08.精霊魔法への対抗
王都南ダンジョンの最初の階層を、時おり魔獣と戦いながらあたしたちは進んだ。
草原と林が広がるその光景は長閑だけど、遭遇する魔獣は身体の大小に関わらず攻撃的だ。
山羊やウサギの魔獣であるとか、ゴブリンやらスライムやら猛禽類の魔獣などに対処しながら移動する。
最初の階層であるし、戦闘ではイレギュラーも起きない。
亜人であるゴブリンから魔石を取り出すのは、画的に多少グロかったけれども。
あたしたちは順調に進み、途中のダンジョン内の牧場に立ち寄って休憩したり昼食をとったりした。
このまま順調にすめば、多少ハードなハイキング位の感覚で今回は終わりそうかな、などと考えていた。
だが、二階層目に通じる出口も近づいたころ、異変があった。
肌がひりつく様な嫌な予感をあたしは感じた。
「レノ! 竜魔法で防御して! 今すぐに!」
「【竜鱗】」
あたしへの返事の代わりにレノックス様は防御の竜魔法を展開してくれた。
その直後、ニコラスを含めたあたしたちを半球形のドームが覆うと、そこに魔法攻撃が幾つもぶつけられた。
攻撃があったのは、あたしたちの進行方向の背後からだった。
「風属性の魔法攻撃だな」
レノックス様が淡々と告げる。
魔法の発射地点付近を見ると、ワンピース姿の女性のようなものが四体いた。
だがその姿は風属性を表す黄色い燐光を放ち、全身が透き通っていた。
「ありゃりゃ、風属性の精霊魔法だね」
ニコラスがポツリと告げるが、その表情からは先ほどまでの親しみやすさが消えていた。
「精霊魔法ですの?」
「そうだね。自然界に存在する精霊を呼びつけて、環境魔力を使う魔法だよ。僕の国が本場だけど、一人で出せる精霊がだいたい四体くらいだね。――まだ使用者が隠れているなら探さないといけないけど」
「レノ、この防御はどの位維持できる?」
コウがレノックス様に問う。
「環境魔力を使うから魔力切れは無い。根競べなら、オレが集中力を維持できるのは大体一時間くらいか。……気合を入れればさらに三十分くらいはいけるな。あとは、移動しながらの発動は今のオレには出来ない」
さて、ここからどうするか。
そう考えるあいだも周囲の気配を探り続けるが、突然四体の精霊がバラバラに切断されてから霧散する。
その直後に、半球型のドームの外に冒険者のような装備をした男たちが四人現れた。
直前まで小動物のような気配があったけど人間だったか。
反射的にレノックス様を除いたあたしたちが構えをとるが、レノックス様が叫ぶ。
「味方だ! 彼らは王家の手勢だ」
確かに、突然現れた四名はあたしたちの方ではなく、精霊のいた方に向けて素手で構えをとっている。
両手の平は握りこんでいないが、格闘術を使いそうだ。
「いま魔法を組み替えて、味方を通過できるようにした。入れ!」
あたしたちは彼らに構えをとったままだったが、四人の男たちはドームに入ってきた。
その直後に彼らはレノックス様の前で片膝をついた。
そのうちの一人の顔は、あたしは過去に見たことがあった。
たしかウォーレン様のお客様としてミスティモントで見かけたはずだ。
あたしは構えを解いたけど、同じタイミングで皆も自然体に戻った。
「状況を説明してくれ」
レノックス様に促されて、ウォーレン様の館で見た青年が口を開く。
「は。現在、この階層からの魔法による通信が何らかの手段で阻害されております。階層の入口と出口方向に向けて伝令を走らせました。現在地周辺を探索しましたが、術者を確認できませんでした」
「ご苦労。そうなると援軍待ちか」
「僕から提案がある」
ニコラスが告げる。
「何だろうか」
「共和国には精霊魔法への対抗手段がある。だから僕が術者を特定して、これを排除する」
「その対抗手段はオレたちには教えてもらえないのか?」
「駐在武官としての権限では、手段の伝授は許可できない」
ニコラスの言葉を聞いて、ウォーレン様の館で見た青年が手を挙げた。
「発言を許す」
「は。武官殿を疑うわけではないが、失敗した場合リスクが大きいです。加えて、武官殿が死傷した場合外交問題になりかねません」
「やはり、援軍待ちが無難か」
「僕は援軍到着後に伏兵による精霊魔法の飽和攻撃があった場合、被害が拡大する可能性があると思う。その場合、精霊魔法であることを理由にして、二国間の軍事上の問題に発展する可能性を懸念する」
「……確かにな」
「従って、先ほどの指摘については、解決案を述べよう。幸いにもこの場に居る彼女ウィン・ヒースアイルさんは月転流伝承者だ。共和国獣人閥は、月転流に大恩がある。これは我が国の建国に関わる恩で、僕の血よりも重いものだ」
そこまで無表情に告げたあと、ニコラスはあたしに視線を移して微笑む。
「従って僕は、彼女のみに精霊魔法の対抗手段を伝達することを、一人の狼獣人として認める。二名の体制で精霊魔法使いを探せば、隙を減らせると思う」
あたしは全力で巻き込まれるのか。
でもそれでみんなを守れるなら、断る理由は無いけど。
「そうか。…………ふむ。――ウィン、武官殿の手伝いを頼めるか?」
レノックス様のサファイアブルーの瞳があたしに向けられるが、その奥にあるのは信頼のように感じられた。
「任せて」
「よし、彼らのバックアップに二名つけ。何としても彼らを護れ。他はここで警戒しろ」
『は』
「それじゃあ、ここで風の魔法で防音をしてからウィンさんに伝達するよ」
「分かった。問題無い」
どうやら風属性の魔法は竜魔法と干渉するようなことは無いようだ。
直後にニコラスは無詠唱で【風操作】を使い、あたしとニコラスを囲むように防音壁を作った。
そのあと自身の口元を手で覆って、内緒話をするように方法を教えてくれた。
「風牙流も月転流も属性の魔力を技に使う上に気配の察知や遮断を良く行う。だから皮膚感覚で魔力を把握できるよね。精霊はこの皮膚感覚で把握できるんだ。その魔力の皮膚感覚が強い方へ辿っていくと術者を特定できる。精霊魔法の使い手は独特の気配があるんだ。魔法を使っていなくても気配を読むのに集中すれば分かるよ」
あたしも口元を覆って聞く。
「【魔力検知】の魔法では探知できないんですか?」
「精霊は環境魔力そのものだから、単純な魔力検知の魔法では追えないんだ。専門的には方法があるらしいけど、今のメンバーでは無理だね。でも、月転流なら風牙流と同様、気配察知に意識を向けると精霊魔法の使い手の気配を察知できるよ」
「……仕組みとかを訊きたいけど、分かりました」
「仕組みは僕も詳しくないけど、『精霊の感知は魂に近い部分の魔法認識に関わる』と故郷で聞いたことがある。あともし、王国からいまの内容を教えるように言われたら、月転流の上役か僕らに相談してね」
「はい」
「以上だよ」
そこまで話してからニコラスは防音壁を解いた。
「僕からの説明は完了したよ」
「分かった。――お前たちのサポートに付く者だ、自己紹介を」
そう告げてレノックス様は二人の青年に視線を向けた。
「は。わたしはロッド・フォックスだ。ロッドと呼んでくれ」
「私はショーン・スミスだ。ショーンと呼んで欲しい」
改めて観察するが、ロッドはやはり過去に会っているな。
「二人ともよろしくお願いします。ロッドさんはウォーレン様のお屋敷でお会いしていますね」
それを聞いたロッドは意外そうな表情を浮かべた。
「『八重睡蓮』殿は記憶力もいいんだな。うちに欲しいくらいだ」
「……月転流は引き抜きお断りなので、ご勘弁を」
「ふむ。――武官殿、先ほど血の重さの話をされたが、我々の身は血の一滴まで王国のものだ。それゆえ、受けた命令に従って全力で助力すると王国の旗に誓う」
「ありがとう。王国の誇りに感謝を」
「一つだけ武官殿に頼みがある。情報が欲しいので、精霊魔法の使い手は生かして捕えて欲しい」
「分かった。僕たちにも後で情報を回して欲しい」
「善処する」
そうしている間にも外では風の精霊が再度現れ、レノックス様の防御魔法のドームを魔法で攻撃していた。
あたしはキャリルとコウの方を向くが、硬い表情をしている
「キャリル、コウ、ちょっとばかりお使いに行ってくるよ」
「ウィン、ボクも……」
「コウ、あなたの実力はある程度把握しているけど、だからこそキャリルと連携してレノックス様を護って。いきなりこんなことになったけど、まずレノとキャリルを護らなきゃ」
コウはあたしの言葉に深くため息をついて、口を開いた。
「――この刀にかけて護ると誓うから、こちらは心配しないで」
そう言ってコウは困ったように微笑んだ。
「うん」
「ウィン、お使い程度、早く片付けて帰ってくるんですのよ」
「分かってるよ」
「早く帰ってこないと、『八重睡蓮』ですか? 以前も聞いた言葉である気がしますが、何の話なのかを詳しく訊いておきますわよ」
「うげっ……。まあ、行ってくるわ」
あたしは右拳をキャリルに突き出すと、黙ってグータッチしてくれた。
視線をニコラスに移すと、ロッドが彼に話しかけている。
「移動速度はそちらの方がやや早いだろうが、わたしたちはどこまでも追跡できる。気にせず全力で先行してほしい」
「分かったよ」
「味方はこの防御魔法を素通りできるから、好きに動け」
レノックス様があたしたちに告げた。
「それじゃあ、とっとと済ませましょうか。攻撃を受けて無い方から出て、まずは精霊をぶった切りましょう」
あたしがそう言うと、ニコラスたちは頷いた。
「どっちが速いか競争だね。ウィンさんに合わせるよ」
ニコラスがご機嫌そうに告げるが、仕事モードだろうか目は笑っていなかった。
いやまあ、競争でもいいんだけど。
あたしは内在魔力を循環させ、身体強化や反射速度強化、思考加速、隠形などを発動してレノックス様の防御魔法を飛び出した。
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