16.法医の叔父貴も憂鬱だ
《三月九日金曜、乙夜の頃》
協会会館敷地内、監獄棟入口。
傭兵風の男と修道士風の男、それにガン伍長が牢番頭に挨拶する。
「それではスレーナ家のほうで尋問室ひと部屋お借り受け致します。正式書類はお嬢が宴席から戻り次第ということで」
傭兵風の男ことスパ曹長が立て板に水。
ギルドの若い衆が三体、もとい三人を担ぎ込む。
首枷手枷は壁面に、足枷は床面に作り付けだ。
◇ ◇
屋上庭園の宴席。
上座の主賓こと判事補の前で黒髪娘がレヴェランス。
「いや何とも楽しい趣向です」
「閣下にお願い奉ります。当家で討ち果たした十三名の遺体を御下げ渡しくださいます様に。『罪ある者へも、罪なき者へも、嘆きはすべて平等』と申します。当家は怨恨対象ならぬ者を殺めたる時は自由人への礼を以て葬るのを家訓と致して居りますれば」
「それはなんとも深き情け有る御家。何卒、宜様に計らい給われよ」
快諾頂いて満悦の黒髪娘にマリオ、盃を捧げて「御令嬢、宜しければもう一献」
「有り難うございます。喉が渇いて居りました」と、受け取る。
「本格的な衣装ですね」
「本物の本物です」
「あれ、それはマダレーナ君の鑑札では?」と、ニクラウス。
「そっくり脱がせて来たのです。中身は私のコタルディ着て修道院」
「それはいい。そのまま鑑札返さずに出家させて了おう」
あっちではマリオがヴィナ嬢に盃を渡してる。
一気飲みされた。
◇ ◇
会館一階の厨房。
「親方ぁ、またあの赤鼻が覗いてる」
「しつこい奴だな。盗んでかれても困る・・上から下げてきた皿ぁ寄越せ」
宴席料理であまり手の付いてなかったのを選り分けて、ラードを敷いた鍋に放り込む。ざっと温め直して適当なソースを絡め、何だか一見ちゃんとした料理に体裁つける。
「持ってってやれ」
小僧、満面の作り笑いで、
「ロッさん、上に持ってく料理のお裾分け! 食べる?」
「おおー」
従者ロッシル、皿持ってデブ騎士の卓に走って行く。丁度ガン伍長戻ってくる。
「行ってきたでやんす」
「ちぃと時間超過だ。嬢ちゃん乳揉み三回だな」と、老騎士。
「今夜のうちに出っ発しゃんすか?」
「明日未明に出る。今日は飲んで早寝だ」
「早寝って旦那、じき丙夜*ですぜ」 *註:二十三時〜深夜一時
◇ ◇
西区、フロラン邸。
主人ペテロと探索者イル・モロ、だいぶ酔っている。
「酔って悪いか、弟の通夜だぁ」
ト書きに返事したのではなく偶然である。
「尋常じゃねぇ額の使い込み。傭兵おおぜい雇って軍隊ごっこ。果ては四人も護衛つれてて殺されやがった。とんだ愚弟だよ。でも可愛い弟だったんだ」
一旦落ち着いたと思ったが、また顔くしゃくしゃにし始める。
「どうせ自業自得だったんだろ。あんたが止めなくったって復讐なんぞ考えねぇよ。店も妻子も守りたい」
「辛抱のし処って事ですね」
「だぁがプロキシモは許さん。金があいつの懐に流れたなぁ確かだからな。例えんならば戦争で弟殺した敵兵よりも、無理な突撃させた上官が憎いだろ」
「わかります」
「話しとこう。あんたが調べりゃすぐ出て来ちまう話だがな、伯爵の坊ちゃんが幼い頃、町の名家から遊び相手が選ばれたのよ。十二、三人くらいだったっけ。うまいとこ同年配の子供が見つからず。みんな少し年上だったのが悪かったんかも知れねぇ。未来の殿様の側近とでも思い上がったんだろう。異端審問官が乗り出して来かねない事件を起こしたんだよ。で、ガレッティ家が吹っ飛んだ」
「何の事件だかは聞かないほうが良さそうですね」
「それが利口だ」
「そん時の仲間の生き残りが今つるんでて何かしてると・・」
「何となくもう想像つくだろ? 伯爵の坊ちゃん廃嫡までは行かなかったが、大方の予想じゃ次期当主は甥ごで行くって公算が強い。甥ごの細君は伯爵が奥方ほっぽり出して入れ上げてた愛人の連れ子。伯爵が養女にして実の娘みたいに可愛がってたそうだ。悪童ども何やらかしたかも想像つくだろ。そして今やらかしてる事も」
「ま、大体は」
「連中の今のアタマがプロキシモだ。うちの店から金引き出して懐に入れ、弟は兵隊集め。プロキシモの身代わり人形で当家がガレッティの二の舞一歩手前じゃないのか」
「弟さんの尊い犠牲でご当家辛くも生き延びたと思って手厚く回向致しましょう」
「その前にプロキシモだ。奴の動きを封じなきゃ安心できんし、弟も浮かばれん。依頼内容変更だ。奴の動きを探ってくれ」
「合点」
キャラバン護衛の仕事は休ませて貰って大正解だ。もともと能力的に向いてないジャンルだったし、母ちゃんの病状が思わしくなくて長期の出張は避けたかった。それがフリーの仕事が舞い込んできて、しかも町指折りの富豪の知遇を得るとはね・・幸運すぎて、なんか悪いオチでも付かないか不安だぞ」
◇ ◇
協会会館屋上庭園、宴席。
黒髪娘とウィットに富んだ法解釈談義に興じていた参審人、突然目を剥き絶句する。ダメの人な表情になっている。視線を辿ると、ヴィナ嬢が酔った時の常、席で立膝をしていた。彼女、ハーレムパンツの国で生まれ育ったため、気が緩むと胡座など組んでしまう。
スカートの奥が見えていて、既に一等地には酔った振りをしたギルマスが蹲み込んで居る。カペッラ書記官が慌てて駆け寄り蔭になる。
「余計な事をっ」
「参審人殿、声に出ています」
◇ ◇
協会敷地内、監獄棟。
「嬢ちゃん遅いな。宴会盛り上がってんのか」
少し考える曹長。
「ん、まあ・・あの格好で行けば普通盛り上がるわ」
「御意」と、修道僧。
「なあ、坊さん・・あのエロ本、あんたの?」
「・・・」
「遅いから、少し始めてるか? 専門家も二人いるし」
「御意」
「どれから、いく?」
「下男からが宜ろしいかと」
「その心は?」
「後の二人は、あのお嬢様が為りたいかと存じます」
「流石だ。観察力が鋭いな」
曹長、下男の目隠しと耳栓を外す。
下男すでに恐怖に引き攣っている。
「さあて、いい声で歌って貰おうかね」
◇ ◇
法医フィエスコ氏深夜の帰宅。
今日は市警本部で終日デスクワークに忙殺されたが、死体を触らんでよかった日は気分がいい。
「おーい、寝てるのか? 灯り点けっぱ・・ありゃワルトラウテさんも。何のお祭りしてたんだ? 葡萄酒何本空けてるんだ。しょうがないな毛布でも持って来てやるか・・」
二階へ行く。
「あれ? クリス帰ってんのか? おい、ちょっと手伝っ・・ナネットちゃん? おわっ!」
フィエスコ氏、慌てて階段駆け降りる。
明日、どんな顔して目を合わそう?
ナネットとフェン、夢中で疾駆。気づいていない。
◇ ◇
北街道。そろそろ北の二叉路に差し掛かる辺り。
「旦那、そろそろ限界だ月が沈んじまう。馬車を走らせられねえ」
「仕方ない。近くに村がある筈だぜ。一夜の宿を乞おう」と、プロキシモ。
「朝一番で発とうと言った本人が、昼まで寝てた責任だろが」
「まったく、なーにが『飲んだほうが早く目が覚める』だ」
「ん? こんな時間に灯りが見えますぜ」と、馭者。
「行ってみよう」
馭者、二台目の馬車にカンテラで合図して、灯り目指して進む。
行くと、若い男がふらつきながら歩いている。
「どうしたね。具合が悪そうだ」と車窓からマッテオ・ドーリアが声を掛ける。
「急に目眩がして・・村まで・・帰り・・」
「乗せてあげなさい」と、プロキシモ。
「ほらな、俺はいつでも運がいいんだぜ」と嘯く。
月が山の端に隠れる直前、黒々とした城のようなものが見えて来る。城ではなく生垣に囲まれた村で、石垣積みで小高くなった中心部に広場を囲んで石造の建物が廻っているので城のように見える。だからトルンカ村をトルンカ城と呼ぶ人もある。馬車は村へと入って行った。




