14.逮捕者も憂鬱だ
《三月九日金曜、星の瞬く頃》
北区。
法地に貼り付く荒屋の一つ。
戸口に走る女の脱出路を、名無し男ーー人呼んで「黄色の殺人者」が遮ると、背後からは髭面男が、手を振り払われた時の引っ掻き傷を舐めながら迫る。
「・・ここ、何ですか? 気味悪い・・」
鍋で煮えている骨や肉か何か、奇妙な模様の布に烏の羽根、占いのカードや猥褻な人形。それに雑多な薬瓶と壺。少しだが古書の切れ端と巻物。何かを燃やした灰の山。 ・・なんかテンプレ!
「な? ちゃちいだろ。これが魔法道具だとさ」
背後の髭面男が話しかけて注意を引いた瞬間、名無し男が飛び付き、背後から女の腰と両腕をハグする。すぐ危害を加えるかという程はに暴力的でない。
「こんな仕事ぁ気が乗らねえが、ブシャールの坊ちゃんの御用命でな。しっかし吝だ。こんな玩具しきゃ送って来ねえ。いろいろ雑だし」
「これで黒魔術とか言われても、南部人の目には一寸縁日の見世物小屋にしか見えません」と、女が不満そうだ。怒るとこ、そこか?
「ああ、南部はそういうの本場だっけ」
「だいたい魔導書に見せかけた古書、あれ艶本です。根本的に無理があります」
「北の方じゃ、この程度の仕掛けでも大騒ぎんなって、町の衆が手に手に松明持っちゃ俺らが煽った可ぁ哀想な標的ン家焼いてたけどなあ」
「詰めが甘い。これでは駄目です」
「まぁそりゃ頭デッカチの坊でも理解ってたみたいだけどさ。懐の都合もあんのよ。でぇ、花代ぁ安いもんだから娼婦の屍体を飾れとさ。生かして嬲らねえから安心おしよ。あんたの体が入り用だ」
「娼婦の体は差し上げられませッ・ンッ」
女が腰を捻った拍子、名無し男がふわりと浮いて、天から地へと逆に其の身を床に打ち付ける。
髭面男が抜く手も見せず突きを入れて来た短刀は屈んだ女に躱されて、前に踣った其の胸元を喉の下から突上げる女の小さな掌に顎から口、厳つい躰全身が上に乗ったと思いきや、後ろ頭の毛を掴まれて、頭を下に足を上に土間の床へと滅入込んだ。女の指が其の儘滑り、喉輪を押さえて昏倒さす。
名無し男が跳ね起きて、掴み掛かった右手を取られ、輪を描くように一回転。尻餅撞くや太腿が肩から袈裟に絡み付く。取られた右手の脇下に女の踝が入り込み、白い螭に巻かれた様だ。
絞め殺されるラオコオン。
「娼婦の体は差し上げられません。良家の子女ですので」
と、荒屋の板壁が脆くも割れて、修道服の男が来る。羽交い締めされているかと思ったら片手で自由を奪われてる。
「よお! 良家の姉ちゃんとやら、もひとり居るのに絞め技はいただけねぇぜ」
「いいえ、戦意が無いのが見えてましたから」
「え? そうなの?」
拍子抜けした声のスパ曹長。
「でも、良家の嬢ちゃん生足丸出しでいいのかい? 奥の方まで見えてるぜ」
「減りませんし」
「え?」
「いいの? 良家の嬢ちゃん玉の肌触れせちゃって」
なんだか良家に拘っている。
「殿方と言っても・・」と、気を失った名無し男の前髪掴んで顔を見る。
白目を剥いて悶絶している。
「心は同性の方ですし」
「そういうもんなの?」
「早く縛って活を入れないと廃人になります」
「そいつぁ不可ねえ尋問できねぇ」
「そちらの修道士さんも縛るの手伝ってください」
「いいの? こいつ放しちゃって?」
「問題ありません。わかります」
「なんで?」
「勘、かな」
「男色家もわかんの?」
「勘ですね」
「好色家は?」
「臭いで」
「・・・」
「急がないと」
「廃人なんだよな」
「いえ、今夜は侯爵御令息を囲む食事会があって、急がないと」
「あんた本当に良家の子女なの?」
「修道士さん縛るの上手ですね」
「はあ・・御役目柄・・」
「審問官さん?」
「いえ、審問所の者ではございますが下働きの助祭です」
「やっぱりこいつも殺して埋めるのがいいんじゃねぇの?」
「ああ、それはご勘弁を下さいまし。『厳正派』と申しまして、簡単に言はば『証拠の捏造を行なった審問官は異端である』という一派なのでございます」
「どこの世界も派閥で大変だな」
「なぁ、ブシャールって、ヨハン・ブーフハルトのことだよな? こいつらの部屋予約したの、アルド・ブーフって名前の男だ」
「捻りがないです」
「そいつ、昨日の昼に首吊って死んでるわ」
猿轡かまされた二人が唸る。
「その情報で、急遽私どもがブッカルド宛の僧院便荷物を査察致しましたるところ、奇っ怪極まる不審物を発見したので追跡調査に参った次第でございます」
「もしや魔導書をエロ本に摺り替えたのは?」
「私でございます。これは決して証拠捏造ではなくーー」と、修道士。
「適切な無力化処置です。支持します」
「ご理解に感謝いたしまする」 合掌する。
「で、これから如何するよ。こいつらの身柄は市警に持ってきたいところだが、うちじゃ今ひとつ融通利かせにくい気もする。坊さん、あんたも困るだろ」
「御意」
「ここは襲撃に無力過ぎます。取り敢えず移動しましょう」
「移動って嬢ちゃん、どこへ?」
「外にいた見張り二人が、いま一人になりました。仲間を呼びに行ったのでしょう。今しかありません」
「嬢ちゃん、なんで分かんの!」
「勘です。・・見張りは多分クロスボウを持っていますが、対策済みです」
「嬢ちゃ・・いや、いいや」
◇ ◇
表に出ると「カチッ」という感じの音。
続いて鈍い落下音。
クロスボウを持った男が木から落ちてきた。
振り返ると旧城壁の矢狭間にガン伍長らしき影絵が力瘤作る仕草。
「対策、成功しました。向かいましょう」
「どこへ?」
「私のバイト先です」
「嬢ちゃん、その服でかい? 娼婦の黄色い鑑札付いてるぞ」
◇ ◇
僧院の一角、孤児院棟と繋がる廊下。
はしゃぐ子供達にマグダがスカートを捲られている。
「やめてやめて! これ、お貴族様の絹のドレス*なんだよ。ああ、駄目だめヨダレ付けんな」 *註:Cotehardie
「ぱんつなーい! きゃはは」
「くぉらぁぁ」と、アンヂェが箒で悪童を追い散らす。
◇ ◇
北区から西区の区界を見上げる。昔は此処が町の外壁だったから櫓や狭間を備えた堂々たる城壁だ。三階建て位の建物も見下ろす高さだろう。北区にそんな建物はないが。
石段を登ったところに大木戸があり門衛が詰めているが、城市内外の行き来のように厳格ではない。寺町経由なら自由に入れるのだから、本当は此処を警備する意味がない。真相は、西区の住宅街に住む富裕層が貧民街との間にガードを置きたいとの陳情が多くて、市当局が面倒になったのである。
「このルートが一番安全だぜ」
曹長が夜勤の門衛に気安く挨拶すると、
「医者か?」
衛士長屋から非番の門衛まで出てきて何呉れ手伝ってくれる。捕縛した二人を芋虫みたいに結わえて荷車に積む。
「悪党どもが口封じに来るといけねえな」とか曹長がいうと、皆がそこらの箱やら持ってきて棺桶積んだ霊柩車みたいなものが即席で出来上がる。
「曹長さん、門衛局の皆さん。連携が良いのですね。ご立派です」
「日頃の功徳さ」
「あれ? スレーナのお嬢さん、まさかの転職?」
顔見知りも出て来た。
「あ、失礼な冗談でしたね。お役目ご苦労様です」
◇ ◇
Fiesco館。
ちょっとお祭りになってるところへ
「なんじゃ? 表が騒々しい」
「見てきまぁす」と、ナネット出る。
すぐ戻って来て
「矢傷の人ですって。処置室の方に入れます」
「わし、飲んじまってるぞ」
曹長ひょいと扉の隙間から顔を出して、
「捕縛した犯罪者だ。尋問する間の延命だけでもいいぜ」
「左様も行くまいて」と、ぶつぶつ言いながら処置室へ向かう。
「おう若夫婦、ご機嫌だな」
曹長、入って来ちゃってる。
「それが爵位持ちの御家から養子の口が舞い込んで来まして、お祝いですのよ」
「え? ナネットちゃん離婚するの?」
「あらまあ違いますわよ。それが両養子なのよ」
「じゃあ館長さんと離縁かい?」
「私は婿殿と結婚してないもの」
「そりゃそうだ」
「私の義姉さんみたいの人だから、みんな家族になって万々歳なのよ」
「そいつぁ御目出度うさんだ。どれ、処置室行くか」
遠慮会釈なく通っていく。館長も随いて行く。
「じゃ、あとは二人で」
席を移動して夫婦差し向かう。
◇ ◇
処置室。
「如何だい?」
「砂袋じゃ」
「砂袋?」
「小さな皮袋に砂鉄とか鉛錠詰めて弩で撃つのよ。拳闘士に殴られた感じじゃ」
「死なねえのか?」
「当たりどころ次第じゃな。外傷は無いし酷い内出血も無い。寝かしとくくらいしか処置ないのう。すぐ尋問したきゃ気付け薬嗅がすぞ」
館長横から覗き込んで、
「あらあら、一昨日来たブッカルト某の下男じゃないの」
「へぇ。昨日ニクラウスが事情聴取した奴か。あとでたっぷり歌ってもらうとするか。って・・ときに館長、ちょいとお話があるんですが」と、部屋の隅の方で二人掛ける。
「なんだか話し込みそうじゃのう。ものの便次じゃ、姉ちゃん検診してくか・・って、スレーナのお嬢じゃないか。転職か?」
「みんな言う・・。バイト先はオルトロスの協会です、昨日から」
つかつかと曹長のところに行き、
「お料理無くなっちゃうから、先に行きます。また後ほど」
「お、おう。後でな」
夜道に消える。
「あの格好で行っちまいやがった・・」




