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15.この曹長も憂鬱だ

《三月九日金曜、夜も更けて》


「お嬢さん、その格好で歩いたら不味まずいですよ。野郎ども殺到しちゃう」

 門衛さんが心配する。

「大丈夫」

  「大丈夫?」

「近道行きます」

  「はあ、お気をつけて」


 中央区公会堂にはカペレがあって、鐘楼がある。月の美しい夜に此処で逢引すると必ず結ばれるという。当たり前である。夜にこんな所に一緒に来ておいて結婚しない男は余程の屑か、さもなくばき死ぬ男である。

 因みに今日居た男はこののち喧嘩別れして、後年初老になって再婚同士で結ばれた。だから許された。危うく呪われるところであった。

 それは余談である。

 この時、彼らは見たのだ。

 後年、嶺南七不思議に数えられる「エリツェの空飛ぶ娼婦プッタナヴォランテ」を。

 どだい「七不思議」などと言うものは伝聞風聞の類が多いが、日付まで史料に残った例はこれ一つで、婚約解消の訴訟に関して最後の逢瀬を特定する証言の一部として判告録ヴァイスチュムに残ったという稀有な例である。

 余談であった。


「あ、ここは飛べないな」

 東西大路の北側にある建物の屋根の上で彼女は呟く。向こうの屋根まで可成り有る。酒類の定期市が立つ袋広場の向かい辺りであった。


                ◇ ◇

 Fiesco館、処置室。

「ブッカルトの奴って、公文書館に何しに来てやがったんです?」と曹長。

「それがねえ、子爵家から親展の紹介状で『政治的理由ニヨリ閲覧許可申請セサルヲ得ス盗窃毀損行為ノ虞レアリ注意』って言って来たんで書架には立ち入らせないで、閲覧房で私が立ち会ったのよ」

  「どんな奴だったの?」

「クリスちゃんよりちょっと上くらいの歳なのに横柄な子なの。でも法律家みたいな格好してるのに俗語しか読み書きできない坊やでね、帝国古典語で書いてある資料、あれは半分も理解できてなかったわねえ」

  「どの資料見てました?」

「二十四年前の伯爵世子ーーあ、今の伯爵様じゃなくて今の伯爵世子のことねーーの二月三月中の行動記録ってご所望。だから御城の園遊会に呼ばれた出席者名簿とか町の新春行事の座席表とかね」

  「市警の資料は?」

「若様みえてる日の警備の配置とか」

  「ニコル・ベレンガーの名前、出てました?」

「しっかりね」

  「従者が三人いたでしょ?」

「字の読めない人が公文書館に来ても意味ないでしょ? 厩舎の控室でお酒出したら一歩も出て来ず飲んでたわ」

  「あいつらが来た話って、誰かにしました?」

「それは勿論よ。市庁に閲覧者記録日報を文書で。閲覧申請なさった子爵家には口頭報告。あとは身内だけ」

  「身内って?」

「身内は身内よ。お調べになってね」

 ・・このばあさん、喋らんことは絶対しゃべらんからなあ・・


「子爵家に口頭報告って、どなたか見えたの?」

「執事さんとお茶したのよ、秘蔵の焼き菓子で。ああ、あの焼き菓子、スレーナの坊やちゃん達にみんな食べられてしまったわ」

  「スレーナって、あのスレナス兄弟?」

「あなたも、今の今までスレーナのお姉ちゃんと一緒だったじゃないの」

  「そりゃま、そうか。 すげーなと思ったな」

「昨日から協会でバイトですって。これからは表にも出る気みたいね」

  「結構良い女だよな。愛想ないけど」

「スレナス兄弟は大司教様の護衛で御城に行ったみたいだからお留守番ね」

  「へっ? 大司教様?」

「新しい方の・よ。元の大司教様は週末に上京のお見送り式典でしょ」


「ま、長居しても医院に迷惑だ。囚人護送に戻るわ」

 女医に謝して出立する。

 若夫婦は見送りに出て来ない。


                ◇ ◇

「フェン! これ、クリスの服で『ぱんつ』っていうの。結構可愛いよね?」

「ナネット。きみは何着ても可愛いよ」

 此奴ら明日は寝坊する


                ◇ ◇

 夜中の東西大路。

 目抜き通りゆえ、外出禁止時刻なのに行き交う人は少なくない。

 さすがに男にエスコートされてない女はいない。

 そこへ娼婦の鑑札胸につけた美女が来る。

「おーい、いま空いてるのか?」

  「予約ありっ」

 女がひらひら手を振るが、追ってくる男は増えていく。


 だが、袋広場に這入った辺りで、ふと皆が女を見失う。

「あれ?」

「あれぇぇ?」


                ◇ ◇

 協会会館屋上庭園の宴席。

 昇降口のない方から突然スレーナ=ガルデッリ男爵令嬢が足音高く現れる。

 ソールとヒールが木靴になった変わった革靴を履いている。

 しかし皆の目は彼女の派手な赤スカートと黒ボディス、それに胸の黄色い娼婦鑑札に釘付けになる。

「よ、余興! 支度で遅くなりました」

 靴をカスタネットの様に鳴らしながら、複雑なリズムで踊り始める。

「皆様、手拍子を!」

 踊りながら、食卓から鳥腿肉骨つきローストを手に取って、まるで左様そういう振り付けであるように齧ると、肉片を咥えた口許が、まるで薔薇一輪も咥えた様になまめかしい。

 給仕の皆まで仕事の手を止めて手拍子に加わる。

 たった一人手拍子をとっていない男、参審人マリオ両の掌を握りしめて、踊りながら鳥腿の骨をしゃぶる唇を凝視している。

 そんなマリオの姿を見つけて、しゃぶり尽くした骨をぽんと投げ捨て、彼の背中にスキンシップ。抱く振りをして彼のフィンガーボウルでちゃちゃっと手を濯ぐ。紫色の短いエプロンで指を拭く仕草これまた両太腿の形を浮き出さて、マリオの表情もう完全にダメの人である。

 大きく仰反のけぞる振り付けで葡萄酒一杯一気に空けてレヴェランス。

「ボェニェンナ風、娼婦の踊りでした」

 飲み食いしてただけだった。


「はいはーい! 次は、ぼくと踊ろう!」

   ギルマスが出てくる。

「南部風小唄で」と、手振りで皆の手拍子テンポを整えると、さりげなく腰に手を回してくる。

 歌う。

 ギルマス結構上手い。

 「わたしは金持ち中年男 あんたは名うての美人の女郎 ♪

  長くはもたないお先に逝くよ なんとも似合いの二人じゃないか ♪

  落籍ひかせてお呉れよ お願いだから ♪

  所帯を持ったら 大事にするよ ♪」


 器用なもんで、ユーモラスなステップ踏みながらボディタッチしてくる。

 お芝居仕立てなので、大ぶりな仕草でお尻を撫でてくるが真剣に抵抗する訳にいかず、此っちも芝居の仕草で躱して逃げる。

 返し歌。

 「一緒になるなら若い男よ 一緒に長く楽しみたいのよ ♪

  朝まで責めてよ寝かせちゃ嫌よ あたしを退屈させないで ♪

  おかねは無くとも初心うぶなあの人 あたしの心はあの人のもの ♪

  あたしは唇あげたいひとと 手に手を執って遠くに逃げる ♪」


 ギルマス、後ろに回って背後から交合の仕草で踊り。買ってる途中ってお話仕立ての小芝居だから仕方ない。

 「そいつぁダメだな人生長い 楽しむ時間はたんとある♪

  恋は軽くて浮かんで飛んで 結局お空に逃げていく ♪

  金貨は重くてお空を飛べず あんたの周りにずっしり残る ♪」


 二人で並んで手を繋ぎ、左右にステップ

 「一緒になるなら馴染みの相手 毎日通ってくれる貴方よ ♪」

 ポーズで決め。

 大受け。


「寺町の酒場に舞台作って、こゆうの演ったら客くるよぉ」と、ヴィナ嬢がグラス持ってくる。

   乾杯。

「んじゃ、私も踊るぅ。バイトちゃん一緒に踊ろ」

 ど派手にスカート捲って、始める。

 「お酒の神様おんな好き 若い娘が大好きよ ♪

   だから娘はすぐに酔う  抱かれちゃうのよ神様に ♪」


 二人とも知っている東方の民謡の替え歌か何かなのか、早いステップなのに初見でそっくり揃った振り付けで踊っている。


                ◇ ◇

 会館前に曹長と門衛たち、例の霊柩車みたいな荷車を馬車口の方に収める。積み下ろし用に腰高に床上げされた荷車寄せ口に「荷物」を下ろすと、協会の若手職員がてきぱきと監獄棟のほうに運んでいく。ガン伍長が話を通していた模様で、スレナス家の獲物として円滑に納品された。

 警吏の制服を着ていないスパ曹長、スレナス家関係の人物としてちゃっかり入館する。

 非番の門衛たち、曹長に言われた通りカイウスの店に一杯やりに行く。

「館長のばあさん筋金入りだ。言いたくないこと絶対に口を開かないが、ぺらぺら喋ることには屹度ヒントが入れてある。素直に誘導されてやったものか・・乗るか避けるか、そこが思案のし所だ」


 スパラフィシル曹長、監獄棟に向かいながら思い悩む。

「明かに面倒事だよなあ」

 若干気が重い。


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