22.道化師は泣きたいくらい憂鬱だ
《三月十日土曜、午前》
町の西門は南西の隅。
日の出と共に市が立つのは街道沿いの南壁。
その街道が西川を渡る橋の袂辺りから、北街道へと回る迂回路がある。西川は町の北から西を廻る外濠代わり。寺裏川の出水口は西川に注ぐ付近の葦原は、城市周辺でも最もうら寂しい一帯だ。門衛の夜間巡回も城壁の上を行くだけで、この界隈は通らない。西川の氾濫原が広がり、農地すら疎ら。それでも丸木舟など杭に艫綱結わえて有ったりと、昼なら人は居る様だ。
迂回路は北の見附の先で北街道に合流する。
空が白んで川波が冷たく光る頃から先刻まで、モンク改め「道化師」は人目に触れずに歩いて来た。だが気が付くと、迂回路の方から影が近づいてくる。いや、近づいて来ない。馬に乗っているのに随分とご緩りだ。
「まあ、こっちも十分怪しいし」
道化師は、そっちを気にするのを止めた。
俺の手下は其処いらの警備兵風情なら余裕で易々蹂躙出来る力は有った筈だが、一方的にやられた。いや、二丁斧のガースすら見る間に袋叩きにされてた。何者だ、あいつら? プロの傭兵か何かか? いや、俺自身危なかったし・・
ブシャールの手下も捕まった。
結局両チームとも壊滅か。
コラードの旦那ピンチじゃねえか。
俺の手下はまだ何もやってねえしシラの切り様もあるが・・いや駄目だ。いんちき魔術道具回収してきたやつ、押さえられてるよなあ。俺らの方が異端の魔術持ち込んできた外国人にされちまう。
ピンチは俺らか。
「俺は何やってんだ」
ブシャールはインテリ風吹かせた神経質な若造で、なんか不安定なとこがある奴だった。実際に娼婦を呼んで生贄の儀式やるとか、神経が解らない。女を呼んだお前の手下が顔見られてるじゃないか。いや、手下も手下で片端から口封じしそうな見境ない連中ではあるが。
どういう筋書きで伯爵の倅の所為に擦り付ける気だったのか、今となっちゃ見当すらも付かない。
そんな那の野郎が、突然首を吊ったと言われて全く納得出来ない訳じゃない。いや寧ろ、或る日突然海に飛び込んじまった嫌われ者の船員とか、曾て知ってた奴に感じが似てると予々思ってたくらいだ。
それより気になるのは手下二人組を尾行してたという傭兵と修道士だ。ブシャールの手下は少数精鋭、結構な凄腕だった。連中ブシャールの死を知らないで動き始めたから止めようと思ったのだが、俺の使いが接触する前にもう尾行されてた。それで異変を知らせに使いが戻った僅かの間に、見張りに残した元下男ともども三人纏めて拉致られた。血痕とか見えなかったし、修道士が戦力外なら、傭兵一人に三人ふん縛られた勘定になる。
取留めの無い物思いに耽っていたら、のろ馬の男がすぐ近くまで迫っていた。
凄く居心地が悪い。
「ははは・はは」
笑ってしまう程に悪い。
◇ ◇
寺町男坂、山猫屋の三階。
裸の上に男のスモックを被った娘の太腿が眩しい。ベッドに掛けた男が後ろからぺろりと尻を触る。
「翌朝お日様が昇ったら別料金なんだけどな」
「了解了解。俺たち俄成金だから」
「また二人分?」
「三人分朝飯の出前取ってくれよ」
「はぁい。それと寝酒の分の銀貨一枚も渡してくるから」と、手を出す。
女、一階に行って話す。
朝でも夜でも眠そうな中年女が銀貨数枚じゃらり受け取る。
「昨日はマグダ、まさか外行ったの?」
「マグダ? 違う娘が来て、外に行った。通報しといた」
「違う娘?」
「通報したら、囮捜査の女警吏だか何かだから気にすんなってさ」
「あたしがダブってないで素直に二階の方の客受けてたら、危なかったってこと?」
中年女、目だけ外方向いて
「みたいだね」
◇ ◇
道化師は異常に居心地が悪い。
馬上から矢鱈に視線を感じる。
そりゃあ見るだろう。野良着一枚に手拭いの頬ッ被り、拾った荒縄腰に巻いて手ぶらの男が街道を歩いてる。これ怪しまないのは何処の馬鹿だ!
そうだよ悪かったな。溺れそうになった時、体に纏わり付いたローブを必死で脱いで、お蔭で腰に付けてたポーチも武器も、財布も合切水の底。股引きの腰紐に付けてた隠し短剣が唯一の武器だ。
身一つで伯爵の城に忍び込んで何が出来る?
黒魔術のニセ痕跡とかで騒ぎを起こすのは、群衆行き交う街中ならばいざ知らず、伯爵のお膝元であればある程難しい。簡単に緘口令が敷けるのだ。「本物」の証拠品を盗み出して持ち帰っても出所を証明できない。
「本物」を使って捲土重来、町でニセ痕跡を残す。残して自ら暴き立て、騒ぎを起こす・・駄目だ。騒ぎが起こる前にブシャールの手下が自白してコラード審問官が失脚してるだろう。奴の手下らが娼婦を連れ込んだ小屋に踏み込まれた。修道士というのが、おそらく反コラード派の手先だ。奴が傭兵たちの雇い主と考えれば辻褄が合う。わざと証拠品を現場に残して、始末に行った俺たちは尾行されたんだ。それで急襲を受けた。
そんなら俺は、さっさと高飛びするのが正解だ。なのに俺は城へと向かっている。
「俺は何やってんだ」
・・たぶん是れは、お天道様の下で生きてた頃の探索者根性の残り滓だ。すっかり濁っちまったが・・
◇ ◇
山猫屋の三階。
「頼んできたよ」
男の一人が裾を捲って来る。
「駄ァ目! 出前の小僧さん来る」
娘、ベッドに座ってひょいと足を組む。
「お客さんら、なんでそう金回り良いの?」
「俺らぁ金持ち独身者の旦那の下男でな、その旦那が一昨日ポックリ逝ったのよ。で、預かってた財布は退職金に頂戴したって寸法よ。旦那自身が身に付けてた財布は市警が持ってったが、相続人が名乗り出なきゃ俺らに回ってくるかも知んねえ。で、しばらくこの市内に居付く許可も貰った」
「ふうん」
「ロブの奴も、新しい主人を見つけたとか言って早っさと行っちまって、慌てる何とやら大金を逸しやがった。人間目先の損得に飛びつかねぇで、どっしり構えてた方が幸運が来るんだよ。呼んだら大当たりの器量良しも来るし。なあ」
「姉ちゃん贔屓にするから名前教えれや」
「マルテだよ」
朝飯が届く。
◇ ◇
北街道、輜重車。
遠くに、鬱蒼とした杉の森から突き出た奇岩が見えて来る。
「今日は荷が多くて思うように速度が出ねえ。それでもトルンカに着くのに昼まで掛かったりゃしねえ」
と、馭者。
「お義母さん帰って来るのも夕方だし」
「御城に上がっておられんの?」
「相変わらずゴタゴタ忙しい様じゃなぁ」
女医、屋根に腹這いになって馭者の肩の辺りに顔を出す。
「余計なお客人まで居座ってるみたいだしなあ」
「お客人?」
「ああ、一応秘密なんだけど」
「トルンカに着けば耳に入る話だからなあ。俺らも判切り口止めされてる訳じゃなし」と、輸卒。
「誰もが内心『拙いだろ』って思ってるだけだからな」
「お身内なら良いだろ。若殿様がゲルダンの亡命者匿っちゃってんのよ、飛びっ切り危いのを」
「もろ、跡目の線に暗雲ってやつ」
「女じゃろ」
「大当たりだ。去年ぶっ潰れたラーテンロット王国の元王女様だよ」
「病気じゃろ」
「大刀自さま鋭いな」
「しかも、お産絡みじゃろ」
「こいつぁ吃驚。婆さんの探偵ってのは揺り椅子で編み物すんじゃなかったのか」
「わし、女医じゃ」
「なある。縁者に声掛けたってわけか」
「トルンカってガルデリの姻戚だろ? 亡命者組と仲悪いんじゃなかったっけ?」
「鉄仮面女史も人の子。病人は放っとけなかったんじゃねえの?」
「だいぶ悪いのかえ?」
「薬師が日参だとさ」
「ううむ」
◇ ◇
道化師が冷や汗を流す。
見られてる。馬上からじっと見られてる。
なんか今ひとつ馬に見えない生き物の頭が横に来る。
「(なんで馬まで俺を見るんだ)」
馬上から声が掛かる。
「お兄さん、歩き? 何処まで行くの?
道化師は泣きたくなる。
◇ ◇
曹長ら、二叉路の辻に差し掛かる。
「左に折れるとガルデリ谷、真っ直ぐ行けば伯爵の御城か」
「御城って、あれじゃ無いですよねえ」と、ロベルティ。
前方に小高い丘が何重にも、城壁なのか段々畑なのか判断に苦しむようなものに囲まれて、その中に黒々と城のような城でないような石造りの建物がある。
「あれがトルンカ村だ」




