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久遠の輪廻 ―アオイ妖忍伝―  作者: 優木悠
第三章 哀怨霧中

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三之二

 空は高く青く、うろこ雲が山際から湧くように波打っていて、その白と青のまだらの背景に鳶が優雅に弧を描いて飛んでいた。

 紀州九度山というのは、北に流れる紀の川と南に連なる山々に挟まれた閑静な村落で、高野山の北の玄関口にあたる場所にあった。

 このような、寂寞(せきばく)の景色の中で十四年ものあいだ、蟄居生活を余儀なくされ、不遇をかこち続けていた真田左衛門佐という男の心情はいかばかりか、まだ人生経験の浅い碧には、まるで模糊として理解できないものがあった。

 自分が左衛門佐であったなら、と考えれば、この地に来て数年で気鬱の病になってしまうか、すぐに何もかも捨てて逃げ出しているのではないかと思うのだ。

 そう考えれば、欲望も野心も押さえつけられた長い歳月を、耐えに耐え抜いた男の、精神的な強靱さは計り知れない。

 そんな男が、時節が到来して鬱勃たる気概をもって立ったなら、凄まじい爆発力を持って暴走し、何をしでかすかわかったものではない、とさえ思えてくるのだ。

 しかし、今は真田左衛門佐の心情の洞察などはどうでもいいのだ、と碧は思考を変えた。

 ――どうやって、魂魄石を手に入れるか……?でなければ隠すか、破壊するか。

 兄は泥棒のまねごとなどするなと云う。だが、正面きって魂魄石をくださいと懇請して、はいどうぞと貰えるものでもない。

「鶫、なにかいい案はない?」

「え、私に訊く?」

 鶫はあからさまに迷惑そうな顔をした。

「ないない、なんの打開策もまったく思い浮かばないわ」

 三人のなかで、一番知恵の回る鶫でさえ、とうに匙を投げている。

「頭領はだめだ、って云ってたけど、やっぱり盗んだほうがてっとりばやいよな」

 嵐は、一番単純な思考をしている。

「まったく馬鹿ね、あんたは」鶫があきれ顔である。「棟梁は、楽な方法をとるなと戒めてくれていたのよ。まだ駆け出しの私たちが安易な解決方法ばかりをとって、それに慣れてしまえば、人としても(しのび)としても成長しないと教導してくれているのよ」

「へいへい、そりゃどうも失礼しました」

「もう、頭が痛いわね」碧が苦悩を振り払うように、頭を振った。「いっそのこと、頭をさげてお願いするしかないわ」

「なんて云って?」いぶかしそうに鶫が返す。

「魂魄石をください、って」

「碧……、あんたも嵐に負けず劣らず単純ね」

「じゃあ、押し入ってぶっ壊しちまおうぜ」

 嵐のさらなるアイデアに、ふたりは溜め息をついた。

 そんな、はたからみれば、楽しそうに会話しながら紀の川沿いの街道を歩いているだけの農家の娘たちを、木立の影からひっそりと見つめる二つの眼が、かすかに光るのを、誰も気づいてはいなかった。

 それよりも、碧たちは、紀の川の土手から、道に出てきた娘に気をとられた。

 野菜か何かが入れられた籠を抱え持っていて、しかし、身形(みなり)は百姓娘の物ではない。郷士か田舎の侍の娘かと云った、薄紅色の小袖に赤い帯を締めている。艶が綺麗に入った黒々とした髪を背の辺りで束ね、歳のころは十二、三ほどと見える少女であった。

 道の脇には銀杏(いちょう)の大木があって、真っ黄色に色づいた葉が風に揺らされてはらはらと舞っていた。()はもうあらかた収穫されて、地面にはとり残されて熟しきった実が落ちていて、その腐臭のような匂いが風に乗って流れてくるのだった。

 少女は大きな眼を、碧たちに向け、向けたままじっと何かいぶかしげな目つきで、凝視するのだ。

 三人はそしらぬ顔で通り過ぎようとしたが、

「おぬしら、何者じゃ」

 あきらかな敵意と、ひとつまみの好奇心を眼に宿して少女は誰何(すいか)してくるのだった。

 碧たちが脚をとめて振り向くと、少女は、

「この辺りでは見慣れぬ顔ぶれじゃなあ。ははん、わかったぞよ。さては、おぬしら徳川の刺客じゃな。うむ、そうに違いない。我らをとらえ、人質にして大坂城の父をゆすろうとでも云うのであろう。あさはかよの。私はそう簡単につかまらんぞ。つかまったとて、父の足枷(あしかせ)となるのなら、舌を噛み切るくらいの覚悟はできておるわ。小娘と思うてみくびるでないぞ」

 胸を張って、利口ぶって、なぜか口もとに不敵な笑みを浮かべ、語るのだ。一人合点に、碧たちに口をはさむ暇もあたえず、自己中心的な速度で喋るのだ。

「どうした、その虚をつかれたような顔は。こんな子供にすべてを見抜かれて、びっくり仰天しておるな。いたしかたがないことよ」

 少女は不敵な笑みをさらに満面にいきわたらせるように、

「そうか、誰とも知れぬ村娘に唐突にすべて見透かされては、あほうのように唖然呆然とするのもいたしかたがない。名乗ってやろう」

 そらした胸をさらにそらして、

「私は、真田左衛門佐が一女、あぐり(・・・)じゃ」

 碧たちは本当にあぜんとして、少女を見つめた。

 敵からの刺客と決めつけておきながら、毅然と名乗りをあげるのだから、この少女、ある意味ではただ者ではないだろう。

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