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2-1 推しのためなら労働も喜び

二章開始です。よろしくお願いします!

※6/24改稿しました。

 ルトアシアの石畳を進む足取りは軽く、薄いすみれ色のワンピースが風に揺れる。長い黒髪もハーフアップにして動いても邪魔にならないように整えてもらった。


(マーサに選んでもらって良かったわ。とっても素敵で気分が弾んじゃうわね。お礼はこんどタチアナとアスコットに相談しましょう)


 町中の商店街に差し掛かるとさすがに人通りが増えてきた。こういう時、普段は付き人と離れないよう気を遣いながら歩く。しかし今日は一人、身軽だ。


 自分で決めたことなので付き人をつけて働くわけにはいかないと、ルトアシアは付き人の申し出を断って一人でやって来た。さすがにアスコットが「お守り」として渡してくれたペンダントは断らなかったが、幸いにもこの国の治安の良さは他に類を見ない。そのおかげでこの国の女性の就業率は他国に比べて高く、こうやってルトアシアが一人で歩いていても全く目立たない。


(近寄ったらいけない地域は前もってアスコットに教えてもらったし、一人で歩くってこんなに身軽なのね。それに、こうして一人で歩いていると自分が王女であることを忘れてしまいそう……)


 ルトアシアは建物の隙間から覗く空を見上げた。

 魔界にいたら絶対にあり得ないことをしようとしている自分に罪悪感にも似た感情が心をよぎる。


(魔界を飛び出して、一人で働くなんて王女として許されることじゃないのはわかっているわ。私がこうやって過ごせているのも私だけの力じゃないことも……。でもチケットを買ったり、お手紙を出したりするだけじゃなく、間接的でも私自身がグレーヴ様の助けになれる機会があるなら私はそれを逃したくなかった)


 ルトアシアは足を止めた。すれ違う人が驚いたようにルトアシアを避け、その拍子に生まれた風が頬を撫でていく。


(もしかしたらお会いできるかも、なんて下心が全くなかったわけではないけれど、少しでもグレーヴ様のいるトロピカの力になりたかった。時間の流れの違う人間界で、グレーヴ様が生きているうちに……そう、それだけなの!)


「――よしっ!」


 ルトアシアの威勢のいい掛け声に道行く何人かが振り向いたが、特に何もない事がわかるとまたすぐに歩き始めた。


「考えている時間がもったいないですわね。さあ、働きましょう!」


 きゅっと前を向いたルトアシアは、弾みをつけて郵便局へ再び歩き出した。


 相変わらず郵便局はにぎわっている。

 窓口を見ると、ルトアシアをトロピカに紹介してくれたあの男性が業務にあたっていた。


「こんにちは、おじ様! 劇団トロピカの荷物を受け取りに参りました」


 ルトアシアが声をかけると初老の男性はおや、と不思議そうな顔をしたが、ルトアシアの姿を認めると笑顔を見せた。


「おや? そうか、ヘイルに雇ってもらえたんだね」

「おじ様のおかげですわ! ここでおじ様にお会い出来なかったら絶対に仕事を見つけられませんでしたもの。まさに運命的な出会いでしたわ。本当にありがとうございました」


 ルトアシアに感謝の言葉を告げられると、男性はポリポリと頭を掻きながら照れくさそうに笑った。


「その『おじ様』って言うのはなんだかくすぐったいねぇ。ジェイでいいよ」

「ありがとうございます、ジェイおじ様」


 ジェイと名乗った男性は不意を突かれたように驚いた顔をしたが、すぐに楽しそうに声を上げた。


「あっはっは! まったく、お嬢さんにはかなわないね。それじゃ初仕事をお渡しするよ。ちゃんと届けておくれよ」

「はいっ! 記念すべき私の初仕事ですもの。責任をもって届けます!」

「気を付けてな」


 そう言ってジェイはルトアシアに荷物や手紙を手渡した。


「運命っていうのはあるんだねぇ。頑張りな、お嬢さん」


 目を輝かせながら荷物を受け取ったルトアシアの背中をジェイは微笑ましく見送った。


 §


 アスコットの部屋は相変わらず薬草の匂いと安定した魔力で満ちていた。


(『魔力が乱れないよう、常に己の心を一定に保つこと』……か)


 父が生前良く言っていた言葉だ。

 魔力を持つ者は感情で力が上下しやすい。急な感情の変化は魔力の暴発に繋がる。それに魔力が乱れた場所は魔力を持つ者には不快な場でしかない。


 アスコットは何とは無しに机上に並んだ小瓶を手に取った。淡く光を放つ小瓶にはアスコットの魔力が込められた液体が入っている。アスコットは魔力を込めた薬を作っては、病に苦しむ人々の力になろうと試みていた。


(でも、どうやってもこの国の人の中からは魔力や魔術は怖いものだという意識が消えない。僕そのものも怖がられてしまうことが多い……。偏見を消すには、やっぱり地道に成功を重ねていくしかないのかな……)


 ぼんやりと思いを巡らせていると、部屋の空気がわずかに揺らいだ。


「はぁ。まったく熱心ですこと……」


 揺らいだのは空気ではなく、均一に保たれていた魔力だった。アスコットの視線は揺らぎの原因である水晶に向けられた。

 水晶にパチッと光が跳ねると、薄氷色の髪の男性の姿が映し出された。ルトアシアの父、魔王イグナスだ。


「アスコット、ちゃんと持たせただろうな」

「はいはい、陛下のご指示通りちゃんと持たせましたよ。違う働きの術をかけるようになんて、そんな無茶をよく指示できましたね。楽しかったんでいいですけど……」


 イグナスが言っているのは朝にルトアシアに持たせたペンダントのことだ。万が一、ルトアシアが魔術を使ってしまわないように、魔力封じの特性を付与した宝石をつけてある。さらに魔力を吸収する力がルトアシアに悟られないよう、カモフラージュとしてアスコットの手でわかりやすい防護術がかけられた。


 魔界の王女であるルトアシアが、簡単にこちらの国で暮らせるわけはなかった。ルトアシアがアスコットの屋敷を訪れ、「こちらで暮らす」宣言をしたその日のうちに、アスコットの元にイグナスからの使いが訪れていた。

 イグナスとはルトアシアを通じ、下手な親戚よりも顔を合わせる間柄だ。つい「ルトアシアの父」という認識で話をしてしまうが、魔界の王であるイグナスは、こちらの国の重鎮たちがヘコヘコ頭を下げる存在なのだ。


(とは言っても、結局は姉姫様たちや王太子殿下に説得されて、僕に『ルティを頼む』って言ってくるような、娘に激甘な父親なんだけどね……)


 それにこうやってこっそり様子を窺ってくるあたり、この魔王はよほど末娘に嫌われたくないらしい。重鎮たちを前にふんぞり返ってる姿からは想像できないと、アスコットはぼんやりと水晶を見つめていた。


「ふっ、お前もなかなか白々しい坊主だ」

「何がですか」


 イグナスの含みのある言葉に、アスコットはしらばっくれた。


「何かを()()ことに関しては、お主に適わないな」

「……何のことか解りかねますね」

「ふんっ。お前も昔から難儀な奴だ」


 アスコットは水晶の向こうにいるイグナスに、涼しい顔をして答えた。イグナスはアスコットの答えに再び鼻で笑ったが、すぐに難しい表情に戻った。


「しかし、王女が人の下で働くなど、リュカが聞いたら卒倒してしまう……」

「あれ? でもリュカ様は帽子屋で働いていたって聞きましたけど?」


 ルトアシアの母であり、イグナスの妃だった故リュカ妃は爵位も何も持たない平民だった。

 兄と共にごく普通の帽子屋の売り子をしていたリュカを、お忍びで店を訪れた当時王太子だったイグナスが見初めたエピソードは、魔界と通ずる者なら誰でも知っている有名な話だ。


「それとこれとは話が違う! ルトアシアは生まれながらの王女だぞ。国のため王女としての責務をこなす前に、誰とも知らぬ馬の骨のために働くなど……」

「あ、またそんなこと言って。そんな言い方をしたらまたルトアシア殿下に怒られますよ」


 アスコットの言葉にイグナスはハッとした表情を見せた後、じわじわと苦虫を噛み潰したような顔に変わっていった。


「ぐぬぬ……とにかく、頃合いを見てルティをこちらに帰してくれ。それでなくてもあの子の仕事が溜まっているのだ! それとアスコット、いいか。()()だけは絶対に出させるなよ。魔力封じを外させるでないぞ」


 イグナスが言いたいだけ言うと、ブツンと音を立てて水晶玉の光が消えた。イグナスが魔力を止めたのだ。


 水晶玉の魔力が完全に消えたのを確認すると、深く息を吐きながらアスコットは椅子の背もたれに身を預けた。


「仕事っていうけど、どうせ見合いだろ。ほんと、かわいそうなルティ。それに『あれ』じゃわかんないでしょ。ちゃんと“黒猫”って言わないと、ねぇ陛下……」


 誰に聞かせるでもないアスコットの小さな呟きは安定した魔力の中、そのまま宙に溶けて消えた。

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