279. 憂鬱な捜査陣
《三月二十二日、まだ朝方》
ミーゼル領アルパの町、路上。
警察課のジルバ警部、部下を連れて現場に向かう。
「下手人は間違いなくプロなんですけどね」と、フライシャー警部補。
「ああ。雇った側が荒事に慣れてない感じかな」
「バスティアンという執事が余計な動きをしてなかったら、ホーストヴェサー家の名前も出て来なかった訳ですし」
「其処も腑に落ちない所だ。まぁ純粋に仏心が出た可能性もあるが」
「あの若者、放っときゃ九人目の被殺者でしたからね」
「雇われた殺しのプロどもが、冒険者ギルドと事を構えるのだけは嫌って雇い主に注文つけた可能性も否定は出来ないだろう」
・・プフスのギルドが『血の報復』をやった話とかは、裏の業界の者の方がよく知ってんじゃないのか?
◇ ◇
トスティ邸に着く。
キープアウトしている夜勤番の警官たちの顔に「流石にもう許して下さいよ」と書いてあるので、交代させる。
朝の光で見ると、轍と馬蹄の跡が裏口の方へ来ている。
「連中、馬車で来たのか」
「熊手みたいな道具でしょうか」
馬車を降りたところから神経質なくらいに足跡を消している。
「暗い中での作業だ。ひとつくらい消し漏れが有ってもよさそうなものだが」
使用人二人の遺体があった辺り。遺体の位置に小旗が立っている。
「片付いちまったか」
こんな日に限って嘱託の法医が早起きだ。
「検案書と入れ違いかよ・・」
「警部、ここ」
「うん」
踵のあたりの消し漏れが有った。
「使用人の物かも」
「希望消すようなこと言うなよ」
下旬の月の出は遅い。暗闇の中で『掃除』をしたのだ。強盗提灯か何かのような道具でも使ったのだろう。
「本当に神経質な奴だな」
勝手口に入る。竈門のある土間の部屋にも小旗が二つ。下げられた家族の食器が手付かずに重ねられている。
「使用人たちは食事前か」
・・日没に家族が夕べの祈りを済ませた後に、食事。その後に使用人が食事だ。犯行時刻はガス青年の供述どおりと裏が取れた。
本館の石床に遜色ないくらいに固く叩き締めた土間だ。『掃除屋』も違う道具を使って足跡を消している。
「証拠隠滅専門に少なくとも一人いるな」
御大層な暗殺チームなことだ。
「血振りをした血痕が壁に残っていて手付かずです。『掃除屋』が気にしてるのは自分達の身元や人数の痕跡って事でしょうか」
床の血痕を踏んだのだろう。足跡は残っているが、その特徴が消えるように床を擦っている。
「ふん。だが歩幅の見当がつくから背格好は想像が付くな」
「警部ったら、現場に出てから日が浅いのに、まるでベテランみたいですね」
「みんなの記録を作ってたからな」
調書や伺い書だけでなく、書くのが得意でない捜査官の報告書も代筆してきた。現場の疑似体験というやつである。
居間。三人死んでいた。惨劇の主たる現場だ。
「悲鳴を上げそうな女房が最初の犠牲者か」
「台所には下女が二人いましたが」
「そうだな。『掃除屋』が一人の・・『始末屋』は、少なくとも二人ってとこか」
「息子は未成熟児童。一家の主人は、まぁ屈強とは言い難い。『始末屋』には楽な仕事の部類だろう」
二階に行く。最後の犠牲者、十八になる長女の部屋だ。
寝台の上に旗が立っているが、遺体は寝台の下だった。
下で息を殺して震えている娘に、ラタン製の寝台上から、寝具越しにひと突き。そのまま刺さっていたのが遺留品の長剣だ。
「家探しした形跡もない。最初から屋敷に何人いるか知っていた様子だな」
・・彼らが立ち去った後にやって来たガス青年の『叫喚』で、隣家の者が異常に気づいた。外れの方とはいえ屋敷街だ。隣りの家はそう近くない。若者の呼ばわる声は聞き留めたがが、殺された者たちの声は聞いていない・・か」
「その道のプロの仕事って訳だ」
・・ひと知れず凶行を進めるテクニックに、自分達の身元を隠す気の使い方・・
馬車の轍は手付かずだ。
「表のほう、調べるぞ」
引き返して勝手口を出る。
「馬蹄の跡とか、なんか特徴は無いか?」
「馬蹄より、この轍・・なんか変に撓んでません?」
「むっ」
◇ ◇
ファルコーネ城、大広間。
スレ弟A・・黒髪のスレナス兄弟の弟ふたりの片方、名をアズラエールと言うがAとしか呼ばれていない。戦場で斃された男が臨終の瞬間に相手の顔を見て、かつ本名を知っていると呪いをかけることが出来る、という傭兵の間のジンクスがあり余り名乗らないという話だが、真偽の程は分からない・・壁のよじ登って高い所の刀掛けに飾ってあった戦場剣を取ろうとしている。
「お兄さん、あぶないってば」と、ドミニク。
もう、お兄さんと呼ばれるくらい仲良くなっているのだろうか。
年齢的には、新弟子三人組が揃って十二歳、黒髪兄弟が十五前だから、ギルドの俗語で言う『厨房』連中の埒内だが、スレ弟らは結構戦さ場の経験が有る。背丈も既う結構伸びていて、五尺刀くらい余裕で振り回す。
到頭、壁の戦場剣を取ってしまう。
「これが中段鉄門の構え」
得々として構えて見せる。ダガーの時と違って順手なので、両手をクロスせずに中段と言いながら地摺に構えている。
ジル少年、だんだん辛抱堪らなくなって来ている顔。
◇ ◇
再び、アルパの町、路上。
「自分達の足跡を消すのにあんなにも熱心なのに、乗って来たと思しき馬車の轍は手を付けずって、少し引っ掛かるな」
「ちぐはぐな感じです」
・・そう。何かに付けて、ちぐはぐな感じが付き纏う。
挙動が怪しいのに動機は一向に見えてこないホーストヴェサー家のちぐはぐさ。
明らかに余計なことをしている執事の言動のちぐはぐさ。
そして、足跡必死で消して轍は気にしない実行犯のちぐはぐさ。
「もしかして実行犯グループと雇い主の仲は・・いま一つ上手く行ってないんじゃ無いのか? なんかギスギスした関係とかさ」
因みに、いま起こっている現象の根本的な原因を数多くの事例から探求するのは帰納で、そうなった特殊事情を推測するのは仮説推論である。
「それ、あるかも知れませんね」
「たとえば、殺し屋グループが『冒険者ギルドとは事を構えたくない』との条件で仕事を引き受けたのに、襲撃予定の場所にギルドから護衛が来ているという情報が入って、仕事を降りる降りないで揉めた・・とかさ」
一般に、この推論法は論理的な推論法とは認められていない。論者の抱いている先入観に強く影響されるからである。
とはいえ警部、ガス青年の腕力からして一家八人惨殺の犯人ではないと早くから判断していた。これは能力評価が妥当であれば論理的推論と言える。
また、執事バスティアンが述べた事が虚偽だという判断は、犯行現場で『細長い重そうな包み』の包装が未発見であるという、自己で検証した事実からの推測だ。ガス青年現場を離れていないとの供述も、血の池状態の室内に踏み込んでしまった彼の足跡で裏が取れた。だから、ガス青年の行動には『包み』の包装を隠匿できる余地がない。
つまり、執事が事件直前に現場に到着しないようガス青年を引き留めた行為には『仏心』の可能性を全く否定しないまでも、『リスクを冒してでも、そうせざるを得ない』行為であったのだと、警部が考えたことは合理的な推測と認めて良い筈である。
その帰結として、直前で仕事を降りそうになった実行犯グループを引き留めんと緊急避難を採ったかと考えた。そして実行犯が轍を隠さなかったことを不承無精の態度ゆえと説明した訳である。
田舎警察には勿体無い人材である。
警部ら、市庁に帰投する。
「警部、ご来客です」
アーノルト・ガイツィガーが来ている。




