六之六
大柄の女――杉谷善珠たち三人組は、運河端の空虚な積み荷置き場に置いた樽に腰かけて、夜になるのを待っていた。
彼女は暇つぶしに、愛用のライフル銃を磨いたあと、それを脇に座っている、この銃の開発者であり整備担当の痩身の男に手渡した。
「ちょいとゼニヤス、これの照準、ちょっとズレてるんじゃないかい?」
「いえ、こんなもんですよ、姐さん」
痩身の男は、大きな目玉が飛び出そうなほど見開いて、照準を覗いて云った。
ゼニヤス、本名を多喜安次郎という。
見た目が痩せて貧相なのに、口にするセリフがいちいち気取っている。なので善珠からは、
――お前のお喋りはまるで、鐚銭みたいだ。
といつも云われる。
偽造通貨のように、見た目だけでほとんど価値がない。安いものだ、と本名の安次郎をひっかけて、いつからかゼニヤスと呼ばれるようになった。
ちなみに、小男のように見られるが、これは一味の他のふたりの背丈が大きすぎるからで、ゼニヤス自身はこの時代の男性の平均的な身長をしている。
そこへ、
「あ、あそこにおるわ」
「さっきはようもやってくれよったな」
「嬢ちゃんから獲ったもんを、おとなしく出さんかい」
数人の人足たちが、三人を取り囲んだ。
「ああ、また来やがった」善珠が溜め息まじりに、「おい、トロハチ、やっちまいな」
角力のような大男が、胡坐をかいた姿勢で器用に居眠りをしていたが、呼ばれるとぱちりと眼を開いた。
トロハチ、大原八郎兵衛というのが本名だ。
大男は立ち上がって、欠伸をしながら伸びをひとつして身体をほぐした。
その巨体を見上げて人足たちの顔が、ちょっと引きつった。
トロハチはゆっくりと腰を落として、地面に両こぶしを突いた。突いたと思ったら、人足たちに向けて瞬時に突進していた。
まるで猛牛のような、凄まじい突撃である。
男たちは、何をするでもなく、ただ跳ね飛ばされ、運河の水中にその身を沈めるはめになってしまった。
彼は、その鈍重そうな見た目に反して、今みせたような凄まじい瞬発力を持っている。ちょうど現代の大相撲の幕の内力士、それも三役クラスの実力を持った男であった。
図体が大きくて一見動きが鈍そうなのでトロハチと呼ばれるが、それは当人には心外極まりない渾名であったろう。
「変な正義心を振りかざすのは怪我のもとだよ!」
大女の嘲弄を背に、人足たちは寒中水泳をして運河の反対側へと泳ぎさっていった。
杉谷善珠――。
本名は珠と云った。
彼女はあの杉谷善住坊の孫にあたる女である。
祖父は織田信長を火縄銃を使って狙撃したが失敗し、のちに捕縛され処刑された。
彼女の一族は、甲賀の里で冷眼視された。
善住坊が暗殺に失敗したからではない。忍とはいえ暗殺に失敗することはある。そうではなく、忍にもかかわらず捕縛され、されたにもかかわらず自ら進退を決さなかったことによって、その一族までが蔑視された。そんな不条理なことが、暗殺事件のあと四十年も、もはや構造的にすらなって続いているのだ。
忍のくせに、などと里のものたちは侮蔑するが、祖父には祖父でなにか思う所があったのではないかと善珠は想像している。そのような祖父の心情を斟酌もせず、血縁さえも蔑視する里人を、彼女は憎悪した。
彼女が長じてから、その祖父の名にあやかって善珠と変名したのは、そんな差別をし続けた里人に対する当てつけのようなものであった。
善珠、ゼニヤス、トロハチの三人は同じ甲賀の出身であった。
だが、忍というのは世の中が平和になると途端に仕事が激減する。
三人は職にあぶれた。
京に出て、大店の用心棒をしたり旅の隊商の護衛などをして糊口をしのいできた。
そこに大坂で戦が勃発した。
傭兵として転がり込んだのは、豊臣家総帥大野治長の元であった。
奸物愚物のように巷間で云われる治長であったが、しかし諜報網を整備するのはうまかった。高台院が書状を持たせて女中を使いに出したのを察知して、京にいた善珠一味に命令が下ったのは、京の間諜と伝書鳩を使って短時間で情報をやりとりした結果であった。
ちなみに善珠たちは、頃合いを見計らって二条城周辺に放火騒ぎを起こすために、――要するにテロを起こすために京に潜伏していたのであった。
トロハチは、また胡坐をかいていびきをかきはじめた。
善珠は左眼に付けた眼帯の間から指を突っ込んで、ぽりぽり掻きむしりながら、
「ああ、私も眠たくなってきちゃったよ」
と大口を開けて生あくびをしている。
ゼニヤスは、騒動があったことなど気が付かなかったように、涼しい顔で銃の照準を調節していた。
重要な書類をふところにしているにもかかわらず、呑気なものである。




