278. 憂鬱な警察関係者
《三月二十二日、朝》
ミーゼル領アルパの町の冒険者ギルド。
訪れたアーノルト・ガイツィガー、依頼者だ。
「死んだ父の名はディートリヒ・ガイツィガー、徴税請負人だ。昨夜、屋敷街南のゴルデクス交差点近くで馬車に轢き逃げされて死んだ。逃げた悪党が何処の何者か知りたくてね」
「探偵をお探しですか」と、おかみさん。
「何者だか割り出せたなら成功報酬を金貨五枚、手掛かりだけなら最低銀貨三枚に情報の中身次第で上乗せする。警察から盗んだ情報でも構わない」
「期限は?」
「できれば一週間以内。多少伸びても構わないよ」
「然るべき者から連絡を入れさせますわ」
「じゃ、頼むよ」
アルノの後ろ姿に声を掛ける、
「若旦那、仇討ちをお考えですか?」
「相手次第」
去る。
「ふぅん? クズ情報でも銀貨三枚ってんなら誰でも飛び付くだろうから、こりゃ厳選しないとね」
早速聞きつけた男たち数人、寄って来る。
◇ ◇
ジルバ警部、役所に帰投するとヤーコブ・ローレンガーが来ている。
「やあ、ギルマス自らお運びですか」
四人で応接室に入る。
「ホーストヴェサー家のゴルドーって執事に会ってきましてね。いや、もう臭いの臭いの」
「ほぼ全面否認です」と警部補。
「そんな!」
「ガス、慌てるな。警部さんはお前を信じて下さってる」
「ちょっと言葉を交わしただけで、自分は陽の落ちる前にホーストヴェサー家へと帰った・・と言っています。おまけに、そのときガス君が『何やら細長い重そうな包みを持っていました』だとさ」
「そんなもん持ってません!」
「凶器が長剣だったってのは、まだ外部者が誰も知らん話だ。あの古狐、ガス君を嵌めようとして尻尾出してます」
「信じて下さるんですか!」
「そりゃ、現場にそんな『包み』のガワなんて無かったからな」
「包みの・・ガワ?」
「あちらの計算違いは、ガス君が現場を離れなかった事。大声で『叫喚』したから良かった。でなきゃ、君は陥れられて居たかも知れん」
「いや・・夢中で」
「執事とは、どういう知り合い?」
「昨夜バイトに行った先です」
「君が今日は此処だって知ってる?」
「明日は空いてるかって聞かれたもんで、つい・・」
「おめぇ、仕事のスケジュールは守秘義務のうちだぞ」
「すいません。夕食をご馳走になった時に、つい口が軽くなっちまって・・」
「あの執事、きみが長剣を持っていた事にしたくて、しかし露骨には言えないから其れらしい『包み』を持っていたって作り話を咄嗟に作った。お陰様で『長剣だけ現場に在って、それを包んでた筈のものが無い』という矛盾を作って呉れちゃった訳なのさ。割と泥縄な犯行だな。動機はなんだ?」
「あの・・警部さん」
「何でしょう?」
「ずっと気になっていたんですが。俺を呼びに来た警官アントンさん・・『六人も殺されてるから七人目にならんよう保護した』って仰ったんでさぁ。でも被害者は八人」
「我々が現着したとき、部屋の中に六人の犠牲者がいたんで急ぎ、ガス君の身柄を保護しました。あと調べたら二人、腕っ節の強そうな使用人が二人とも警棒持って裏口の外で討ち死にしてました。つまり賊の進入経路は裏口です」
「なるほど」
其の時、応接室がノックされ、警官一人入って来る。
警部に何か耳打ちしようとする。
「構わん。話して」
「はい。被害者の遺族が判明しました。ハインツの妻の母クラレッタ・トスティが存命です」
「連絡は取れるか?」
「それが・・」
「なんだ?」
「プフスの聖ジェローム院です」
「尼さんか!」
「ウーゴ・トスティの死後、屋敷を娘夫婦に譲って出家しています」
「あっちゃぁ、痛え。原告になれないな」
「どうなすったんで?」
「ここまで見えてきたってのに、原告がいなきゃ立件できないんです」
この世界、検察というものが無い。
◇ ◇
ミーゼル領の北、ボスコ大公領メッツァナの町。
「さすがに、ここまで北に来るとアグリッパの商人が強くて駄目ね。そう簡単には参入できないわ」
昨夜鬱々と考えて出した結論である。
・・やっぱりベーニンゲン辺りが関の山かしら、と考え込むはアルゲント商会のディア嬢。
「嬢ちゃん、一旦戻るかい?」
「土日にプフスでミュラと落ち合うスケジュールで行くわ」
ボスコとミーゼルの間には、ちまちまと中小の領主が割拠していて何処が牛耳を執る訳でもない。
ちまちまの中で比較的大き目だったベーニンゲンの町に絞ってみる。
出来ることならメッツァナで参入したいところだが、ベーニンゲンとかの辺りで橋頭堡を作っておくのもセカンドベストだろう。
「でも、心配なのよね、あの噂」
ベーニンゲンには価格破壊してる業者がいるのだと。
何処かの大手が進出のため、地元業者潰しにダンピングでも為ているんだろうか。
そんな渦中に飛び込む必要はさらさら無い。
「でも、ダンピングは食品関係よね。地場の生産農家を潰しても意味無いわね」
「単純に、日持ちのしない物の在庫抱えすぎて投げ売りしてるだけじゃ無いですかい? 戦争でも始まるかと思って借金してまで買い占めやった馬鹿野郎がやらかす損切りとか、俺ゃよく見てきたぜ」
・・そんなものなら警戒する事も無いのだが。
「もう一晩メッツァナで情報収集して、明朝発ちましょう」
「七つ発ちくらいかな?」と、オラツィオ。
◇ ◇
ファルコーネ城。葬儀から帰ってきた少年たち、中庭で例の中段鉄門双腕構えを練習している。
黒髪少年団が指導。
「これで刃先を肘につける感じでいると、相手に刃渡りが見えないのだ」「のだ」
「こう・・ですか?」と、ジル。
「相手がダガーを振り被れば刃渡は丸見えだから作戦が立つのだ」「立つのだ」
「なるほど」とバッティ。
「それで、ダガーを持ってる右手首を下から掬う」「掬う!」
「おお!」と、ドミニク。
「そのままハンマーに決める」「決める!」
「おおぉぉぉ!」と、三人。
「後ろを取って、あとは・・ぶすぶすぶす」「ぶすぶすぶす」
黒髪少年スレナス弟A、ドミニクの手を執って・・
「両方の手をクロスするのはお臍の下辺り。刃先は肘の下。両腋を締めて、おなか刺されないように。そう」
「今度は、掬ったら踏み込んで柄頭でパンチ」「パンチ」
「えい!」
「そのままダッシュ。擦れ違う感じに外エッジでスロートカット」「カット!」
「ねぇ、ジル。こっそり長剣触ってみない?」「みない?」
「え・・・」
少年、誘惑される。
◇ ◇
アルパの市庁、警察課。
とりあえず『第一発見者』と身元引受人を見送ったフライシャー警部補が戻って来て、大きな溜息。
「ホーストヴェサー家は大手食品卸業者。傘下の食肉加工業者とかから仕入れてる流通屋です。殺されたハインツは牧場経営者で、トスティ名義の牧場も合わせると結構大きいです」
「近い業界ではあるけれど、商売敵ってわけでもなきゃ、大口取引先って程でもないよなあ」
「不和という噂も別段聞きませんね」
「異常に気付いて裏口を見に行った使用人を二人。続いてお勝手にいた下女二人。次に居間で夫婦と息子。最後に二階にいた娘か・・素人相手とは言っても短時間に八人も殺している。しかも逃がさんどころか叫び声すらも上げさせないで、だぞ。押し入ったのは結構な手練れだ」
「まぁ、プロの殺し屋としか思えませんね。兵隊とかじゃなく、暗殺者系ですか。遺留品が長剣一本だっただけで下手人が一人とは限りませんが」
「暗い中で足跡とか綺麗に消してる。そっち系の掃除屋も別に居たかも知れん」
「三人か四人組くらいでしょうか」
「すっかり明るくなった事だし、もう一度足跡を詳しく調べてみるか」
町中に物騒な連中がいるようだ。




