装された道を進む。
あたしはいつもの短剣と手斧で、コウは刀だ。
キャリルはいつもの戦槌を【収納】の魔法から取り出した。
レノックス様は細剣を佩いているな。
「そういえば、弁当はどうしようか。あたしはギルドの冊子で地上部分の街で買えるってあったから、ここで買うつもりだったんだけど」
「お弁当ならわたくしが用意してありますわ。少し多めに用意しましたので、レノとコウの分もありますわよ」
「え、いいの?」
「キャリル、恩に着る」
「申し訳なかったね。今度ごはんをおごるよ」
「我が家の料理人に作らせたものですので気にしないで下さい。――忘れないうちにいま渡してしまいますわ」
そうしてあたしたちはキャリルが収納の魔法から出した弁当を受け取り、それぞれ仕舞った。
頂いたのは間違いないので、コウじゃないけどこんどキャリルに何か奢ろう。
あたしたちが街の奥に進むと、やがて大きな広場に着いた。
広場はごった返していて、冒険者だけでなく商人らしい武装していない人の姿も多くみられる。
「この奥がもうダンジョンの入り口があるのね」
「そうだ。あそこで入場料を払って木札を受け取り、入場のゲートでそれを渡せばいい」
視線を移すと冒険者ギルドの王都南ダンジョン前支部と書かれた石造りの建物があった。
「魔石はダンジョンを出るときにゲートで売る必要があるんだよね?」
コウがレノックス様に声をかける。
「そうだ。出口は真贋鑑定の魔道具がついたゲートになっていて、『魔石を保有するか?』という質問に対して『はい』か『いいえ』のボタンを押すようになっている」
「そのボタンで出口のゲートが冒険者を魔石買取口へと誘導するようになっているのですわね」
「魔石は王国の資源だからな、出口ゲートに監視員が張り付いている。王国は冒険者ギルドに委託して出口で回収させているのだ。過去には勝手に転移の魔道具を持ち込んで回避しようとする者も居たようだが、いまでは対策がされているようだ」
みんなと話している間にも何となく広場周辺の気配を探るが、意図的に気配を消している人間が何人かいるようだった。
こちらに害意は無さそうだったので、そういう冒険者か、あるいはレノックス様やキャリルの護衛役かと一瞬考えた。
だがそのうちの一人の気配に動きがあった。
あたしは黙ってレノックス様とキャリルをかばうように立つ位置を変える。
互いの表情がはっきり分かる距離に近づいてから、その青年は口を開いた。
「はじめまして! 僕はニコラス・サルタレッリって言うんだ。君がウィンさんだね! よろしくね!」
その人は初対面だった。
外見上の年齢は二十歳くらいだろうか。
だが、その頭部には尖った犬耳がピコピコ動いており、ズボンに穴でも開いているのか彼の背後ではモサモサの尻尾がブンブン左右に振られていた。
耳と尻尾が無ければ人間の普通の青年に見えるかも知れないが。
ともかく脊髄反射的にあたしは面倒ごとだと判断した。
「ええと、人違いだと思います。あたしたちこれからダンジョンに行くので、失礼します」
「え、でもその武装は例の流派だよね!? それに……ほら、カリオくんから手紙を預かってるよ! 紹介状を書いてくれたんだ!」
そう言って封書をあたしに差し出してきた。
仕方が無いので受取って、封を開けて内容にざっと目を走らせてから、あたしは思わず自分の額を押さえた。
「ええと、何が書いてあるんだい?」
横からコウが声を掛けてくれたので、黙って手紙を手渡した。
「ええと、なになに……」
手紙にはカリオの字で以下のようなことが書かれていた。
“すまないウィン。共和国大使館で風牙流を習ってるときに、フレディさんからニコラスさんに君たちのダンジョン行きがバレた。フレディさん経由でウィンに興味を持ってるらしい。フレディさんや俺では説得できなかった。フレディさんからは『肉壁にでも魔獣に突っ込ませるのでも通報するのでも好きにして欲しい』と伝言されている。ニコラスさんは武官で風牙流宗家の親戚筋だから身元は確かだ。うまくあしらってくれ。カリオ”
それを読んださすがのコウも苦笑しながら数瞬固まっていた。
手紙がキャリルとレノックス様に回し読みされている間に、あたしは再起動した。
カリオは後でシメよう。
「そういうことでしたら、わたくしたちにダメ出しをしてもらうのはいかがですこと?」
「そうだな。武官だというなら実戦経験もあるだろう。オレたちのダンジョン攻略で気になる点を探してもらおう」
どうやらキャリルとレノックス様はニコラスを同行させることにしたようだ
冷静だなこの二人は。
あたしは大きくため息をして、ニコラスに告げる。
「そういうことなら分かりました。でも、あたしたち今回ダンジョン初挑戦なんです。鍛錬も兼ねてますから、手を出さないでくださいね」
「うん! 分かったよ!」
尻尾が凄いブンブン振られてるな。
あれ、何かの動力に使えたりしないかな。
以前フレディから聞いた話だったか、風牙流宗家は狼獣人のはずだけど、雰囲気はイヌ獣人という感じだ。
標的があたしで無かったら、フレンドリーな好青年に感じたりするのだろうか。
「ところでウィン、フレディさんて誰なんだい?」
コウが何やら興味を持ったようだ。
「ああ、ミスティモントで母さんと一緒に賊に対処するときに一緒に戦った武官の人よ」
「へえ。その話聞かせてよ」
「そのうちね」
キャリルが攫われた事件だし、話すなら落ち着いて話さないとね。
その後あたしたちは入場料を払いに移動した。
目の前に広がる光景は、草原地帯だった。
下調べしておかなかったら、とてもダンジョンの中と思えない。
ところどころ林も見られるが、道になっているところ以外は様々な草が生えている。
後ろを振り返れば石造りの地上につながる階段の入り口部分がある。
入り口部分は草原の中にポツンと置かれた巨石製の門枠になっていた。
間口は地球換算で五メートルほどはあるだろうか。
高さも同じくらいなので、入口の形は正方形に近い。
ダンジョンの入門書で読んだが、出口も似たような形らしい。
こちら側から入口の中を見れば、照明に照らされた通路の奥の方に上りの階段が見られる。
横を歩いて回りこめば入り口部分を反対側から見ることができるが、視界に映るのは最初に見た草原の光景だった。
「不思議よね」
「そこを通り抜けても身体に異常は無いらしいぞ。あと、入口の脇を通って奥に行こうとしても、いつの間にか入り口を踏み出た位置に戻っているそうだ」
「魔道具にしても、不思議な技術ですわ」
「確かにね……それに外が秋なのに、ダンジョンの中がこんなに青々としていると、違和感があるね」
「あたしも同感ね」
「丈の長い草などから魔獣が出てくるかもしれませんし、気を配りながら参りましょう」
「そうだな」
周囲の気配は探っているので、魔獣相手なら奇襲される危険はほぼ無いと考えている。
それでも万が一があると嫌なので、あたしは薄く内在魔力を循環させながら移動する。
その様子を見てニコラスがニコニコしているが、できるだけ気にしないことにする。
「さっそく居るわね。向かって道沿いの右手のあの林に、手前に三体魔獣の気配があるわ。大きさからすると魔獣化したウサギ程度とおもう。そこから道沿いに少し進んだところで同じく右手の林の中に魔獣化した鹿か大き目の山羊くらいの気配が一体あるわ」
手前の三体まで百メートル、奥の一体まで三百メートルくらいか。
「手前の三体から敵意を感じますわ」
「陣形は打合せ通りで行くぞ」
「「「了解」ですわ」」
この四人では、前衛をキャリルとコウにして、後衛をレノックス様に置き、あたしは中衛か遊撃にさせてもらった。
レノックス様には魔法をメインに使ってもらうことになっているが、竜魔法のほかには水属性の魔法が得意であるらしい。
林まで二十メートルくらいまで近づいたところで魔獣が飛び出した。
予想通りというか、ツノウサギというウサギの魔獣だ。
ウサギと言いつつ雑食の魔獣だから肉とか食べるんだよなこいつら。
まず慌てることもなくキャリルが前に出て二体を順に戦槌で叩き潰してその場に釘付けにし、残る一体をコウが斬り捨てる。
その直後にレノックス様が水属性魔法の【氷結弾】でキャリルが叩いたうちの一体にとどめを刺す。
同時にあたしが魔力を通した手斧を、回転させながら投げつけて残りの一体の頭部を叩き割り、投げた手斧を魔力操作で手の中に回収した。
「こんなものだろう」
「戦闘は問題無いわ。魔石とツノを回収するけどどうする? たぶんあたしがやったほうが早いと思うけど」
「いいえウィン、わたくしたちも手を動かして慣れるべきですわ」
「分かったわ。奥の一体に注意しながら周囲を警戒するから、三人に頼んでいい?」
あたしの言葉に、キャリルとコウとレノックス様は頷いた。
そうしてツノウサギからの魔石とツノの採取をキャリルたちに任せた。
ツノは売るためで、工芸品などの素材で需要があるらしい。
魔石はどの魔獣もおおよそ心臓の近くにあるので、肉を開く必要がある。
ちなみに魔獣の討伐については、冒険者登録証が魔道具になっているので自動集計してくれるようだ。
討伐した人の近くに居れば自分も加算される場合もあるみたいなので、ズルするテクニックもあるらしい。
でもランクアップには適性ランクの魔獣の討伐部位を提出する必要があるので、あからさまなズルは冒険者から買うなどしなければ防げるようだ。
冒険者から買ったら、あとで『ズルをばらす』と脅迫されるリスクがあるようだし。
倒したあとの死体は、ダンジョン内に数十分放置すれば【分解】のような効果の魔法が発動して消えるという。
そもそも【分解】の魔法が、ダンジョンの現象を研究して開発されたみたいだけど。
「血の臭いで次の魔獣が来たみたいよ」
やや距離があった奥の一体が近づいてきていた。
三人とも作業は終えていたので、次の戦闘に備えた。
戦闘と移動を繰り返して、あたしたちは入り口から一番近い牧場にたどり着いた。
雇われた冒険者が警戒をしているので、牧場の周辺は休憩スペースになっているようだ。
「少し休憩するわよ」
あたしたちは牧場の建物の近くで腰を下ろす。
「ここまでのわたくしたちはいかがです?」
キャリルがニコラスに尋ねていた。
「充分安定していると思うよ。強いて言うなら、今回の探索はウィンさんが警戒してくれているけど、斥候役が居ない場合の奇襲への対処を将来的には考えてもいいかな」
「ふむ。それならここからはウィンの警戒はなしにするか?」
「だめよレノ。あたしの鍛錬も兼ねてるんだから、少なくとも今回はこのまま行くわよ」
「そうだね。ボクもウィンの意見に賛成かな」
コウもあたしの意見に賛成してくれた。
その後、実戦での細かいコツなどをニコラスに訊きながらあたしたちは休憩した。
レノックスイメージ画(aipictors使用)
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