6.黒頭巾が一番憂鬱だ
《三月九日金曜、暁の頃》
街道はエリツェの城市内を通らない。城市の南壁が街道に面している。
東の空に日が登る頃には、近隣の村に住む非市民の商人や副業で商いをする農民が集まり、城壁に仮設の屋根を差し掛けて、市が立つ。商工ギルド連合会の監督下にある城市内の市とは違い、市庁から直接に認可を受けた、市民と非市民混成の自治組合が管理する市だ。
体の芯まで冷えた黒頭巾の男は、屋台で雑穀粥を食して暫しの暖を取ると、市に出てくる市民の雑踏に紛れて漸く開いた南門より市中に入ろうとする。
警備兵に呼び止められる。
黒頭巾の男、渋面で、
「入市税は幾らだ?」
聞かれて、警備兵が怪訝な顔をする。
「入市税は幾らだ?」 重ねて聞く。
「そんなものは有りません」と、警備兵。
「なら通してくれ」
「紹介状はお持ちですか?」
「紹介状?」
「紹介状はお持ちですか?」
埒があかない。他の警備兵が寄ってくる、いつの間にか人垣が出来ている。
警備兵が俺の衣服の濡れに気付いている。
これは拙い。決定的に拙い。
「いや、旅の途中で失策があって隊商の皆に置いて行かれてしまったんだ。昨日着いてるはずの仲間探して、皆に詫びれれば、元の一行に戻れるかと思って」
「成程。で、お仲間はこの町の誰を訪ねる紹介状をお持ちなのですか?」
拙い拙いっ、非常ぉにっっ拙い! こいつらゴチゴチの規則マンだ。口先の言い訳がまったく通用しない。粘っても怪しまれ、顔を覚えられるだけだ。
当地の一風変わった仕組みを何も説明しなかった仲間を苦々しく思いつつ、一旦仕切り直そうと決める。市内で落ち合う場所まで指示しておいて、きっと自分ひとり分だけ紹介状を手に入れていたのだ。なんて杜撰な奴だ。いや、俺が潜入に失敗すると思っていなかったのか。俺の過失か?
「諦める・・。仲間に赦して貰えるアテも有るわけじゃなし、もう立ち去るよ」
門に背を向けて立ち去ろうとすると、警備兵が付いてくる。
拙い、マークされたか。
「さぞお困りでしょう。この先にお坊さんの草庵があって、巡礼さんじゃなくても一晩くらいなら泊めてくれますよ。近くまで案内しましょう」
拙い拙い。人気のない所に行ったらコイツ片付けて逃げるか・・と思ったら、他の警備兵も野次馬もぞろぞろ随いて来る。
なんだ、この市は! なんでこんなに皆が物見高いんだ。
暗渠を潜って入ろうとしたら死体が二つも飛び出して来るし、門の警備兵は紹介状が無いと通さんと頑なだ。怪しい。怪しすぎる。
城市ぐるみ異端邪教の巣窟って・・ブシャールの奴、また何時もの空想横車で難癖付けて金せびる気なのだと思ったら、もしかして今度は本当なのか?
◇ ◇
探索者ギルド協会、1階大ホール。
昨夜ーーというか少し前までーーの壊滅的な宴会の惨禍を懸命に回復中なのは近所の主婦軍団である。朝食を済ませた家族を仕事に送り出した後、ギルド会館で下膳や洗い物のバイトに集まる逞しい夫人たちで、総指揮官はバイト料を支払う金庫番ヴィナ嬢。本日は特別料金で酔い潰れている男たちの取り片付けと清掃。正体のない男どもを中庭に放り出す作業が、着々と進行中である。
小柄のヴィナが、結構大男なギルマスの両足を荷車の轅を引くように両脇に抱えては、鼻歌混じりに別室へと引きずって行く。ギルマス俯せで顔面が床に擦れるたび、何か譫言を言っているが聞き取れない。多分これから受ける酔い覚ましの荒療治を、勘弁してくれとの哀願。
受付ブースにバイトの黒髪娘、ベルコーレ軍曹の応対をしている。
「雇い主の急死で雇用が契約終了となり、我ら全員が突然に不法残留者と化って始末ったのである。貴協会で業務が受注できれば合法滞在期間が延長できるという理解で宜しいか?」
「初期登録者の賃金水準が低いことと、特殊技能ある者以外の受注がかなり狭き門であることもご理解下さい。今朝一番で元お仲間が清掃業務を受注されました。基本的に早い者勝ちです」
「受注できずに就労せぬと・・」
「定期的に市警の無宿者取締があり、確保されると強制重労働に服することになりますが、それも一応の合法滞在期間延長ではあります」
「では、強制退去になる場合とは?」
「強制労働で就業態度が悪かった者と、軽犯罪に関わった者です」
「軽犯罪以上のものは?」
「強制退去になります」
「?」
「人生から」
◇ ◇
南門から街道に沿って、賑わい始めた市の前を、黒頭巾西へ。
ぞろぞろ西へ。
野次馬だんだん増えてる。拙すぎる。
西門も過ぎた先の街道沿いに、草庵らしきが見える。
数人の僧が菜園を手入れしている。
「フラ・ジェバンニ、おはようございます」
「おはようございます、皆さん」
「実はこの人、紹介状が無くて町に入れてあげられないんです。でも具合が悪そうで。どうか寝床を貸してあげて頂けないでしょうか」
「(俺が、具合が悪い?)」
何を言っているんだ。体力も頑丈さもひと一倍。壮健そのものだ。
そう心中で言った瞬間、足元が歪み、思わず膝を突く。
そして意識が遠くなった・・
◇ ◇
エリツェブルの公文書館。
アサド師をお迎えする。
なんともお懐かしい。何十年ぶり?
つい頬が綻んでしまう。
お嬢様も草葉の蔭でどんなにかお嬉びでしょう。
あの若い修道騎士さんが、とうとう何と教区の大司教様に!
でも本当の本音は、お寺でお城でどんなに御出世なさるより、お二人でささやかに仲睦まじうお暮らしになって欲しかったです。
「座下*の光臨、無上の栄誉と存じまする。何なりとお申し付けくださいませ」と、館長。 *註:大司教への敬称
「なんのなんの、まだ只の内定だから他人行儀に呼ばんどくれ」
「(え? 『他人行儀』?)」
もしかー、ナネットのママってお坊様と旧知の仲とか?
尻娘吃驚っ!
世間狭すぎて驚愕。表情に出ないよーに、もう必死。
義叔母さんの義姉さんってギリギリ親類だけど、あたしの縁で「聞きにくいことも聞ける」ってお坊様に期待させても悪いし、あたし居るからって「答えにくいことも答えないと不可」てナネットママに気を回されても困る。
霊魂力フルに込め眼から「あたしのこと黙ってて」光線を出す。いや冗談です。
館長なんか察したか、微笑み返す。
大丈夫かなー?
◇ ◇
東門。
物蔭にニクラウス曹長。
十中八九は是方を通るはずだが、万一もあるから南門にはスパさんに行ってもらった。でも、あの人は他に面白そうなモノ見ると、ふらふら持ち場離れる虞れがあるから不安が残る。あの人の考え方は萬ず「警官」的じゃないのだ。
困ったものだ。
などと思い巡らしていたら、馬車が来た。杞憂だ。
馬車の扉を開ける東門附書記官の後ろに、すっと張り付く。
当惑する書記官を然りげなく押しのけて、
「閣下、ようこそ当市へ。自分は警吏局のニクラウス・フォン・ウラニアと申す軽輩です。当市生まれですが、祖先はキシュ公国アッガ県の出です」
「同郷とは奇遇な。判事補を拝命しておりますリンドルフ・フォン・キルヒャーハイムです。本日は宜しくお願いします」
「(お、第一印象いいぞ)こちらこそ閣下」
「プフスブルの太守を相勤めます叔父の縁故だけで大役を頂戴した若輩者です。何とぞ宜しくお引き回し下さい」
「ご同席出来て光栄です」
目を白黒する書記官を尻目に、馬車に乗り込む。
◇ ◇
黒頭巾の男が目を覚ますと、黒頭巾の男でない。いや、衣服が脱がされ清潔な寝床にいる。失態だ。
身元が分かるような物は身に付けていない。血刀はよく拭ったし洗った。旅人が護身用に所持していて全く不審でない物だ。やや不自然なのは身なりの割に所持金が多い事くらい。
衣服の濡れ具合は誤魔化せない。城の外堀を泳ごうとした以外の説明が付かないが、それはもう門の警備兵にもしっかり見られている。明らかに不審者だ。
「気が付きましたか?」
菜園で働いていた僧が入って来る。
「ご自身の体力を過信してはいけません。結構お熱があります。しばらく大事になさい」
素直に詫びる。
横になる。
僧が黙って菜園に出ていく。
東の村であった殺人と今朝来た不審者は、じき結び付けられる事だろう。隙を見てお暇しよう。
面が割れてしまっては仕事は無理だ。警備兵に咄嗟についた嘘で、失策があったと言ったのは、きっと本音が素直に出たのだ。思えばあの時、不用意に門内に入ろうとしてしまったのも、体が一刻も早く休息をせよと求めていたが為の無自覚な軽挙だったか。
「俺は愚かだ」
◇ ◇
判事補の馬車がオルトロス街区に入る。
コンユラの会館前に横付け。
ニクラウス曹長、先に降りてタラップ脇に控えて礼。
横目で玄関側を見ると、なんか人数が多い。
「協会コンスルを務めますプロキシモ・ガルデリーニでございます」
「パルミジエリ伯爵府書記官マリウス・フォン・トルンケンブルグでございます」
「市庁門衛局書記官レナート・カペッラでございます」
次々とレベランス。
おい、お前ら。何の用事で雁首揃えた!
悪い予感しかしねえ。




