久しいか
――米屋のお婆さんは、握り飯の代金を受け取らなかった。
唯、美味しそうに食べる環を見て、とても喜んでいた。
それはそれで良かったのだが、一体何故、見も知らぬ私達にそこまでしてくれたのだろうか?
私には理解出来なかった。
それからは、無言で環に付いて行く事しか出来なかった。
彼女も一言も話さず、私もその事には触れず、仕様が無かった。
私達以外乗客の居ないバスに、環とは席を離し、一時間程揺られ、終着駅から徒歩十分。
「ここよ――」
――私達は『自由文化学園』に着いた。
「ここが――自由文化学園」
見覚えの有る校門、走馬灯と同じだ――初めて来た場所なのに、初めてではない感じ。
まるで夏休み明けの、久しぶりな登校の様な、帰って来た様な。
しかし、校門は閉ざされ、生徒達の姿などは見えなかった。まだ春休みなのだろうか、来る日取りを間違えたか。
「おとめ!これ――」
環の一声に驚いたが、もっと驚いたのは、彼女の視線の先に有ったものだった。
そこには――校門に取り付けられていたであろう、学園の校名が取り外され、軍需工場である事を示した立て看板が立て掛けられていた。
「何よこれ!――」
難しい漢字に、達筆な筆遣いで全ては読めないが、その看板には確かに軍需工場と書いてある。
それじゃあ、学園はどうなったの?自由文化学園に一体何があったの?
――『自由文化学園』は軍需工場に成ってしまったの?
夜音――。雷鳥先生、朴さん。彼女等は無事なの?何故こんな事に。
「環――何がどうなっている?な、何で…」
「解らない――唯、私達がこの場所に居る事は余り良いとは言えないわ。周りを探りましょう」
何も理解出来ずにいた私達は、学園の周りを歩く事しか出来なかった。
自由文化学園とは女性解放運動組織『真・婦人協会』が創ったもの。
ならば『真・婦人協会』は――いや、だからだろう。彼女達が女性解放運動家だからこんな事に。
仲が悪いとはいえ、女性解放戦線『新しい太陽』はこの事を知っているのだろうか?
もし知っていたら…。だからといって無関係ではいられないだろう。
私達は歩きながら様子を窺っていたが、特に変わった様子は見られず、勿論の事女学生は見当たらず、人の姿も見えなかった。
――しかし程無く歩き、私達が最初に見た校門が正門だとすると、その反対側裏門へ近付いた時だった。
何か怒号の様な、何を言っているかは解らないが、大勢の人の声が聞こえて来た。
まさか女性解放運動が――と思ったが、その声は男性のものの様だった。