13.麦わら男もっと憂鬱だ
《三月九日金曜、落日の頃》
麦わら帽の男ルイジ・ダ・ラマティは南門を出て街道を西へ。
早々に僧らの草庵が見えて来る。
生垣の向こう、中庭めいた場所。
修道士達が屋外で夕べの祈りを捧げている。
堂宇など無く、木の陰に小さく雨避けの廂があり素朴な聖像が立っている。
小屋の中に灯りが見えるので覗くと、寝床の傍で僧でない男が一人祈っていた。
風貌が、断末魔に喘ぐ弟の言い残したそのままだった。
長剣の柄に手を掛ける。
すると頭の中に声が響いてきた。
信仰心など乏しい自分だが、それは確かに『神の声』だと確信できたのだ。
「そうだな、彼はいま祈っている・・ いま殺したんじゃ地獄に堕ちない」
柄から静かに手を離す。
そのまま後ずさって街道に戻る、
声は確かにこう言ったのだ。
「二度使うな」
◇ ◇
東の空にはもう星が瞬き出す。
食卓のメインは実は昨日孤児院に贈られたのと同じ豚だったのだが、専門の料理人が焼くと見た目からして違う。味の評判も上々だ。接待料理用に厳選して仕入れた数頭だから、子供らも随分と贅沢な豚の一つを分けてもらったものだ。あの彼が孤児院に何か贈れたのは結果的にはあの豚が最後になった。結局餞別になってしまった。未来へ進む方が旅立ちなのだという意味で。
トルンカ弟は御城近郊の農村で育った割には生き物そのものの形が残っている料理が苦手で、鵞鳥の丸焼きなども苦手である。いわんや豚の開きをや。目が合って絶句する。実は目ではなく詰め物が眼窩から出ているのだが。
「なぜ、わざわざ生前の姿を再現するような盛り付けをするんだ。鵞鳥の首をちょん切ってローストしておいて、頭の格好した銀食器被せるとか意味わからん。足の作り物握って鳥腿肉齧るとか気持ち悪くないんだろうか」
「あのぉ、参審人さま声出ちゃってますぅ」
「あっ、すいません・・つい」
・・いかん、社交の場で絶対ダメなこと、してしまった・・
「でも、コカトリス料理とか、冒瀆的だと思いませんか? 違う動物を縫い合わせてキメラをローストにするとか、その・・」
(・・駄目だ、こんなこと言っちゃ! でも、この人見てると、つい気持ちが妙にエスカレートするんだ)
「本コの菜食主義でなければぁ、こちらのお皿なんて如何ですかぁ」
視線が明らかに「(パン齧ってろよ)」と言っている。
結局、ギルマスと同じくらい青い顔をして黙々と野菜料理を食べる。
「ニクラウス様お忙しくないんですかぁ?」
「忙しいな。食事に」
◇ ◇
ガン伍長は可成り夜目が利く。このくらい月明かりがあれば何不自由ない。
曖昧宿「山猫屋」から名無しの男が出てくる。男坂を降りていく。伍長、男を目で追うか一瞬迷うが、宿の戸口から目を離さない方を選ぶ。うまい具合に暗くなってきて、屋根の上で伏せている必要も薄らいだ、座位なら今の位置からでも男坂に入る辻は見えている。案の定、辻の脇あたりで潜んでいる。
「ちょっとヤバそうでやんす」
男坂上の方から女が下りてくる。
◇ ◇
山猫屋。
相変わらず無愛想な中年女が眠そうな顔をしている。
入ってきた女の胸の黄色い鑑札を一瞥見て、また頬杖突いて外方を向く。
女が二階に行くと、奥の部屋のドアの前に熊のような髭面男。
「すまねえ。ツレが先に女呼んじまってよ、部屋取られた。
「ダブったの?」
「しゃあねえ、他所ぃ行こう」
「屋外とか嫌よ」
「ちゃんと部屋取るからよ。グレードは落ちるかもだけど」
二人、階段を降りる。
無愛想な女、ぼんやり見送った後、板壁を性急く叩いて隣室の誰かに何か囁く。
◇ ◇
ルイジ・ダ・ラマティが南門前に戻ってくる。
もう閉まっている。
「しまった・・」
閉門時間のある暮らしに慣れてなかった。額に手を当てる。
◇ ◇
西区、フロラン邸。
「それで、審問官の犬だか威を借る狐だか、消息を絶った奴ってのは何者だ? どんな奴だ?」
「異端者の陰謀を暴くコンサルタントとか自称してる法律屋みたいな風態の若造だそうで、従者三人従えて羽振りの良さそうな形りだったとか、修道士みたいなのも一緒にいたとか」
「奴は何を嗅ぎ回っていたんだ」
主人少し膝を乗り出す。
「これはもう言っていいでしょう。それが薬屋のニコロのこと臭いんです」
「奴が嗅ぎ回ったお蔭で昔の粛清がぶり返したってのか?」
「可能性はあります」
「それでニコロが消え、弟は殺されてた・・てか」
「申し上げ難いんですが、昔の事件穿り返しに来たんじゃないと思います。それじゃあ強請り集りの種にゃあ弱い。弟さん傭兵何十人も抱え込み、自分には護衛四人も付けてた。何をしてたんでしょう?」
ペテロ・フロリアーノ固唾を呑む。
◇ ◇
屋根の上のガン伍長、目を凝らす。
髭面男が女を連れて山猫屋を出る。男坂を下る。表参道を横切って貧民街に降りていく階段坂の方へ向かう。隠れてた名無し男が距離取って追随て行く。
「拙い。あっちの階段坂降りられると此処からじゃ見えねえでやんす」
移動しようとして、気付く。
修道士ふうの姿の男。
「拙い拙い! 想定外の三人目が居やがる!」
◇ ◇
ルイジ・ダ・ラマティ、とぼとぼと西の草庵に来る。
僧たち、もう悉皆り暗いのに今だ聖像の前で叩頭いている。
小屋の方の男を窺おうとして、小枝の木の葉の音でそれと知った男と目が合う。
男、出てきて一礼し、
「こちらへ」
裏庭の方に誘う。
中庭の僧たちと反対側、家畜小屋の脇で
「夜番なさってた方の・・」
「兄だ」
顔、似てるからな。
元騎士だった大男、また一礼して横を向き、跪いて掌を合わせる。
「どうぞ、存分に」
ルイジ、長剣の柄頭を握り締めて、
「だから、祈ってられたら出来ねえんだよ」
「それでは」と、合掌を解き後ろ手に組んで首を垂れる。
「出来るかよっ!」
気付くと、離れたところでジェヴァンニ修道士が一部始終を見ている。
目が合ったので挨拶を交わす。
いつの間にか他の修道士もジェヴァンニの後ろに立っていて、お辞儀をする。
ルイジも皆にお辞儀して、背を向け、去る。
南門前まで帰ってくる。
「いや、俺・・泊めてもらいたくて行ったんだったが」
夜道をとぼとぼ歩いて、東の見附を過ぎた辺りで突然大きな声を上げる。
芝居がかった身振りで、
「馬*、馬をくれ! 馬、俺の村をやるから」 *註:"A horse!”
再び小さな声になって、
「阿呆っす」
◇ ◇
髭面の男、女の手を取って階段坂を降りる。
「ちょっと! この先は貧民街です。宿なんかありません」
ずんずん進む。
「いや、橋の袂に確か一軒あった」
女の手を握って離さない。
「あそこは兵隊相手の娼館です。住み込みの女たちが居ます。見番も通さない独立系の店で、女連れの客は入れません」
「じゃあ南の方に行ってみよう。木戸の向こうとか」
「そっちは裕福な市民の住宅街です。宿はありません。その先は職人街で、同業者限定な仲間内の宿ばかりです。そのまた先の町外れは色街で、娼婦には縄張りがあります」
「そりゃ困ったな仕方ない。この近くに知り合いが住んでるから頼んでみよう。なぁに酒手の少しも勢んで与れば、蝋燭の一本や二本分も家空けて呉れるさ」
「独身男の汚い部屋とか嫌です」
「綺麗好きな婆さんの家だよ。台所で盗み飲みしてて奉公先追ン出されたばっかりなんだとさ」
無骨そうな容姿の割りに口先のよく回る男だ。
無骨そうな腕で女の手を握ったまま引っ張り回す。
無骨なつらに似合わない愛想笑いを浮かべて盛んに喋る。女が付かず離れず追ってくる名無し男に気付かないように。
その故で、自分も修道士姿の男の追跡に気づかない。
法地に貼り付く荒屋の間を行くと、その一つに入る。奇妙な飾り付けや占いのカードが散乱した部屋で、鍋に何かが煮えている。
女、髭面男の手を振り払って小走りに戸口に向かうが、その扉を入って来た名無し男が後ろ手で閉じる。
かちり・・と、鍵。




