浮遊走
――それから私達は、灯りを用意し、床に開いた地下へと続く階段を降りる事にした。
お誂え向きな隠し部屋。話に聞いていたそれなら、この階段は隠し部屋へ繋がっている。
そしてそこに夜音が――。
しかし私には一抹の不安があった。
五十年、ゲーテさんはそこに閉じ込められという。
そんな所に入っても良いものか。
唯、ゲーテさんの時とは違い、今日私は一人ではない。仮に私に何かあったとしても誰かが助けてくれるだろう。
そう願いたい。
床に開いた地下へと続く階段は、灯りを用意したにも関わらずまるで先が見えない闇であった。
それは恐怖でしかなく、誰も降りようとはしなかった。
「何をしているの?おとめ、早く行きなさい――」
「環こそ、お先にどうぞ」
「待て、何があるか解らない。誰か一人残そう――」
言われてみればその通りであった。しかし、その一人の決め方がおかしかった――私が行く事が前提であったのだ。
そりゃあ、私だってここまで来たのなら行きたいが、どうしてもって程ではなく、夜音が居るなら私だろうと、端から決めつけなくとも――。
結局、環が一人残る事となり、何故か私が先頭で降りる事に成った。
「――いっ、行きます!」
灯りを持つ私を先頭に降りた階段は、灯りがその一つしか無いとはいえ、自分の足元がかろうじて見える位暗く、その先が見える筈もなかった。
怖い――暗闇が怖い。幼稚な感想だが、そうとしか言えない。暗闇が、闇が怖い。
震える私に、唯一の救いだったのは、ハイネさんの手が私の両肩に乗っている事だった。
ゲーテさんはこんな所を一人で降りるなんて――。
私は一歩ずつ、そこに次の段がある事を確かめながら、恐る恐る足を出した。
踏み外さぬ様ゆっくりと――。
次の瞬間に崩れ落ちないか、闇の中から突然何かが現れない事を願いながら。
――次第に闇や階段に慣れて来ると、今私は階段を真下に降りているのか、それとも曲がったり廻ったり、まさか昇ってはいないだろうが、それすら分からなくなっていた。
自分がどれだけ歩いたのか、降りてからどの位経ったのか。それも分からない。
――とても疲れた。まるで何時間も歩いた様な、それどころか実際には五分と経っていないのかもしれない。
――っと。気がおかしくなりそうに成った矢先、その扉は突如現れた。
目の前に現れるまでその存在に気付けない程突然で、驚くというそれではなかった。
鉄の扉――。
見る限り重そうであり、見る限り開きそうもなかった。
「――開きそうか?」
扉の前、呆然としていた私は我に返り、それが扉である事を思い出した。
そして私は扉を押した――。
――扉は見た目とは裏腹に驚く程軽く開いた。