epilog
この物語はノンフィクションである。
私の友であったとある男の死ぬ間際に遺された言葉をもとに今此処にある。
人の心理とは詰まるところ、興味と狂気。
美しき少年はもうこの世界のもとにはいない。
彼を殺した私の友であったとある男ももういない。
だが記憶は記述となり記録となり物語として今綴られる。
この物語を信じる信じないは自由だ。
だが忘れないでほしい。
絶望とは望みを絶つことではなく、絶たれることであり
希望とは、与えられるものではなく見いだすものであるということを。
私の友であったとある男と、この歪みきった世界で純粋だった美しき小さな少年に。
拙い文章ではあるが、餞として
今この物語を贈ろう。
これは、ノンフィクションの物語である。
私は今回既に亡くなってしまった彼の代筆をつとめようと思う。
彼は白い病室で息を引き取る数秒前に私に忘れてほしくないと言った。
生まれてすぐ生きる意味を抹消され、それでも生きた、かの少年の話を。
しばらくの間、私の拙い文章にお付き合い頂けたら幸いだ。
尚、物語内の全ての人物は実在するため
許可を得て、恐縮だが仮名で登場していただきたいと思う。
獅子唐愛糸
**
まずは、私とその少年との邂逅の話からしようじゃないか。
「それって何」
それが私耳にした小春の最初の科白だった。
新谷小春。
彼の名である。
当時小春は13歳だった。
付け足すなら当時私は16歳、記憶の隅にでも留めておいてくれればいい。
その幼い声に振り返ると、そこにはどこかぼやけた大きな目を丸くしている小春が立っていた。
私は一瞬何に対して問われたのか理解できなかった。
いや、分かってはいたのだ。
だが何よりも背後に人間がいたことに対する驚きと困惑で咄嗟に言葉が出てこず、あまつさえ思考すら停止していた。
私の足元、いや手元にあったのは死体だった。
私はその日人を殺した。
小春はその目撃者であり、私の味方ではなかった。
「こ、れは…」
何と説明すれば良いのだろう。
目の前の少年は幼いが聡明そうな顔つきをしている。
14、5歳だろうか。
いや、そんなことはどうでもよい。
この少年は見てしまった。
生かしておいてはいずれ私の脅威となるだろう。
殺すか?
殺すべきだろうか…
その時わたしはまだ混乱していた。
「それは人?」
私が出そうになっては消える言葉達を懸命に選んでいる内に、再び小春は問いかけてきた。
す、とぎこちなく左腕を地面と水平になる高さまで持ち上げ、少年は私のほう…いや私では無いのだろうが指を差す。
私は瞠目し、狼狽えながらも数秒間を置いて
「そうだ」
とだけ応えた。
その声は低く掠れ、あまりにも無様な声であっただろう。
私は小春の言葉を待った。
「お兄さんは、何してるの」
至極単純な問い。
先程から甘ったるく舌っ足らずな日本語でゆっくり発音される小春の声は私の耳を侵す。
暗い公園の公衆トイレの裏。
その日は朝から雨が降り続き、深夜である今でさえも曇りがかった空には月が見えない。
きっと私の姿を小春は明瞭には視認していないだろう。
だが、街灯に照らされた小春の姿が私にははっきり見えていた。
地面についたままの右手の下にある凶器。右手と口元に残る私の狂気。
ないまぜになって、それは私を支配している。
「お兄さんは」
私の返事を待つより先に小春は今一度小さな口を開く。
「どうして左目だけ泣いているの」
これが私と小春の最初の出会いである。