27.新米ちゃんも憂鬱だ
《三月十日土曜、陽が傾く前》
寺町、蒸し風呂屋中庭。
マルテと客たちが果物など齧って談笑している。
マルゴ、すっぽんぽんで出てきて、水桶を頭から被る。
「ぶっわーっ」
子犬のように頭をぷるぷる振っている。
彼女、最近風紀係に捕まって、まだ髪が短い。切られただけで良かった。まあ年齢詐称くらいで毛は皮から剥がないが。
後ろから坊ちゃん男、前を隠しながら屈み気味について来る。
「わははー、にいちゃん! ちまちま隠してんじゃねーよ。男はもっとこう、大らかにだなぁ」
下男二人組(正確には『元』)が何やら誇示して嘲弄う・・が、じき下を向いで無口になる。
「あれ、結構苦労したんだから」と、マルゴ。
「あれ?」と上を向く。
皆がその視線を辿ると、屋根の変なところに女の子が三人ほど貼り付いている。そして三人揃って「黙って!」のサイン。
「何やってんの、あの娘ら」とマルゴ。つい一寸前まで一緒に孤児院で暮らしてた年長組だ。覗きに来たわけゃ無し。
「そう言やぁ、さっきの鐘楼の鐘、何だったんだ?」と元下男が訝しむ。
「とにかく、危なっかしいマネは止めさせないと」マルゴ、必死で「降りて来い」と身振り。だが、屋根の上の三人組、また「黙って!」のサインをして先に行こうとする。
「ああん! もう!」
マルゴ、中庭の木に、するすると登ったかと思うと回廊の屋根に乗り、あっという間に三人組の近くまで行ってしまう。
「あの格好で木ぃ登るかぁ普通!」
「あの娘、まだガキだから」と、マルテ放心気味に。
「僕、あの娘と結婚する!」
「へ?」と一同、お坊ちゃま男の顔を見る。
◇ ◇
市警本部、会議室。
「カペッラ書記官が気にしてる陽動の可能性だけど、どう? 街道の様子とか」
あれこれ指示するでもなく、細々聞くわけでもなく、さり気なくポイントだけ聞いて来る市長。
「目下のところ別段の異常は認められていません」
「警視代行。向こうさん、一向に何も言って来ないんだよねえ」
「一味の一人が『まず女児だけ解放』と口に出し、事実、実際、実行しておりますが、自力脱出した者を恰も自分たちが恩寵を施したように『言い繕った』だけかも知れず、真意を計り兼ねております」
「こちらから口火を切って人質解放に交渉人など送り込んだりすると、人質に価値があるって教えて遣ってるよなもんに成っちゃうかぁ。悩ましいよね」
「ニクラウスちゃん言ってたけど、賠償金でカタが付く以上のことって、彼ら、まだ為てないんだ・・?」
「現状で素直に投降された場合ならば、首や手で償わせる*のは難しいかと」と、法務顧問。 *註:肉体的刑罰
「ふーん」
◇ ◇
マルゴと女児三人組、羅馬式屋根瓦に這い蹲っている。
「あれかあ」
灰色っぽい尼僧が四人、白い尼僧が一人。
「ひとりおおい」
「マグダねえが入ってる」
「なんでマグダねえ、尼僧やってんの?」と、マルゴ。
「さあ? へんたいプレイかな」
「気にすんの、そこじゃないでしょ。敵は刀抜いてんのよ」
「あれは剣です」
「だから、そこ! こだわるとこ?」
「ひち・・はち・・くにん」
「十にんだわよ」
「あれ、ひいふう・・ふうふう」
「ねえ、マルゴねえ、なんですっぽんぽんなの?」
「お風呂入ってたんだもん」
「なんで、ふくきてこないの?」
「暑かったからよ・・へくちっ!」
「ちょっとあったまって来る」
◇ ◇
マルゴと三人組、蒸し風呂の中。
「なんであんたらが居るの?」と、膝丈下着の娘が隣で胡座。
「さくせんかいぎ」
「何でここで始めんのよ」と五人で互いに枝ぱしぱし叩いている。
「とにかく、やねの上でみたこと、こうたいで兵たいさんに、つたえにいく」
坊ちゃん男、入ってきて
「マルゴちゃん結婚して」
◇ ◇
トルンカ村。
二頭立て馬車が入って来る。
「父上は?」
「トロイデの坊ちゃんの急病を見舞われておいでです」
「どうしたんだ、あいつ。鬼の霍乱?」
トロイデ兄の病室。
「あ、御本家の坊ちゃんも。有難うございます。只今おやすみになったところです」とトロイデの家令。
トルンカ参審人、黒髪のスレーナ令嬢をエスコートして静かに室内へ。
ミケーレ、振り返って大声。
「許さん!」
黒髪娘、まだ鑑札を付けていた。
◇ ◇
市警本部、会議室。
「このまま日が沈んでしまうと面倒では?」
「カペッラ書記官。状況が変わっても焦らず、最初に感じたことを信じてごらん。あなたの勘を」
「閣下・・」
「最初に『陽動』って思った時に考えてた事を、もう一回思い出してみて」
「はい、奴ら大騒ぎしてる割りに被害を出してない。捕まってもいい前提でいると思いました」
「それで、連中が派手に暴走してる時も、閉門した東の人員以外は、ほとんど動かさなかったんだよね?」
「そう献策しました」
「日が落ちて全門閉門したら?」
「夜番以外の全門衛を寺町封鎖に動員できます」
「日が落ちてから奴さんらがいくら騒いで陽動したって、本隊を町に侵入さすのは無理ってことよね?」
「閉門しておれば、余程の敵が来ようと、門衛が寺町から持ち場に取って返す前に城門が抜かれる事態には至りません」
「それでも奴さんらが陽動に、日が落ちてから派手に騒ぎ出すとしたら?」
「・・本隊が最初から・・城市内にいます」
「ニクラウスちゃん・・、奴さんら暴走中に未だ結構警備きびしくて、いま手薄なとこって言ったら、どこ?」
「連合の自警団、市警の捕り方、放免隊。西区門衛隊と連携してみな五叉路を封鎖しています。つまり・・」
「つまり?」
「手薄になったのは・・ここ、中央街の南側です」
「南門の兵力をっ! 閉門と同時に中央広場南に配置しますっ」とレナート・カペッラ書記官。
◇ ◇
「捕まえた三人、口硬いでしょ」
「黙秘しています」
「だよねえ・・。派手に動くけど微罪どまりで自重、重罪はなるたけ犯さない。口は硬い。囮で間違い無いよね」
「十分報酬を貰って、捨て駒覚悟でいる者達でしょうか」
「そのへん徹底されてたら、ラズース関所で身元情報探すのも期待薄かなあ。んまあ、人質んなってる尼さんには朗報かもね。でも、そうなると人命金で賠償できちゃう孤児たちが心配だなあ」
◇ ◇
と、そこへ突然の闖入者。
「閣下! 閣下! 私に妙案が!」
「参事、困ります。会議中です」と警備の者が制止するが、がっちりした大男が扉に上半身を押し込んでくる。
「たってのお願いで! お願いで、陳情に罷り越したのですが、偶然小耳に挟んで仕舞いました。どうか俺の献策をお聞きください。必ずやお役に立ちます」
「聞くから聞くから! フロラーノ参事、聞かせてくれる? いい話?」
「二十四年前の事件です。あの孤児院で子供がたくさん攫われた事件! 箝口令で闇に葬られたけど市民はみんな知ってるあの事件を利用します」
「あれを?」
「そうです。『幼い子供の殺害は、被害者が浮浪児だろうと孤児だろうと異端審問官に引き渡して釜茹で刑』って裏条例をでっち上げて、情報を連中に流すんです。びびらせます」
「けど、どうやって流すの?」
「策があります。俺の責任で、ギルドの情報屋を雇って奴らに流します。任せて下さい」
「閣下! 妙案かも知れません」と、カペッラ。
「フロラーノ参事の自己責任、かつ極秘でやる? で、陳情ってなに?」
「・・実は、うちの馬鹿息子が筆おろしするって寺町の娼館にふらふら行っちゃってて、封鎖されて・・」
「ジョバンニくん、もうそんな年齢だっけ?」
「これもお手間かけません。うちの護衛をバリケード通して頂ければ、あとは自己責任で」
「ニクラウスくん、両方許可してあげて」
「参事、名案です。うちの若いのにもバックアップさせます」
「曹長さん、いや副警視。ありがとう、ありがとう」
「(いや、特進はいいから)」
「さて、連中の狙いだけどねぇ・・」
◇ ◇
蒸し風呂の蒸気の中。
「マルゴちゃん、結婚して」
「えー? あたし?」
ジョバンニくん、抱きついてキスをする。




