18.法医殿まだ憂鬱だ
《三月十日土曜未明、丑三つな頃》
北区、法地の荒屋から黒マントたちが撤収する。
北区は都市計画を失敗して貧民街ばかりに化ってしまった地区だ。元はと謂えば伯爵家とガルデリ家が一色触発だった昔のこと、町も自衛力強化せにゃあとか言って外堀代りの寺裏川対岸に傭兵キャンプを誘致したのが始まり。いま北門とか分庁舎のある辺りだ。それが城外の北砦になった。
東区の丘陵地にある御屋敷町の北側は崖地だったので斜面に城壁を這わせていたのだが、第二次自衛力強化ブームの時に、北砦を核にして外壁を拡張した。外壁と御屋敷町の間に倉庫街を新設して緩衝地区を作り、北砦と繋げて、更に西区の北側まですっぽり覆う北区を新設した。
だが、旧市街と結ぶ馬車通りが無く、みんな階段坂だったので、街として発展するわけがなかった。町の建設業界が軍事しか頭にない外部コンサルタントを担いだ結果である。こうしてエリツェの町のお荷物、北区が誕生した。
手狭になっている旧市街の住宅事情は改善せず、市民の入居を当て込んで作った北区の住宅街は空き家だらけ。
怪しい連中はアジト作り放題である。
黒マント達は夜陰に乗じ、そのアジトへと去っていった。
◇ ◇
協会会館敷地内、監獄棟。
「御令嬢、どうかスカート履いて下さりませ。悪魔が現れそうで御座います」
「お金払ってくださいます?」
「おい! 良家の嬢ちゃん、裸見せて金とんのか」
「マグダさんのスカートに洗濯代が掛かります」
「そのシェミーゼ、絹じゃねえの? マダレーナのスカートの何倍すんだ」
「これは私の下着ですから洗濯代は経常費用です」
「それ、必要経費で落としてんの?」
「仕事着ですので」
「尋問が終了しましたので、最早やスカート汚れぬのでは御座りませんか?」
「この坊さん、嬢ちゃんの黒いとことか透けて見えて困ってるからよお」
「修行、足りませんね」と、スカートを履く。
「ちら」 修道士に全部見せる。
「@ー#%〜!」
「修行足りてません。異端審問で女性を全裸にしたりするのでしょう?」
「今まで老婆とかしか・・」
「今後は若い女性を担当することもありましょう。慣れておく可きです」
「ぎ、御意」
「斯く言う私も睾丸は幾つも潰して来ましたが、長細い方は未だに慣れません。修練せねば」
「マダレーナに習えよ」
「そ、そういう意味ではありません」 真っ赤になる。
「(この嬢ちゃんの感覚もわからんな)」
◇ ◇
山猫屋。
肘掛け椅子に座って膝掛を胸までかけて中年女が寝ている。
三階のドアの音。
見番への連絡ミスでダブっていた女。男物のスモック引っ掛けて降りてくる。
「おばちゃん、客が酒欲しいって」
板壁の脇あたりからジャグを取り出し、「1ダニロ」
「盃二つ」
黙って二つ。
スモック着た女、持って上へ行く。
二階で立ち止まり物音を窺い、ちょっと首を傾げ、すぐ上へ行く。
◇ ◇
真夜中のトリンクハウス。まだ厨房に明かりがある。
老騎士と従者らの鼾が聞こえる。
「俺らも少しお相伴に与かるか」
曹長厨房に行くと、
「おう、片付けにも手間掛かる。少し仮眠とったら野郎どもの朝飯の仕込みだ」と、親方。
「あんたらも大変だな」
小僧が欠伸。
「一杯貰ってきたぜ。飲んで少し寝るか」
「生涯独身であった筈の聖職者コルラート審問官にあろうことか実子が有って、それが手下の中でもひときわ悪評高きブッカルトだという情報、貴重な切り札で御座ります。今まで幾ら手下を捉えても黒幕に白を切られれて参りましたから」
「告発は無理でも、これがありゃ醜聞で牽制できるってかい」
「あの危険思想家が大審問官の座に着くことは何としても阻止せねば。証人の身柄をお譲り下さりました事、感謝に堪えませぬ。万民が救われまする」
「嬢ちゃん。さっきのさ、拷問ってより寧ろ話術で落としてたよなあ・・」
「それが何か?」
「話術で首を吊らすなんて真似、出来ゃしねえか?」
「私では無理ですが、やれる方は知ってます」
「え!」
「それは此処だけの話にしよう」と、ニクラウスが現れる。
「左様ですね。そうして頂きたく存じます」と、修道士が冷や汗。
「市警は、コルラート審問官の紹介状を携えてガルデリ子爵家に逗留中のヨハンネス・ブッカルトが密室で絞首による自殺を遂げた現場を検証し不審点が無いと確認した。遺体にも不審点は無いと嘱託医の検案書がある。また、遺留品中にヘンリック・コルラートを実父と呼ぶ書簡の断片を発見して証拠品として保管している。ニコラス・ベレンガリウスを異端の魔術行使者と名指しした断片もだ」
一同の顔を見回して、
「市警は不可能犯罪の捜査は行わない。ただ客観的な記録を残すことを子爵家と合意済みだ」
「エルテスハバール大司教座は過日、僧院便書簡に違法な私信を発見して臨検しましたので御座ります。発信人は司祭を僭称した俗人ヨハンネス・ブッカルト。そこに『ニコラス・ベレンガリウスが黒魔術を行う道具』を急遽作成して送るよう請求している箇所を、審問官と公証人を含む七人の証人が確認し記録ました。再び封緘して送付致しましたところ、宛先の僧院に現れ受領したのはコルラートの元使用人でした。コルラートは関係は否定するでしょうが」と、修道士。
「そしてプフスブルの聖ヒエロニムス修道院は、この町の聖アロイシア尼僧院附属孤児院宛に送られる子供らの古着を僧院便で中継する際に、別宛先の不自然な小包が混入しているのを発見、代官所刑部ルテナンと私ら審問官や公証人の立ち会いのもと検閲し、捏造証拠品の現物を発見したので御座ります。発信人は別の者が追っておりまする」
「そこで助祭さんは、偽魔導書を市販のえろ本に擦り替えたのですね・・あくまでも安全を期した無力化のために」
「正確には、市販のでなく、拙僧が筆写した物です」
「え?」
「修道士として、そのようなものは購入できませぬので」
「おい、筆写したその原本って誰の所持品だ・・」
「・・・」
◇ ◇
「あの、こんばんわっす」
「あら、いつも真夜中に逢いますね」
「誰だ?」
「警視どのの使いの新顔だ。この町生まれのゲルダン育ち、いい情報屋ンなりそな有望新人だぜ」と、スパ曹長。
「門衛局から不審入市者情報っす。先週末に入市した旅芸人一座で、一度も公演せず明日滞在期限切れのがいるって。週末の木・金・土に公演するはずが、一向に開催しないので許可出した広場管理責任者から門衛局に問い合わせが入ったっす」
「一座は何人だ?」
「総勢十二人で座長は修道士服の道化師」
「当たりっぽいですね」
「芸人一座の公演権は実際は他の一座から金で買えンだよ。人数が合ってりゃ中身そっくりスリ替わっててもノーチェックだからな。入市管理制度のアナだな」
「一座は北門から馬車で入ってるから、フクロの中っす。北区で馬なんか繋いでるところ官舎や倉庫以外はまず無いから、寺裏川の南で馬の気配を探せば、たぶん一発」
「一網打尽のチャンスじゃねえか」
「こんな時刻だ、捕り手が集まらんぞ」と、ニクラウス。
「あのー、寺町にいた俺らゲルダン兵、後ろ暗い奴は昼間のうちに逐電しました。残ってるのは、この町で真っ当に生きて行こうと決めた連中で、北区の空き家街に屯ってます。声かければ武装したの十四、五人はすぐ集められるっす。臨時の『放免*』身分ってことで」 *註:模範囚が仮釈放的状態で勤める執行吏
「もしかして閣下了承済みか?」
「そっす」
「そういうことなら、斥候できそうな奴を数人見繕って手分けして探り、他の物は橋で集合。そこから南へ追い込めば西区の門衛と挟撃できる」
「そうと決まったら動くぜ。あ、坊さんは留守番な」
「御意」
◇ ◇
「うゎははは、面白そうな話をしているな」
「(あ、面倒くさい奴が起きて来ちまいやがった)」
「その捕り物、伯爵領参審人マリウス・フォン・トルンケンブルグが立ち会おうじゃないか。証人が必要になるだろう?」
「あー、参審人どの。たぶん相手は法喪失者です。裁判ありません」
「そうなの?」
「おい、時間が惜しい。面倒くさいから連れてって端たで見物させようぜ。あわよくば『モンク』に黙らせて貰っちゃおう」
それはひどい・・が、
「賊の人数が十二人と多い。参審人の護衛に人を割く余裕が無いので宜しいか?」
「俺が未だ従騎士でいるのも近々結納金が必要になりそうで騎士叙任を先送りにしているだけで、この腕っぷしを只の文官と思われても困る。護衛は不要だ」
「なら、どうぞ」
「レディをお護りしますよ」
「女など気にせず早く騎士におなりあそばせ」
◇ ◇
Fiesco館、一階。
女医と館長が肘掛け寝椅子で毛布に包まって寝ている。
フィエスコ氏もソファで寝ている。
二階でナネットとフェン、まだ最中。




