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久遠の輪廻 ―アオイ妖忍伝―  作者: 優木悠
第三章 哀怨霧中

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三之十三

 紺碧の空はすでになく、静寂の霧が辺りを覆い、自分以外の生命がことごとく死に絶えたような虚無のなかに包まれていた。

 山吹色の忍装束に着替えた鶫は、まさに進退(きわ)まった感があった。碧や嵐も同様かもしれない。いや、嵐なら霧なぞは恐れもせず、前進を続けているかもしれないが。

 進退窮まったからといって、呆けていてもなんの解決にもならない。

 ――今こそ。

 果心居士に教えられた、いや、教えをもとに鶫が応用させた新たな技を試す時がきたのだ。

 鶫は後ろ腰に差した短刀を鞘ごと抜いて、目の前に立て、柄に仕込まれた鋼糸(はがねいと)を、柄頭からすっと伸ばした。

「旋律の律動――」

 彼女が瞑目し、ふくよかな唇でつぶやくと、短刀から伸びた鋼糸の先の分銅が、ゆらゆらと、風もなく、彼女自身が揺らしているわけでもないのに、円を描くように揺れ始める。

 ダウジング、というものがある。

 これは、振り子やL字型の棒などを使い、地図の上に振り子をかざしたり土地を歩いたりして、器具が反応をしめした所に目的の物――宝や鉱脈などがあることがわかるという、地脈を探るレーダー技術のひとつである。

 手にした振り子のように揺れる分銅からは、彼女の魂の律動に類するところの念波が放射されている。放射された念波は、対象の物質にぶつかり、それが反響して振り子の分銅へと帰ってくる。帰ってきた念波の波長によって振り子の揺れが変わり、それによって対象が物か生き物か、そこまでの距離はどうかを探る。いわば、念波レーダーと云うわけである。

 鶫は対象を絞り込むために、特定の律動に自らの魂の律動をあわせる。魂の律動に特化させた探査装置。

 これが、ひとつの旋律の律動の応用技法であった。

 鶫は揺れる分銅を手に、身体を少しずつ回転させていく。

 分銅から彼女の律動を発するたびに、ぽん、ぽんと見えない波紋が周囲に広がっていく。発するたびに足をずらす。

 左に三分の一ほど身体を回転させた位置で、振り子が大きく振動し始めた。

「みつけた!魂魄石の波長!」

 しかも、それは碧の持つ魂魄石ではないようだ。あの石から発せられる波長は、もうすでに感得できている。その碧の魂魄石とは似ていて微妙に異なる波長、ということは、

「真田の魂魄石。じゃあそこにいるのは、猿飛……。いや、違うわね」

 持ち主は、あまりに無邪気な魂の律動をしている。

「姫様が……、なぜ?」

 迷っている暇はなさそうだ。

 あぐり姫の魂の律動は、鶫が立っている位置より、一、二間低い位置から発せられている。

 どうやらあぐりは川に落ちており、しかし落ちながらもこちらに向かって歩いてきている。


「いや、参ったのう」

 あぐりは心底困惑してつぶやいた。

 佐助とはぐれ、闇雲に歩き回った末、崖から足を滑らせて、川に落ちてしまった。

 幸い、怪我はなかったが、膝から下が、水に濡れてぐっしょりだ。濡れた着物が脚にまとわりつき、不快なこと極まりない。

 こんな時は、下手に動くとさらに遭難してしまうものだが、この、まだものの道理を知らない童女、しかも同じ場所にじっと留まるのが算学の勉強より大嫌いなやんちゃ童女である。着物の裾をまくりあげると、川の中を歩き始めた。

「ともかく、道に登れる場所を探すしかないな」

 落ちた崖は急斜面すぎて、非力なあぐりには登れなさそうだった。

 そうして、登れそうな場所を探して、一町ほども川の流れに沿って歩いただろうか……。

「姫様?そこにおわすのは、あぐり姫様ですか?」

 頭上から、声が落ちてきた。

「おお、その声は!?むやみに乳の大きな鶫殿かえ?」

「うん、乳うんぬんは余計ですが、鶫です」

「おお、助かった。はよう、引き上げてくりゃれ」

 鶫は、崖の端に立って声のする方向に、じっと目を凝らした。

 そうすると、真っ白な霧のカンバスに薄墨のような人影がおぼろに浮かび上がってきた。

 鶫はその場に片膝をつき、

「さて、私が降りて助け上げた方が早いか、鋼糸を垂らして持ち上げた方が早いか……」

 逡巡した刹那であった。

 地面に着いた脚が、不意に何者かに引っ張られた。

 鶫はとたんに腹ばいに、地面に、むやみに大きな胸をしたたかに打ちつけた。

「な!?」

 引きずられながら身体をひねって辺りを見回すと、十本か、二十本か、いやもっと沢山――無数の黒い触手が、うねうねと周囲を取り囲んでいた。

「な、なに、これは!?」

 驚愕の叫びは、しかし触手の群れにたちまち包まれ、それらは脚を、腕をつたい、嬲るように鶫の身体を這いずりだした。

 触手の一本一本が意志を持っているかのごとく、鶫の身体を撫でまわし、乳房に絡みついて絞めつける。

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