23.炎上
次回、第一部完ですが、インターミッションを挟んで三部を続けることにしました。
伯爵は、谷の崖しか見えない自室で独り俯いていた。
「狼跋か」
・・呟く。
「狼も老いてしまった」
◇ ◇
「獅子様では?」
声の後からノック。
「獅子*は兄上じゃ。まあ入れ」 註*:al Asad(ar.) =Leonis(Lt.) 獅子
「一言だけ……」
「座下*のお連れの方か。如何様にして此処まで参られた?
「その、ちゃちゃっと……」 註*:Eminenz、大司教座首席の敬称
「左様か。その気になれば倏忽に敵大将首を狩って来られる勇士を揃えておられたか。娘を嫁に呉れる約束でもしたか? イヤ冗談じゃ許されよ。昔から座下には何をしても敵わなんだ」
「いえ、お話しに参りました」
「申せ」
「伯爵様は……『伯爵家の女性のみが罹る謎の業病』と仰せでした」
「申したな」
「世子様の……お連れ合いが発病しているのは……ご存知ですね」
「推察しておった」
「お連れ合い殿は……ゲルダン貴族で、伯爵家とは血縁がございませんよね」
「無い」
「亡き伯爵夫人様はガルデリ家の方で……伯爵家とは血縁がございませんよね」
「無い」
「……『伯爵家の女性のみが罹る謎の業病』でしたか?」
「そう聞かされて参った」
「……伯爵家の男性から母胎経由で女児に感染し、胎内で発病して、母子共助からない……男児だと発病せず、長じて高確率で感染させる側になる。成人して次の母胎に……」
「座下は感染して居らなんだのか?」
「して居なかったのか……其れとも寵妃様が母方由来の超常力で胎児を治癒なされたのか、今となっては知る由もありません」
「小姫は何故無事に育ってくれたのじゃ?」
「世子殿の行った禁忌の魔術は、恐らく……術者である世子殿も含め、皆さんが然う誤解なさっている様な、蘇生の術ではないのです。そう。あれが失伝していた転生の術……近親者の胎児に融合して永生を得る秘術です。寵妃様が健康な成人女性の生命力を奥方様の胎内に全て注ぎ込んで小姫様に転生したため、その力で病魔を超克したのです。或いは最後の超常力をお使いになった……もう子孫から感染者は出ない」
「あれが・・生きて・・」
「姫に前世の記憶はありません……これ以外に合理的な推理があるでしょうか?」
「いや、貴殿の考え・・少しも合理的と思わぬが腑に落ちる」
「……駄目でしたか? すみません」
「いや、腑に落ちると言うておる」
「本当は 寵妃様を……愛しておいででしたのですね……」
「寵妃ということに作為て仕舞うたが、兄上の妻じゃ」
「そういう言い方……好きでありません」
「そなたも随分と直言居士だの」
「愛情は身分でありません」
「そうであろうか? 息を下僕・流民の身分にしとうないのは愛情に非らざるか?」
「……え?」
「それと知らず、兄上の妻との間に息を儲けて仕舞うた。婚外子には家督は言うに及ばず良民の地位すら与えられぬ。其れを曲げて我が正室の子と偽ったことを、箇程に過酷な運命の報いを受けねばならぬ悪業と存ずるべき不」
「……世子様の身分でなく自由をお与えになれば善かったのでは在りませぬ焉」
「時の車輪を戻し、何も彼も最初から無かったことに出来たらのう」
「……帆が風を孕んでいます。舵をお執り下さい」
伯爵が……押し黙る。
「お暇……いたします」
◇ ◇
別館の病室。
「プロスペロー! 始まる!」
数人が階段を駆け上がって退室する。
病床の女性が合掌して呟く。
「たくさん悪い事もして、多くの人に恨まれてきた。いづれ報いをこの身に受けて、惨めな最期と知ってはいたわ。それでもこうして子宝を授ってみれば欲も出る。やはり叶わぬことですか。祈る資格も無いですか」
涙する。
部屋に残っていた商人が二人。
「薬餌をお届け致します。八方に手を尽くします。我ら悪業に身を染めた者、懺悔も救済も縁なき身ですが、御身に誠意を尽くします」
柱の陰に浮浪児ふうの少年。
「いまだと、まっすぐ きれいなひかりの ほうにいってしまう」
◇ ◇
姉姫の居室。
「白銀の龍騎士さまっ、またまた良いところへ」
「外側の包囲陣が迫って来た。来るよ」
「あ、寧ろ逆効果……でしたですか……」
豪奢な長椅子に改めて身繕いを整えた同い年くらいの元傭兵殿と貴婦人。似合いの美男美女なかなか絵になるが、共に既婚者。二人して、あらぬ方角を見て話している。何を見ているのか、余人には計り知れぬ。
「五人ひと組づつ、綺麗に揃って動きますのね」
「いい兵士達だ」
「あら、五人組から一人づつ離れて、後方に集まりました」
「作戦を伝えてるね」
「残りの四人組から、ほとんど敵意がなくなりました」
「いま祈ってるから」
「後方に集まった者達が、三重くらいの円陣を組んでます」
「従軍司祭の祝福だね」
「円陣の人たちが、また四人組のところに戻っていきます」
「祝福を仲間に届けるんだよ」
「包囲陣が、ゆっくり狭まって来ます」
「配置に着く」
「すぐ一気に来るのでしょうか?」
「近いね」
二人共々席を立って左右に別れる。
「…………」
「飛び抜けた戦闘力持ちを軸にしない。平均して高い大勢で、きっちり統制が取れてる。無駄な気負いも油断も無い。いちばん厄介な敵だね。でも絶対生き残って帰るぞ」
弟二人、揃って頷く。
「……姫様、お二人に刃を向ける者は無いとは存参らせますが物の弾みが御座います。奥へお籠り下さい」
「うふふ。城を枕に討死ぬ時は、先に妻子を殺します。南部の武人はそうします」
「わたくしっ、此処に居りますっ。大丈夫ですから」
「あぁら、矢張大丈夫なの?」
◇ ◇
「ユスティちゃん、妾、あなたに本名を伝えておきますわね。リデルツェク=オルテンボルク侯爵夫人ジナイーダ。お墓があって、いま言った称号は墓碑に彫ってあるやつ。もしもの時は髪の一房も届けてね。アランはそういう気遣いしない人だから」
「ふっふふ。今後ずっとお姉様って呼ばせてくれたら言うこと聞きます」
「姐さんッ、既婚者だったんですかッ!」
「夫とは3歳の時に死に別れたから、ぴちぴちのヲトメですわよ。賞味したければ今夜おいで。膾にするから」
「いろいろ計算合わないんですけどッ!」
「人の過去は人の数だけあるからね」とスレナス兄、なにか達観している。
「スレ兄の過去とか、妾が聞いてもいいです?」
「いいよ。炎上する城館に一足遅かった援軍を率いて来たのが、親父っさん。一人だけ救われて、親父っさんの家族と一緒の子供時代。恩返ししたくて三年ばかり腕磨き、スカウト小僧として親父っさんの兵団に入って副長になるまで五年。索敵魔法は家系由来のギフトだったみたい。団の参謀格の兄貴分に鍛え伸ばして貰った」
「妾の道場剣法が及ばないわけですわ」
「まさか! 道場でかっちり修行したあと相当修羅場潜ったでしょ。あんたも凄いよ。見たとこ、正規軍の教頭とか経験者? こんど俺と弟たちに正統派の太刀筋教えてよ?」
「絶対生きて帰る気まんまんですわね。気弱なこと言ったの恥ずかしい。でも印可状の上の正統派なんて過去の栄光。裏書きに綴られる実績こそ大事ですわ」
「それ、ギルド受付さん視点か兵法者の価値観か知らんけど、大事なのはそんなもんじゃない。家族だよ。大事なのは家族をどう守ってきたか」
「家族、ですか」
「そう、家族。退き戦の殿押付けられて、部隊みんなの生還のため、親父っさん還らなかった。仲間は俺に団長継げって奨めてくれたけど、妹弟養うのに絶対生還したいから探索者ギルドで安全な仕事する道を選んだ」
「済みません。安全じゃない仕事を紹介してしまいましたわ」
「この町に来て良かった。妹だと思ってた奴ヨメにしたときは気恥ずかしかったけど、というか母親同士が姉妹って本当は不可いんだけど、家族との穏やかな生活ーー この町に来てーー」何か考え始めたのか……珍しくスレ兄の語尾が不明瞭になる。
「家族と穏やかなーー生活ですか。ふふ、比較の対象がよほど波乱万丈だったんですね」
「アランさんと所帯持つんでしょ?」
彼女、真っ赧に……なる。
スレ兄小さな声で囁いたけれど、弟二人はしかと聞いていた。
「イーダ姐さんが眼鏡とったぁッ!」
◇ ◇
と……バリケードがノックされる。
「御坊、御坊」
「あら伯爵様ですわ。院長様あ」
「座下とも色々因縁が御座った。長う御座った」
「応、ここじゃ。伯爵殿、怎う被成た」
「他でも御座らん。陛下に届く書状というのはベナンチオ猊下がお持ちに為るのですな?」
「ご明察。ベナンチオ兄に託し申した。今頃は都にお着きであろう」
「なんと、出立の式典は明日では?」
「相済まぬ、皆を謀り申した。急拵えの欺計でな。市のお歴々には木像乗せた輿をお見送り頂く。叙階秘跡を前に精進潔斎して無言行の真ッ最中という触れ込みじゃ」
「左様であったか、はは」
「如何なされた?」
「いや、おさらばで御座る」
「敵わぬ侭か」
呟きを残し、足音が……遠のいて行く。
曳叡王と鬨の声が……聞こえた。
◇ ◇
そのとき急に周囲が一瞬異様に森と静まり返ったかと思うと、唐突に白髪の美丈夫が附け板を打ったかの様な足音も高く現れた。
「あら提轄……」
「おう、白龍殿これは一別以来ですな」
「その節は妾を失明の淵からお救いくださって感謝の言葉もありませんわ」
「挨拶している暇も有りません。ニート君、爪の波紋が飛んで、幼な子の下手人とその背景が遺族に知れました。三里四方に硫黄の雨が降る。走りなさい。私が術で風牙洞を作るから皆も振り返らず、必死で走り抜けなさい。命懸けで走りなさい」
「でも妊婦さんとか……」
「それは君が乗せて飛びなさい。兎に角逃げるのです」
◇ ◇
別館の塔屋。ヴェランダから、街の商人が大屋根下の兵士たちの展開を見下ろしている。
一人がふと上を見上げ、呟く。
「あ、れ。 何?」
落ちてきた物が直撃する。
◇ ◇
城内は阿鼻叫喚。
「終わりは何とも唐突で呆気ないなあ」
あまり関心もなさそうに伯爵世子ドラコが、鎮痛の薬湯で朦朧としつつ呟く。
「一緒には生きられなかったが、せめて一緒に死のう。呪われた血も絶える」
そう語りかける伯爵コルレオーネに、世子が答えるともなく独りごちるともなく
「わたしにも家族がいたのかなあ」
:扨て、白龍現れて黒幕まさかの瞬間退場、物語は大団円へと向かいますが、未だ且く下文の分解をお聴き下さいませ。




