なみだ
彼女は声に反応して動き、私は息がある事にほっとした。
しかし、魔女の体とはいえ、彼女は魔法が使えない。
魔法で跳ね返されたそれを受け、何故彼女は無事だったのだろうか。
見る限り怪我一つない。
むしろ、肌艶が良く、若々しい。
まるで若返ったかの様な――不老不死。
これが魔女の血の力。
「…八乙女さん。私はこの時を待っていたわ。貴女の様な魔女が現れるのを――今の貴女なら、魔法を使えるようになった今なら跳ね返せるわ」
「貴女、何を言って?」
「貴女の走馬灯、見せてもらうわね――」
「――!」
「さようなら――」
その瞬間彼女の動きが、いや世界の動きが、時間が止まったかの様に遅くなった。
あの時の様に――これは、私に魔法が戻ったからだろうか。
動きの遅い世界の中、ゲーテさんが持っていたそれは、私に向けられており、目の前にあった。
今にも指が握りこまれそうで、呆気に取られていた私は、この近距離では避ける事も出来ずにいた。
考える猶予も無く、刹那、私はそれを唱えざる負えなかった。
『チェスト』と――。
――暗転。それは、走馬灯等と呼べぬ代物だった。
暗黒。
彼女の話に聞いていた、暗黒の部屋に閉じ込められた五十年。
それが彼女の走馬灯だった。
暗黒の中、自分の体が闇を漂っているかの様な感覚。
それは恐怖と孤独と絶望だった。
とても正常ではいられない。そんな所に彼女は五十年も…。
私はそれをどの位見ていただろうか。数秒数分、何時間、何日、何年。
もしかしたら、五十年分。
確かなことは分からなかったが、五十年ですら止まって感じた――。
パーーンッ!
――破裂音。
私はその音で目を覚ました。
目覚める前と変わらぬ光景。私の体は何の変化も無いようだった。
ゲーテさんの放ったそれは、私には当たらなかったらしい。
「一体何が――」
「見な――どうやら、貴女はまた、魔法にかけられたな」
「え!?――」
そこに居たのは、今まで私の目の前に居た筈のゲーテさんではなかった。
しかし、その人物を私は抱えており、彼女の手にはそれが握られていた。
そこに居たのは、見た事の無い高齢の女性だった――そしてその老いた女性は、何故か涙を流していた。