2.女医殿も憂鬱だ
《三月八日木曜、夕刻》
ニクラウス曹長は矢ッ張り釈然としない。
思い巡らしながら悄然と歩く。
一昨夜の件が自分の担当だったら、どう処理していただろうか?
尻尾を掴もうと泳がせてた凶悪犯が始末されてしまった・・のだろう。念入りに検屍すれば手掛かりも見つかろうが、防疫局と一戦交えなければならない。一時滞在中外国人の不審死だ。防疫第一の観点からは強硬に遺体の即時焼却を要求して来るだろうからな。しかし条件付入国許可を出したのは天領の判事補だ。ということは、プフス代官所の方も介入して来るかもしれない。
一番簡単無難な手は、防疫局にわざと負けることだ。そうすることで代官所と揉めても、あちらが矢面に立ってくれる。ところが担当した同僚は、オルトロス街の探索者らを焚き付けて上手に肩代わりさせてしまった。
「先が読めん」
今日の一件はどうだ? これは正直ヤバい。
政治問題だ。
今日の死体も余所者の北部人だ。異端審問官の紹介状を手に、意気揚々と乗り込んできた怪しげな法曹コンサルタント。それが首を吊った。
「下手すると審問所と大司教座の代理戦争に巻き込まれるぞ」
ーー唸る。
手下が自殺とか、紹介状書いた審問官は大失態だ。進退に関わるだろう。
自殺だという証拠は万全に揃ってる。抗ってるのは自分の『警官の勘』だけだ。
べったり大司教側の土地柄、審問官側の肩を持つ捜査など、はっきり言って郷里郷党を敵に回す。ここは不偏不党に徹するしか無い。
「『手を出すな』じゃのうて、『手を貸せ』」か・・
ーー悶々とする。
薬屋が危険な薬瓶を残して慌てて逃げた? あいつも死んだか?
首を吊ったジャン・ブシャールの部屋の遺留品。書き損じた手紙の反古に『魔術師』ニコロ・ベレンガリオの名が有った。
「共通点・・死んだやつが『ひとごろし』だ」
「(若い女の子のスカート脱がしてた悪ガキ、ビシっと叱るべきだったかな・・)」
ーーそれは濡れ衣だったのだが
見ると、署の裏路地の隠し扉の前で小用を足そうとしてる男がいる。変装した捜査官らが密かに出入りする裏通用口なのだが、人目に付き難いのが災いし、困ったスポットになってしまった。
無性に腹が立つ。
「おい!」
◇ ◇
「えーと、こちらがベラスコ館主さんの委任状。こちらが協会長さんの確認書・・と。で、あなたがベラスコ家のご家人ヨハンネス*・フォン・ヘーゼルホルツベックさん・・」 *註:ハンス
「本人確認の何か要りますか?」
「省略しましょ、あなたは銀の拍車を返上した忠義者と有名人ですからなあ。そのうち御顔を存じ上げてる市庁職員も誰か通りかかる」
話のわかる役人だ。
「鹵獲品の馬匹をベラスコ家の資産と認定する正式書類です」
印章長*への申請書にT.アルバと署名、給仕の小僧に渡して公印を取りに行かす。 *註:Stampelmeister
「あちこち掠奪しまくった野盗どもが闇で売り捌かず、自分ら用に手元に残した馬だ。たぶん軍馬並の上等品じゃないかな。十三頭とはひと財産*。業者集めて競りにするのをお奨めします。商工ギルド連合会に紹介状を書きましょう」
*註:中古のベンツ13台と思えばいい
「そりゃ何から何までご親切に」
「参事会の予定が入ってるので認定が下りるのは明日になります。待たす埋め合わせに、馬は市の厩舎で預かりましょ。そのくらい融通きかせます。私財大枚投じて賊を討ったんだ。南の方の村に親類のいる市民も少なかぁ無いですしな。きっと顕彰しようって署名が集まりますよ」
「さすがは旦那様だわ」
ハンスの後ろに控えた下人たちが館主の決断に感心する。
「んじゃ、旦那様に小遣いも貰ったし、今日は皆で飲もう」と、ハンス。
「それがいい。良い店を紹介しましょ」
気のいいアルバ老人、最敬礼して去って行くハンスらを見送って、一帯のパトロンである伯爵家宛にも感謝状発行の申請を書き始める。
「どう言うわけか、俺の推薦状はよく通るんだ。永年勤務者で信用あるのかな」
鼻歌まじりで楽しげ。
◇ ◇
探索者ギルド協会ホール。
皆が丸盾やら凧盾やら掲げて抜身で叩き、拍子を取って歌っている。
一杯加減で大層な熱気。
皆の輪の中心で、菜の花色の髪の娘がテーブルの上に飛び乗って、スカートは踝まで有るのに太腿はおろか一段とんでもない所まで晒して異国風の所作の踊り。此方は十杯加減程か。
その卓の端で黒髪の娘が頭抱えて座っている。
「どうしよう、これ・・」
此奴ら此の形りで通りに繰り出したら、武器帯同集合で即お縄だよ。盾はいい。あ! 突き角の付いてる盾は駄目。あれ、凶器認定。刃物は刃渡り一尺が御法度だ。斧は論外、長柄も当然。警棒までなら大丈夫・・。ええっと、何とか捕り具と言い訳付きそうなのは、あれと・・あれと・・。
私がなんとかしなきゃ!
「おー おー おー おー 我ら自由人」 男らが歌う。
ああっ、私の推しはヘクトル様なのに。
◇ ◇
ラマティ街道が東の見附を過ぎ、城市へ向かう長いだらだら坂の登り口。
馭者台の黒髪の青年、馬車を止めると
「城内に入るんだ。幌に封をしないとね」
少年が二人、元気に飛び降りて馬車の後部に回る。
荷台に死体が六つある。
◇ ◇
夕暮れ。
「ちくしょう、腹減ったにゃ」
道端で猫獣人が膝を抱えている。
鼻がひくひく動く。
「美味そな匂い」
猫の目の前をバスケット持った若妻が通り過ぎる。
若妻を目で追って、猫が溜息つく。
「うにゃー」
◇ ◇
「ちくしょう、腹減ったな」
公文書館の事務室で男が俯いていると、通用口でノック。
ドアを開けると若妻が飛びついて軽くキッス。
「ナネッタ!」
「キスされた唇は幸せを忘れちゃいけないのよ」
「幸せで死んじゃうよ」
「死んだら、また生まれ変わらなきゃ。あのお月様のように」
若妻、男の執務机の上に汁物の入ったポットを置く。湯気が立っている。
「おなかすいた?」
「馬が食えるくらい」
「冷めてない?」
「熱いくらい」
「それと、お義母様から手紙が届いて、これ」
「何? 極秘に助産師を手配できないかって? おれに弟とか言わないだろうな」
「トルンカ村って、お産婆さん居ましたよねえ?」
「よっぽど内密にしたいか、それとも飛切り腕が良くないと不可いか」
「御城方面のかたって事でしょうか」
「お姫様、聖ルイザで先週会ったけど相変わらず細かったしなあ」
「月影様でもないですよねぇ」
「うん。賭けてもいい」
「口が固くないと駄目ですって」
「口の固い女なんて世界に四人しか知らないぞ。お義母さんと君だろ」
「それにお義母さんと・・」
「あの人くらいだな」
◇ ◇
「とっぷり日が暮れないうちに行かないとね」と、ナネッタ。
もう薄暗いので早足。
普段ならもう閉館して戸締りの時刻だが、お客様の調べ物が終わらないので夫は残業だ。仕方ないから、わたし行かなくっちゃ。
西へ五叉路まで出てそのまゝ行くと、旧城壁の矢狭間が残る馬車道。右手崖下の貧民街とは天国と地獄、御屋敷街には及びもないが、町で二番手の高級住宅街に入る。Fiasco de Fiesco というふざけた看板が見えてくる。
「あらナネッタ、当院に用かい? お目出度?」
と、ちょうど今の帰宅らしい女医に後ろから声を掛けられる。
「いえ、そっちは当分未だです」
「そんならヒルデか?」「それも絶対違いますっ」
「そらぁ、そうだ」と、笑う。
◇ ◇
玄関口で。
「なんで那奴わしに直接言わん」
「身内は遠慮なすったたんだと思います。面倒ごとな臭いしますもん」
「わしに同業者を紹介せよとは言いにくいちゅうてか? わし、そんなに了見狭くないぞ。ちゅうか、わしが知っとる同業者といえば修道院時代の仲間ども」
「それですよ、きっと。御堂と縁の濃い人を避けたいんです」
「ふうむ。御城に誰ぞ大司教座と折り合いの悪い内密の客人でも居るのか? しかも臨月近いご婦人が・・」
・・面倒ごとの様じゃわい。
「ぱんつ! ぱんつ! 無いー」 二階から声。
・・おや、クリス帰っておるのか?
尻娘、階段を駆け降りてくる。両手に長靴下。
「あー、義叔母さん。また行ってきまーす。ナネッタこんちわ又ねー」
慌ただしい。
「『こんばんわ』だってば」
仕事柄、男物の服を好むのは解るけど、男物の股引き穿くのは嫌らしい。あれじゃお尻見えちゃうでしょ。まずくない? などとナネット口中で呟きながら後ろ姿を見送る。
「この家屋敷は義兄殿と宿六の持分半々じゃったから、半分はあの子のもんじゃ。ひと部屋しか使っとらんから、わしが差分の家賃渡さにゃ不可んのに受け取らん。無理して物騒な仕事せんでもいいのに」
いっそ養女にとも思っている女医、義姪の将来を按ずる。
◇ ◇
鐘楼の上。
寺男の老人が目を剥き、
「なな、なんだ! ありゃ・・」




