環 涼風
「涼風、お前に良き縁談が来ていてな。近々見合いを執り行う――相手は、かの大郷司家の跡目である」
「大郷司家――。分かりました、お父様…。その見合い話御受け致します」
旗本とはいえ、今や落ち目の環家。
御家立て直しの為、断れる筈もなく、私が役に立てるなるならと覚悟を決めた。
これで少しはお父様も私を――。
「うむ…、そうか――しかし、それには条件があってな…」
「条件…、ですか?」
「――実はな、大郷司の跡目というのは女なのだ。お前と同じ女学に通う一人娘で、名を万千という。知っているか?噂の絶えん娘で、良い噂はまるで聞かん」
「大郷司家の令嬢――私は女性と婚約するのですか?」
「そうだ。故にお前は女を捨て、これからは男として生きていけ――それが相手方からの婚約条件だ」
女と結婚する為に女を捨て、男として生きる。こんな屈辱はない。
私は父を、大郷司家を、私を憎んだ。
何故私が女で、何故この家の一人娘に生まれたのか。
何故私は男に生まれてこなかったのか――男であったらこんな思いもせずに済み、もっと自由に生きられた筈。
女にさえ生まれてこなければ、父に認められ、母にも苦労を掛けず済んだだろう。
それなのに、女を捨てる事がこんなにも悔しいだなんて思いもしなかった。
――そして当然の如く、私の行き場の無い憎しみは、大郷司万千に矛先を向けるしかなかった。
御家安泰に託け、自由奔放に振る舞う彼女の噂は私の耳にも届いており、そんなじゃじゃ馬娘に、私の全てを奪われると思うと殺意さえ覚えた。
彼女だけじゃない、目に入る全てのものが妬ましく、羨ましく、恨めしかった。
御家の為、自由を捨て、女を捨て、それでも生きる意味は一体――。
私は悩み、苦しんだ。私は家の為に生きているのか、父に認められたくて生きているのか。
しかし、それも事実でもあった――。
だからか、私は大郷司万千と刺し違えてでも女でいる事を選んだ。
私の為、私の存在の為。それしか考え付かなかった。
夏休みに入り、見合いの日取りが迫ったある日。私は大郷司家に討入りすることを決めた――。
――あの日は、八月だというのに肌寒い夜だった。
母の白い喪服に身を包み、蔵に在った小刀を帯に挿し、気付けば大郷司家の屋敷前まで来てしまっていた。
「嫌に冷えると思ったら、貴女の所為だったのかしら――私の国のゴーストとは少し違うわね」
「伴天連?――」
大郷司邸の裏門から出て来たのはハイネさんだった。
私はその時、初めて彼女と出会った。




