24 .大団円
第一部最終話になります。
第二部「ドラ猫の憂鬱」が先に完結してしまいましたが。
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同じ事件を別のパーティ視点から記述しています。
何里か離れた丘の上。
遠目に、伯爵の居城があった山裾が火球に覆われている。
熱された大気が舞い上がるや、火球が緩り上昇し、毒茸の様な赤い雲になる。
強い熱風が吹いて来る。
木々が撓う。
「振り返ったら塩の柱になるんじゃなかったッ?」
「アズ! ベル! 続いて居るな?」喘いで声も出ない弟二人が後ろから義兄の二の腕を叩いて応える。
へたり込む院長、アランの背に抱きつくイーダ。
「姫っ! 姫ぇ!」ユスティと空色組も皆揃っていた。
「ふわわぁ、下り坂に突っ込んだと思ったら何で山の上ッ?」
よくわからない不可思議な通り道を懸命に走り抜けて皆な無事だ。
◇ ◇
「な、何が起こった!」
もう少し城寄りの岩山の上、様子を窺っていた二人の警官の前髪が熱風で縮る。
「曹長ぉぅ! これ、どう報告したもんでしょうね」
「知るかッ!」
崖下の街道では異変に興奮した馬が暴れ、城自り疾走して来た輜重車が横転した。這い出した乗員達が慌てて岩陰に逃げる。猫獣人の尻尾が燃えて、馭者と輸卒が踏み消す。
◇ ◇
だいぶ先を疾駆していた荷馬車も、幌が熱風で大きく棚引き、半ば千切れ飛ぶ。
幌陰にいた黒衣の怪我人四人。
「皮肉なこった。傷の深かった者ばかりが生き残ると、は、、あいつ生きてるかな、、」
呼吸器に深傷を負った若者が、無理して発話して咳き込む。
「俺たちの谷に戻ろう。考えるのはそれからだ」と年嵩の男。
口髭の男、彼方の丘上に見覚えある人影を認めて薄笑い。「奴らも無事か」
馭者台で女が、
「急かしておったは是れ故か」
◇ ◇
別の岩陰に浮浪児ふうの少年。
「みんなの仇、勝手やって勝手に死んじゃって」 呟く。
「ずっと、ぜんぶ見てた。何もできなかったな」
だんだん輪郭が薄くなっていく。
「だから ゆるして もらえるの かな」
振り返ると何かが光っていて、手を振る子供たちの影が見える。
一人だけ背の高い人影があって、手招きしている。
◇ ◇
白銀色の長毛に覆われた龍が二人の姫を背に乗せて丘に舞い降りる。
もわっと姿が縮んで、人化したら丸裸で慌てるニートの腰に、甲斐甲斐しくも小姫が薄絹のサッシュを脱いで巻く。希臘羅馬の神話やらに出て来る何やらの様な姿になる。着せる序でに姫、どさくさに紛れて何処やかしこ撫でたり触ったり握締めたりしている。
「ニートヘーグッル・ガミーシュぅぅ」
虚空から湧く様に、階しを一段降りる様に、先の白髪美丈夫が頓! と降立つ。
「ヒト種の女性と駆け落ちしたら村八分ですからね。ドラゴンスレイヤーが追って来て討ち果たされますからね」
「女の人なんて……拐いませんから」
「うむ、黒龍殿だって拐ってないぞ。王妃が勝手に追っかけて行ったんだから」
「ドラスレさん言っちゃってるよッ。刺客来るよッ!」
「女の人の家族の者がとぉぉっても祝福しておれば、宜しいのでしょう? 祝福します」
「伯爵家は大姫が夫君と継ぐことになるじゃろ。ニート君、ひとつ小姫と所帯持っちゃどうかね?」
「……え? ……」
「御坊様っ、やはり陛下のっ?」
「二十四年前のとき王太子殿下じゃった今上に内々直訴してな。儂って弟君のお付きやっとったし太子宮によくヘルプ事務官で行ってたから顔見知りで。それで下手に暴き立てるより二人の姫の行く末を見守ろうという話になったんじゃ。一朝こと有ったら州兵と御堂騎士団の指揮を取れと天下御免の勅許状も頂いておる。この件の後始末は儂が奉行じゃ」
「それでなんで単身で来てんのさッ!」
「……問題ないのですか? 大姫様の実のお父上って…」
「一介の浮浪児が名刹の大修道院長まで成り上がれるほど封建社会甘くないわい。当時はまだガルデリ党と和睦するには敵が多すぎたのじゃ。まあ実のとこエルテスで保護されるまで刺客から逃げて逃げて、数年間も街に潜んで浮浪児やっておった。稲妻小僧シェイマスのおっ母さんとか、仲間じゃった」
「あんたらの血縁関係って、もう考えるのも嫌だッ!」
「いやいやいやいや! 奈れの父親は一緒に銀燭台を偸みに這入った兄弟分じゃ。儂ちゃう」
アルがまだ白い眼で見ている。
「というわけで、儂が伯爵の嫡出異母兄なのは陛下もご承知。エルテスに隠れ住んでおった頃は得度しておらんなんだ。折角死んだことになっておったのに、助修士として入営し御堂騎士団でうっかり武功を立て過ぎて了うてな。伯爵に見付け出されて臨終の床で『戻って跡目を』と言うて貰たので、逆に出家を決めたんじゃ。あれから二十何年になるか」
「コルレオーネ様にお譲りになったのですわね」
「いいや、尻に帆掛けて逃げた。なんせ父がドラコの廃嫡を決める寸前になって突然の危篤じゃったからな」
「うわわッ! 一番煩しいの残ってたんじゃん」
「ドラコ本人は世俗権力など鴻毛ほども重きを置かぬ自称渾天大魔王じゃ。余計な忖度やら欲目やらで、周囲にまだまだ煩しい連中が蠢いておったのじゃろ」
「それ、今もですよねッ!」
「……多分もう燃えたかと……」
「左様な経緯で、儂が修道会入りしたため王国の相続法上で見做し物故者となり、大姫が代襲相続人でベナンチオ兄が後見人じゃ」
「ドラスレさん開口一番『大物』って呼ぶわけだ」
「ははは、私はそんなこと一切知らないな」
「誰が見ても乞食坊主にしきゃ見えないんですけどねッ」
「儂ら、典礼の時とか以外こんな格好じゃぞ。修道会は清貧がモットーじゃ」
「……もしや代官所を訪ねられたとき一緒に居られた御堂騎士殿というのは……」
「いかにも、ベナンチオ兄じゃ。御堂騎士の形りなら面頬で顔隠しとっても自然じゃろ? 兄も儂の前任の御堂騎士団長じゃて、平団員の真似事などお手の物よ。天領での事件発生を確認して、すぐ奏事官殿の馬車に同乗して証拠資料を携え国都に向かうた。護衛の騎士が幾人おっても目立たぬ」
「綿密な計画だったのですわね」
「エリツェブルの資料は……ギルドの貸金庫ですか?」
「ご明察じゃ」
「兵隊崩れどもが……金を積まれても焼き討ちをかける気にならない唯一の場所ですね」
「パルミジエリの城はなんかもう岩まで溶けとるし、伯爵府はガルデリ谷の城に移すがよいじゃろ。家臣団もごっそり潰えたし大変じゃ。間抜けだが真面目そうなポンティの倅あたりも使ってやって構わんではないかの。いろいろ確執もあろうが、ドラコに付いたガルデリ衆も生き残って居れば宥恕してやれ」
「頑張ります! あのぉぉ、魔法騎士さま。ご兄弟ともども当家に侍大将として仕官なされるご意志はありません? なんかもう戦友ですし」
「うん、大姫さんなら主君として不足ないね。ご夫君と会ってから相性で決めていい?」
スレ兄満更でも無さそうだ。
「うふふ、あのひと十二も上の従兄で、幼い頃から私を妹みたぁいに見てるから浮気しても怒りませんわよ。強力な魔法騎士の血筋の分家を作ればお家も安泰です」
「俺が嫌だよ」
「あぁら意地悪ね。それからニートヘグ卿ーー」
「卿……?」
「ーー妹の事なのですが、お嫌でなければ私からも、そのぉぉ子爵家の方をーー」
継体の君が逞しい。
「すいません。私……雌龍です。どうしても此れ以下に体を小さく出来なかったので……男の子のヒトの姿にしたんです。すみません」
「理想的ですわっ。男性になって女性と赤ちゃんも作れるのでしょう? 物語に有りますものっ。それにさっきもアノうふふ」
「まあ、やれば出来ますね。出来ます。うん、やれば出来ます。ニート君が邑を出ていく気なら、それは強いて引き留めもしません。私も次期の族長です。望むなら皆の説得くらいしてあげますよ」
「提轄……ぅ、貴方まで」
「人間様社会の相続法とか、いろいろ五月蝿いんじゃないのッ?」
「子爵家の承継権確認訴訟でしたら、当地の伯爵が判事を務めますわ」
「お手盛りかよッ!」
「うん。不安でしたら、七年前のあの事件の手打ちにと交わした誓約書が王都に残ってる筈ですよ。私が肩書を名乗らなかったら、国王さん自筆で『大公』と書き加えてました。あれ使っちゃいましょう。後は私との続柄を姪から甥に直すだけです」
「なんと白龍様、ニートさんの伯父様だったのですわね」
「しかしなあ、『お姉様探知魔法』、実在したのかよッ・・」
「うふふ、女の子とは知っていましたわ。でも、触るとちゃんと男の子の器官があるので不審には思っていました」
「姐さん触ったのッ!」
「それは怪しんだら確認しますわ。見て確認するには男の子のそれに接吻出来る程に貌を近づけないと成りませんもの。ええ! 確認には触ります。小姫様、赤ちゃん作れますわよ」
「あの…… あの……」、外濠が……どんどん埋められていく。
「ニトくんッ! あの姫様もう、龍と人の混血の息子産んで、未来の世界帝国の初代皇帝に! とか絶対もう妄想してるよッ、きっとッ」
「いざ殿方たち! 土曜の夜は聖なる創造の六日目です。この日の神の祝福は『生めよ殖えよ地に満ちよ』なのです。そして今、滅亡に瀕した両家の復興が、女の身である私ら姉妹に託されました。つまぁぁり、私たち姉妹の使命は、すてきな殿方と恋することなのです」
「この姉妹の・・このノリってッ!」
「戦勝ハイじゃて。 ま、今晩は宜かろう」 ……近親者がOKだった……
「ははは、アル君は、お呼びが無いな」
憮然。
「大姫様って、かなり当主のカリスマ性ありそうですわね」
「魔法騎士様。ご迷惑なら、面倒くさい女のようなことは今後一切申しません。侍大将仕官のお誘いとはまた別途、奥方と終身所領の1里四方当たり子種1合*でお話し合い致し度く存知ます。これは飽く迄ぇぇも事務的な、実務的なご相談ですので、是非おんな同士で。それにそれに、私と貴方の能力を併せ持った騎士を見てみたぁぁいと思いません?」
「あいつ、乗りそうで怖いね」
「攻略されたな」「攻略されたね」と弟たち。
アルくんが……「いましがた『恋」とか言ってた癖にッ」とか呟きながら、指を折って何か計算している。「七ッ!」 *:この国の1合=二十一と八分の一cc
「ふぉっほほ。もう君主の目をしておるわい」
「そういう方向の評価ですの?」……とイーダさん当惑気味。
「……伯爵様が仰るに、婚外がどうとか……」
「問題ありません。領主の畑に稔った麦は当然領主の物ですのよ」
「はあ? …………?」
ここは無理やり話題転換するしか無い。私の……使命な気がする。
「街道筋で……バルトロさんと1個小隊が亡くなったの、提轄の仕業です?」
「いいえ、事故です。夜道を歩いていたら何故か急に噴嚔が出て、その拍子についブレスが出てしまいました。それで咄嗟に温度を落としたら、透明な毒煙になってしまったのです。人が夜営などしていなそうな方を向きましたよ。真夜中の岩陰に大勢隠れてるなんて誰が思います? 事故です。不幸な事故です」
四十人の兵士達は、甕の中で煮えた油を注がれた盗賊達のように不幸な最期を遂げた模様であった。
「ドラスレさん、そんなのと戦って、よく生きてましたよねえッ!」
「うむ、彼もまた色々思うところが有ったんだろうなあ」
「妾たち、割と近くで隠れて野営してましたわね」
提轄の眼が泳ぐ。
「あれが伝説に聞くドラゴンブレスの不発だったのか。凄い硫黄の臭いだったね」
「いいえ、決して口臭とかでは絶対にありませんよ。硫黄成分は魔法の炎起源です。私の息は臭くなんかありません。ええ、ちっとも」
「白銀の龍騎士様の吐息は甘い香りがしてましたわっ」
「姫さん、それいつ聞いだのッ!」
話題が戻ってしまいそうなので……
「もしかして……二十四年前に逮捕されてた魔導騎兵ダークエルフって、アルくん?」
「(ぎくぎく)ナンデバレテンノッ!」
「まあ弓を魔法のゴリトスに入れてるのを見れば判りますわね。市内によく出入りしてるとか言ってた割にはアランのことも知らなかったし」
「ははは、見るからに魔法使いで軽騎の装備だからな」
「うううッ、有耶無耶の裡に放免になって、探索者等級も傭兵資格も戻らないまンまなんだよッ! 二十四年間ずっと日給鐚銭チャリチャリ〜ン生活だったんだよッ! プフスの裏町で迷子猫探しとかやって暮らして来たんだよッ!」
「今回の事件に噛んで真相解明で名誉回復狙ったんだね。また有耶無耶だから今後も停止中だと諦めようよ」
スレナス兄が……また一太刀で致命傷を与えた。弟二人後ろで頷く。
「ええ、安く使える人材! 協会の鬼の金庫番が手放しませんわね」
「なんで……捕まったの?」
「知らんッ、酒場で興が乗って知りもしない魔法の講釈を演説しただけですがねッ! いや違うッ、わざと話して、話題に反応する人探してたのッ! 極秘の依頼受けて捜査してたのッ! でも依頼主が突然強盗に殺されちゃっててさッ! 証明してくれる人いなくてさッ!」
「ああ、……あの人」
「昔も今も、織物生産者ギルドと問屋ギルドは犬猿の仲でな。職人親方は次男坊が問屋主人の一人娘と籍を入れることを頑として認めなんだのじゃと。しかし八方手を尽くして孫を探しておったか。人は情けの生き物よのう。」
「エルフさん結局やっぱり興が乗っちゃってたんですよねっ。軽薄さで人生の四分の一ほど容易く棒に振ってたお調子者さんですよねっ。顔でわかるんです」
「ははは、二十四年間を棒に振ったダークエルフ君が若し百歳前後なら、計算も合ってることになるな」
「九十六年ですわ」
「はぁはぁ、酷ぇよ、皆んなしてさッ」
丘の頂上。
いつの間にか院長が点けた焚き火の前、大姫が掲げた両手の指を鳴らし始める。
空色組の面々が片膝突き、合わせて手拍子打ち始める。
大姫がゆっくり異国風の踊りを始める。
空色組が囲んで輪になって続く。
小姫が大姫の左手に絡んで踊り始める。
大姫の右手に絡み、スレ兄が抜身片手に踊り始める。
男たちのブーツの爪先と踵が手拍子よりも複雑な拍子を刻み始める。
弟二人が輪に加わる。
武人組、揃って抜剣。鞘と剣で手拍子の裏拍を打ち始める。
なんと院長までも輪に加わる。 ーーなんで燭台持ってるの!
手拍子だんだん早くなる。
突如、合唱が始まる。知らない言葉。
手拍子が猛烈に早い。
女達が髪振り乱す。
激しいステップ。
輪から躍り出た小姫が小走りで、ニトくんの両手を執って輪の中に引っ張って行くッ!
「ああああ! この人たち、みんなガルデリ系ですわ!」
「それよりドラスレさん、事件たった三日で解決しちゃったけど、ぼく三ヶ月雇って頂けるんですよねえッ?」
「私は憂鬱だな」
了
この後、蘊蓄回を1回挟み、続けて第三部を執筆します。
ご期待頂けたら嬉しいです。




